刹那永劫
第九話
「ねえ、これ全部持って帰るの?」
ドーラが不安そうに僕に尋ねる。
「さすがにこれだけの量の魔物見たこと無いわ」
彼女は魔物を僕に手渡しながらそう言った。
「正直、倒すよりも集めて持って帰るほうが面倒ではあるよ」
今となってはなんでも入る鞄があるから良いものの、最初の方なんて縄で縛って引きずって持って帰っていたからな。
そんな嫌な記憶を思い出す。
「というか、これ全部売ったら相当な額になるわよ。毎日こんな感じで狩っているの?」
ドーラは再び魔物を僕に手渡しながらそう尋ねた。
「昨日みたいに何らかの用事がない限りはそうだな」
僕は昨日のことを思い出しながら言った。
目の前にいる彼女は昨日と態度が違いすぎないか?
「ならどうして未だに借金なんて背負っているのよ。こんなに珍しい魔物ばっかり売っているなら、すぐに返せるはずだわ」
普通の人だったらそうだろうよと思いながら僕はこう言う。
「一族の借金を背負わされているんだ。仕方がないだろうよ」
そう、仕方がないことである。
「あんたは、相当なお人好しか、相当なバカのようね。普通の人は一族の借金を背負ったりなんかできないわ」
ドーラが言った。
「僕だって背負いたくって背負ったわけじゃないさ。気づいたらそうなっていただけで」
端から気にしたことはなかったが、確かにどうしてこんなに借金があるのだろうかとは少し思う。没落したとして、少しは蓄えがなかったのかよ。
「これで全部?」
最後と思わしき魔物を僕に手渡しながらドーラが尋ねた。
「まあ、残っていたとしても日が暮れかかっているからもう帰ろう」
夜になると真っ黒に近い魔物の死骸なんて探しても見つからないからな。しかも、山で遭難したりしたらさすがに笑えない。
二人で山を下り、ティルロスの街へ戻って行く。
「街の中で斧を振り回すな」
ドーラは、まるでステッキを回すように軽々と斧を回していた。
「街の人に当たったらどうするんだよ」
僕はドーラをたしなめる。
「私と斧は一心同体よ。体の一部みたいなもんだからそんなヘマはしないわ」
そんな事を言いながら片手で斧をぶん回すドーラ。
「街の人から怖がられている原因の一つが、それだと思うけどな」
僕がそう言うとドーラは手を止めてこちらを向いた。
「そうかしら?」
彼女は頭にはてなマークを浮かばせていた。
「僕がその斧をぶん回しながら歩いていたらどう思う?」
僕は彼女に尋ねた。
「怖いわ。頭がおかしくなったんじゃないかしらって思うわ」
「つまり、そういうことだよ」
ドーラはあまりよくわかっていないようだった。本当に脳が筋肉でできているのではないだろうか。
「斧が怖くて街の人が近寄れないだろってこと」
僕は分かりやすく言い直す。
「誰かが話しかけてきたりしたら流石に止めるわよ」
ドーラが当たり前だと言わんばかりにそう言った。
「あのなぁ⋯⋯」
ドーラに少し説教しないといけないなと思った時、彼女は走り出した。
「なんか、美味しそうなお店があるわ! 入ってみましょう!」
逃げたか。
そう思いつつも彼女に連れられて店に入った。
僕らはその店で夕食を取り、その後、宿に向かって歩き出した。
「星が綺麗ね」
ドーラは上を見ながらそう言った。
「ここからじゃ街の灯りであまり見えないだろう。北の山か」
「あんな魔物だらけのところで見てられないわ!」
途中まで言いかけたところで彼女に遮られてしまった。
「綺麗なんだけどな」
僕がしょんぼりした顔をしていると、
「ま、まあ、あんたがどうしてもって言うなら今度一緒に行ってあげるわ」
と、調子に乗るドーラ。
「僕の弱みとか見せたらかなりつけ込まれそうだな」
僕は棒読み口調でそう言った。
「ねえ! それってどういう意味?」
ドーラとギャーギャー言い合いながら宿に着く。
そこで僕は思い出した。
そういえば、同じ宿に泊まることになったとか言ってたよな。
「ちょっと待て、同じ宿に泊まるって嘘だよな」
念の為ドーラに確認する。
「本当よ? 何か問題あるの?」
さようなら僕の優雅な独り宿。
「お前はそれで良いのかよ。借金塗れの僕にふさわしいボロ宿だぞ」
何とかして他の場所に行って欲しい僕は、ドーラにそう反論する。
「私は構わないわ。もとよりそんないい暮らししてないし。でも、あんたと一緒に居たらいっぱい稼げそうね」
目が¥マークになっているドーラを無視して、僕は部屋に行く。
「つれないわね。なんか言いなさいよ」
そう言いながら彼女も階段をのぼってくる。
部屋のドアを開ける。その瞬間尋常ではないスピードでドーラは部屋の中に吸い込まれていった。
「お先ー!」
そう言って、彼女はベッドに寝転がる。
斧持ったまま寝転がったら床が抜けるかと思ったよ。
「出ていってくれ」
絞り出すように僕は言った。
「えー、か弱い女の子相手に真っ暗闇な外に出ていけだなんてひどーい」
彼女は白々しく笑いながらそう言った。
「力ずくで追い出すぞ」
僕は彼女を少し睨みつける。
「あんたはそんな事しないって分かってるから」
ドーラはへらへらしながらそう言った。
「人の善意につけ込むといつか痛い目を見るぞ」
僕は少し脅すように言った。
「まあいいわ。少し話さない?」
彼女は僕に手招きしながら言った。
「それが目的なら最初から言ってくれれば良いのに」
呆れた風にして僕は言う。
「ここに寝泊まりするっていうのは本気よ」
ドーラは僕の目を見てそう言った。
理由はよくわからないが、彼女なりに何か考えているのだろうか。
「とりあえず座りなさいよ」
彼女はベッドをぽんぽんと叩いて僕を呼んだ。
「僕のベットのはずなんだけどな。普通逆だろ」
そう言いつつ、僕は彼女から少し離れたところに座った。
少しの間沈黙の時間が流れる。
「二人っていうのも、案外悪くないわね」
ドーラは唐突にそう言った。僕に対して話しかけているのか独り言なのか、僕にはイマイチよく分からなかった。
「月が綺麗ね」
ドーラは言った。
「そうだな」
僕は応じた。
また、何も音の鳴らない時間が過ぎる。
「私、今までずっと独りだったのよ」
ドーラは呟いた。
「そうか」
僕はそう答えるしかなかった。
「物心ついた時には既に独りで、この醜い実力社会を生き残るために必死だったわ」
ドーラはぽつぽつと話す。
「本当に実力が全てだったのよね。スラムにおいては、年齢や職業、経歴も何もかも力の前では等しく無力だったわ」
足を組み替えて彼女は話し続ける。
「でも私が子供だからという理由で、孤児院に拾われたわ。私は異質な子供だった。大人からの視線ですぐに気づいた」
彼女は窓の外、遠くを見ながら言う。
「少し経って、ドクターに会ったわ。あんたも知り合いのようだったけどね。やっぱり彼は、こんな感じの境遇の子供に惹かれるのかしら」
数秒の沈黙。
「彼は私に多くのことを教えてくれたわ。力の振るい方、常識、そして、他人に頼りなさいということも。でも、その時の私は素直じゃなかったわ」
僕は今も素直じゃないだろと言いたいが、堪えた。
「結局、私は独りを選んで、自ら実力主義の社会に戻ったのよ。楽だったから。ただ、同時に多くのものを失うことになったわ」
彼女は僕の方を向いてこう続けた。
「私、強がっていたのよ。一人でもできるって。この前も言ったかもしれないけれど」
彼女は、僕の手に触れた。
「きっと、あなたみたいな人を待っていたんだわ。馬鹿みたいでしょ。自ら飛び込んだ世界から解放してくれる人を待っているだなんて。愚かよね」
彼女はそう言いながら涙を流す。
「私、嬉しかったの。あなたに負けたと分かったとき。やっと終わりだって。どのような形であれ、やっと解放されるって」
彼女は涙に濡れた顔を僕の胸に押し付けた。
「そうか」
僕は月を見てそう言った。
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