畏怖の末
第八話
僕らはゆっくりと北の山に向かって歩き続けた。しかし、ドーラがキョロキョロしながら進むため、なかなか進まなかった。
「別にいつも見てる街だろうに。どうしてそんなに見渡すんだ?」
僕は気になって彼女に尋ねた。
「なんかあんたと歩いてたら、いろいろ新しいものが見つかる気がするの!」
彼女はくるくる回りながら元気そうにそう答えた。
いまいちどういうことかはよくわからないが、彼女が楽しそうだから、僕もなぜか楽しい気持ちになることができて、不思議と嫌な気分ではない。
「今まではそんなに街を見渡す余裕もなかったんだよね」
ドーラが後ろ向きに歩きながら僕に話しかける。
「いつ、私のこの街一番の地位を狙って襲われるか分かったもんじゃなかったしさ。その点、あんたに負けたから、その分役目から解放されたっていうかなんというか」
その言い方だと、次に狙われるのは僕になりそうなのだが、それはどうなのだろうか。
「実力主義の社会っていうのも大変なんだな」
僕は適当にそう答えた。
「逆にあんたがそれだけの強さを持っているにも関わらず、冒険者として名乗らずに誰も従えずに今までいたほうが異常だけどな」
「まあ! 今度からは私が隣を歩いてやろう。感謝しろよ!」
彼女はそう言いながら僕を指さした。
僕はそれに対して苦笑いする。
「借金のせいで誰も近寄りたがらないだけさ」
僕はうつむきながらそう答えた。
「私は少なくとも全く気にしてないぞ! 自分自身お金とか持ってないし」
ドーラは少し目を逸らしながらそう言った。
「そんな事を言ってくれるだけで僕は嬉しいよ。たとえ建前であったとしても」
彼女は少し恥ずかしそうにしている。
「べ、別にあんたに喜んでもらいたいとか思ってないから。あくまで私のためだから」
そんな他愛もない話をしながら進んでいると、いつまの城壁に辿り着いた。
「なあ、別に止めるつもりはそんなにないんだが、あれだけボロボロになった次の日にこんなところに来ても大丈夫なのか?」
彼女が元気そうだったため、忘れかけていた事実を彼女に問う。
「なんてことないわ!」
ドーラは自信満々にそう答えた。
「化け物だろ」
僕は独り言を言いながら、城門をくぐり抜けた。
「そういえば、この前はどうして山に入っていたんだ?」
普段だったら人なんて見かけないのに、なぜドーラが山にいたのか気になって尋ねた。
「あー、ギルドの依頼よ」
ドーラは、続けて言った。
「この山って、ほとんど人が来ないじゃない。だから、調査してくれって。街の北側に住んでいる人の中で取り分け魔力に敏感な人たちが、影響を受けて体調を崩しているみたいなのよね」
確かに、僕がまだ山に入り始めて間もない頃は頂上に向かうにつれて、何とも言えない気持ち悪さに襲われたものである。
「最強Aランク冒険者の私に任せろ! って感じで張り切って言ってみたんだけど、私は魔力の耐性みたいなの一切ないからさ。吐き気がひどくて本当に」
彼女は思い出しながらもう一度吐きそうな表情になっている。
こっちも何故か気分が悪くなってきそうだから、その表情をやめてくれ。
「まあでも、いざという時はあんたが助けてくれるでしょ!」
そう言いながら、肩をバシバシと叩くドーラ。
冒険者は皆、肩を叩くという行為がコミュニケーションの一環なのだろうか。
ドーラの場合は肩に手が届いていないから背中を叩くと表現したほうが良かったか?
「それじゃあ、飛ばしていくわよ!」
そう叫んで、ドーラは斜面を走り出す。
「空気を吸いすぎると魔力を吸収しすぎて早くバテるぞ! ちょっと待て!」
自分の経験上、この山で激しく運動することは即ち死を意味するのだが、彼女はもうかなり遠くまで行ってしまった。
「聞こえていないか」
僕は少し早足で彼女を追いかける。
数分後、案の定腹のあたりを押さえてうずくまっているドーラを発見する。
「だから言ったのに」
僕はそう彼女に言う。
「聞いてなわよ」
「そりゃ、勝手に走りだしたからな」
彼女の身勝手さに呆れつつも、僕はいつも通りの狩りポイントまで急ぐ。
「あの洞窟で少し休憩しよう。後ちょっとだから頑張れ」
死にかけた表情をしているドーラにそう伝える。
「私は最強のAランク冒険者よ。こんなことぐら」
息も絶え絶えに彼女は言う。
いつもの威厳も何もないな。
「喋るときつくなるだけだろ。黙ってろ」
彼女を引きずるようにして洞窟の入口まで辿り着いた。
「じゃあ、少し奥で横になってろ。あー、あと、口元を布か何かで覆っておくことをお勧めする」
この後の事を考えて、彼女に僕は彼女に忠告した。
「なにするつもりよ」
彼女は横になりながらそう言った。
「今に分かるさ」
僕は、黒く禍々しい色をした短くて太い笛を取り出し、口につけて吹いた。
「何の音もならないじゃない」
ドーラが言う。
「人間には聞こえないさ。魔物だけだよ、聞こえるのは」
「それってどういう」
彼女かそう言いかけたその時、地震でも起きたかのような巨大な地鳴りが始まった。
「ちょっと待って! あんた何したのよ!」
ドーラは、恐ろしいものを見るような顔で僕のことを見ていた。
「魔物呼びの笛さ。近くの魔物が寄ってくる。自分から探すのは手間がかかるだろう?」
ドーラの方を振り返りながら僕はそう言った。
彼女はあたかも、信じられないといった引きつった顔をしている。
「あ、あんた、この山の魔物がどれだけ強いか分かっているんでしょうね? 一体相手するのだってやっとのことなのよ!」
彼女は腰が抜けて震えているようだった。
最強のAランク冒険者じゃなかったのか? とイジってやりたい気持ちもあるが今は来たる魔物に集中する。
十年前からこの山に入り、ひたすら魔物と戦って考えた最強の金策方法。
自らが入り口の狭い洞窟に入り、魔物呼びの笛を吹き、入り口でぎゅうぎゅう詰めになっている魔物を吹き飛ばす。
ただこれだけ。
でも、何も考えずに作業的にできるのがとても楽だと考えている。
「はい、ドーン」
吹っ飛んでいく魔物を眺める。
そして、入り込んでくる小さな魔物を蹴飛ばす。
キャイーン
と叫んで狼型の魔物は倒れた。
数分間にわたりひたすら同じことを繰り返す。
「これで最後かなー」
汗を拭いつつ、洞窟の入口から外を少し見渡す。
「終わったぞ。ドーラ」
僕は洞窟の奥の方に向かいながら呼びかける。
「ば、化け物⋯⋯」
君に化け物と言われるだなんて心外だな。
そう思いつつも、彼女のもとに向かおうとした。
「こ、来ないで! 私を殺すつもりなんでしょ」
ドーラは僕に怯えながら後退りする。
「魔物を倒しただけだろ? そんなに怯えられたら僕ちょっと悲しいな」
僕は何も特別な力を持っていないから、そこまで怯えることはないだろうに。
第一、殺されるだなんて大げさな。
僕がどうすれば良いのか途方に暮れていると、彼女は泣き出してしまった。
「おいおい、泣くなって。とうしたんだよ。別に殺したりなんかしないって」
そう言って彼女を慰める。
いや、彼女は僕が近づくことを恐れているなら、近寄らないほうがよかったか。
そう考えて、少し外に出ようと立ち上がった。
「い、いかないで。わたししんじゃう⋯⋯」
ドーラは何故か僕の足にすがりつく。
どっちなんだよと思いながら、僕はドーラの隣に座った。
泣いているドーラを横目に、僕はぼんやりと洞窟の中を見渡す。
今話しかけてもちゃんと話せないよな。そもそも、何であそこまで泣くか分からないし。
何分経っただろうか。落ち着きを取り戻したように見えるドーラは、少しずつ話しだした。
「ごめんなさい」
「別に謝ることじゃない」
涙を拭いながら謝る彼女に、僕はそう言った。
「私、あんたの強大な力を目の当たりにして怖くなったの。無力感っていうか。なんて言えば良いんだろうね」
ドーラは、落ち込んだ様子でそう言った。
「私があんたに歯向かったとして、あんたは埃を払いのけるが如く、私を殺すことができるんだろうなって分かった。私、驕っていたのよ」
心無しか、彼女の背中が小さく見えた。
「でも、あんたが⋯あんたがいないと、私、この山から無事に帰ることさえできないわ。この前は助けなんか要らないとか言っていたけれど、強がっていただけよ。ごめんなさい」
少し間を開けて彼女は言った。
「もう私、あんたがいないと生きていけないわ。疲れたのよ、この戦いだらけの生活に」
言いたいことを言い切ったという表情で彼女は立ち上がる。
「行きましょ。長々と変なこと言ってごめんなさいね」
「お、おう」
なんだか普段の彼女とは全く違うな、などと思いつつ、洞窟の外へ二人で歩き出した。
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