金髪赤眼の少女
第七話
はっと意識が戻り目が覚める。
「うなされていたわね」
ベッドの縁に座っているドーラがそう言った。
ん? ドーラ?
「何で僕の部屋に居るんだよ!」
いつの間にか勝手に僕の部屋に忍び込んでいたドーラに対して、僕は驚きを隠せない。
「あら、悪い?」
ドーラは悪びれもしていない様子だった。
僕は体を起こそうとして動くと、なんだか違和感を感じる。
「ドーラ、どうして僕は君と手を繋いでいるんだ?」
何故かドーラの華奢な手が僕の手に重ねられていた。腕ごと握りつぶされるのではないかと恐怖心が芽生えた。
「あんた、うなされていたから。手繋いだら安心するかなって」
ドーラは恥ずかしそうにそう答えた。しかし、直後にこう言った。
「べ、別にあんたの為にしたわけじゃないんだから!」
そう言って彼女は手を引っ込めた。
ドーラよそれは流石に無理があるのではないか?
大人しく寝込みを襲って息の根を止めに来たと。
「じゃあ、自分のためにしたのか?」
僕は彼女に尋ねた。
「さあね」
どうやら僕は彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
「私もよく夢にうなされるの。その時、誰かが手を繋いでくれたら安心できるから⋯⋯」
ドーラは立ち上がって窓の外を見ながら、独り言のように呟いた。
そんなドーラをしばらく見ていたが、忘れかけていた昨日の二日酔いがやって来た。
ドーラの衝撃で一瞬それに対する意識が飛んでいたらしい。
願わくば、ずっと飛んでいてほしかった。
「すまないドーラ。二日酔いが酷過ぎて動けないから、水を持ってきてくれないか」
再び寝転がった僕はドーラに頼んだ。
「私はあんたのメイドじゃないのよ」
ドーラはとても嫌そうだったが、渋々取ってきてくれるらしい。
少しして戻ってきたドーラは、乱雑に窓際の机の上にグラスを無言で置いた。
「ありがとう」
僕は半分死にかけながら彼女に感謝を伝えた。
「昨日は久しぶりにこんなに飲んだよ。正直昨日の記憶がない」
少し笑いながらドーラにそう言った。
「本当に昨日は大変だったんだから」
ドーラは、少し拗ねたようにそう言った。
「色々大変だったな」
昨日のことを思い出しながら僕は応えた。言われてみればドーラと戦ったのも昨日のことだったっけ。
もう何日も前のことに感じるな。
「あんたが酔い潰れて伸びてるせいで」
ドーラが愚痴るように呟く。
ん? どうして彼女がそれを知っているんだ?
「どうしてそれを知っているんだ。昨日あの後帰ったはずだろう?」
不思議に思ってドーラに尋ねた。
「わたしがあんたをここまではこんだの!」
「えっ?」
頭の中が?で一杯になる。
「私がわざわざあんたが住んでる宿に宿泊することを決めて、隣の部屋に移ってきたのに、いざ部屋を覗いてみたらいつの間にか居なくなってるし! 探しに行ったら探しに行ったで、まだそこまで夜も更けていないのに酔い潰れてぐでんぐでんになっていたあんたの姿の愚かさといったら!」
ドーラは早口で捲し立てた。
途中、ドーラが隣に越してきたとかいう途轍もないことを聞いた気がするが、今それに触れると状況が悪化しかねないため、僕はそれに関しては聞かなかったことにした。
「君が運んでくれたのか?」
僕はにわかに信じられなくて、彼女に尋ねた。
「だから、そう言っているでしょ!」
彼女は若干キレ気味に言った。
「あんたのこと、お姫様抱っこしてやったわ!」
「おいちょっと待てそれどこから聞いた?」
酔っ払った冒険者が話したのか? それともドーラに脅されたか。
この際どうでもいいか。
「まあ、悪かったな。でも、何かとありがとう」
いろいろ思うところはあったが、僕は感謝した。
「感謝されるまでも無いわ」
ドーラは何か胸を張って誇らしげにしている。
「案外優しいんだな」
ふと思っていたことが口に出てしまった。
「そ、そんなことないわよ」
彼女は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
両者何も話さない少し気まずい空気が流れる。
「見ての通り今は二日酔いで動けないから、二度寝するよ。用事があったらまた後で来てくれないか?」
本当に体調が優れなかった僕はそう伝えた。
「うん」
僕は頭痛が酷かったこともあって、無理矢理眠りについた。
二度目の起床。目が覚めた。
昼下がりの日差しに、ボロくなった木の天井。そして視界の端に映る綺麗な金髪。
綺麗な金髪?
「ずっとそこにいたのか?」
ベッドに座るドーラを見上げながら言った。
「やることも特に無いもの。いつもは襲ってくる冒険者の相手をしていたけど、それももうやる必要はないかな」
どういうことかわからなかったが、僕はゆっくりと体を起こした。
「いてててて」
まだ本調子ではなさそうだが、動けないわけではない気がする。
「ドーラ、今日これから何がしたい?」
特に予定がなかった僕はドーラに尋ねた。
「私は別に何でもいいわ。あんたのいつも通りの姿が見たいかな」
いつも通りか。
そうなると、借金を返すために、魔物を倒すということになるが、そもそもこいつは僕の借金について知っているのだろうか。
そこまで親しい間柄というわけではないが、幻滅されるとショックである。
今までも、借金が原因で疎遠になった人も多かったし、自分自身、かなり悩まされてきた問題だからな。
昨日は酒の席ということで、タガが外れて言ってしまったが、もっと慎重になるべきだったであろうか。
色々考えた結果、僕はこう言った。
「魔物を狩りにいこうと思う。生活費のために」
うん。間違ったことは言っていないし、嘘はついていない。
「あら、てっきり借金返済のためかと思っていたわ」
僕の数秒間の思考はものの見事に無駄になった。
場所は変わって街の街道。
僕はいつも通り、北の枯山に向かって歩いていた。
そう、斧の悪魔が隣にいること以外はいつも通りだ。
こうしてみると、彼女と僕で外見にかなりの差がある。
彼女は、ボロボロのシャツとズボンにサンダルといった、いかにも冒険しています! 強いです! みたいな感じのことを全身で表している。しかも、髪は美しい金色でトレードマークであるハーフツインに黒リボン。百メートル先からでもドーラだと判別できるような格好をしている。
一方僕は、白のポロシャツに黒いズボン。そして、適当なブーツを履いている。見た目はさながら一般人。
しかも彼女はその身に余りあるほど大きな斧を持っている。
そのせいで、街の人は僕のことを指さして、あの人だれ? 何で斧の悪魔と一緒に歩いているの?
といった、冷たい視線を当ててきているのである。
ドーラちゃん、お兄さんちょっと気まずいナ。
少し歩いていくと、冒険者ギルドの前を通りかかる。
「ドーラ、昨日のこと覚えているか?」
僕はぐしゃぐしゃになった冒険者ギルドだったものを見ながら言った。
「今だけは覚えていないってことにしておきたいわね」
ドーラは現実逃避しながらそう言った。
彼女と意見が一致した初めての出来事がこれだなんて、なんだか変な気分である。
「修理費、割り勘だってさ。どうする?」
昨日聞いた修理費についてドーラに案を乞う。
「払うしかないでしょ。私昨日、ものすごく怒られたんだからね?」
ドーラはドヤ顔でそう言う。
「自業自得でしょ」
そう口に出した刹那、やってしまったと僕は後悔した。
また怒らせてしまいそうだな。
その僕の予想に反して、彼女はしょんぼりとした顔をしていた。
「まあ、こればっかりは私が悪いわね」
「意外とすんなり認めるんだな」
僕はそう言った。
すると、彼女はバツの悪そうな顔をしてこう答えた。
「一応、あんたにも悪い事したって反省してるのよ」
ドーラは目を合わせないように下を向いている。
「だから、修繕費は私が払うわ」
今までになくしおらしくなっている彼女を見て逆に不吉に感じてきた。
「そのかわり、私から逃げたりしないでよね」
ドーラは僕の服の裾をつかみながら、僕にそう言った。
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