夢想
第六話
拝啓、皆さん。
ぽかぽか陽気のある春の日の夕暮れ。僕の状況はぽかぽかでも陽気でもないのです。
僕の隣を歩いているこの小さな悪魔、ドーラ・ブラウン。
半ば強制的に僕についていくと言い張り、ついでに先程何故か僕は彼女に殴られた。
関わらないほうが良いというアドバイスは正解だったかもしれない。
「なあ、どこまでついてくるんだ?」
僕は宿への道を急ぎながら彼女に尋ねた。
「ずっとよ!」
「ずっと!?」
本当に何を考えているんだろうかこのアマは。目的も何も分からないから、正直恐ろしくさえある。
「何のためについてくるんだよ。そんな、面白いことも何も起こらないぞ」
僕は少しうんざりしながら彼女に言った。
「だってあんた、強いでしょ。だからついて行くの」
ドーラは、はっきりとそう答えた。
「たったそれだけの理由か? もっと、こう、なんかあるだろうに」
本当に色々と理解ができないことが多すぎるが、もう何も言うまい。
ただでさえドーラに付きまとわれている僕のことを、街の人が忌避しだしているのだ。
今だって、周囲からの視線が痛い。
それとは反対に、ドーラはかなり上機嫌だった。
「なんだかご機嫌だな」
僕は皮肉混じりに言った。
周りの目は気にしないんだなという言葉を今はぐっと飲み込む。
「だって、初めて私より強い人に会ったのよ!」
さっきも同じようなことを言っていた気がしないでもないが、ドーラはそう言った。
「でも、別にあんたに興味があるとかじゃないんだからね。強さには興味あるけど」
「とりあえず君が、強さこそ至高の脳筋ってことはよくわかったよ」
そんな何の意味もない会話を続けながら、僕らは宿に辿り着いた。
「って! いつまでついてくるんだよ!」
何の躊躇いもなく宿の中までついてきたドーラに僕は怒鳴った。
「あら嫌だった? 男共はいつも宿に私を誘うのに、あんたはあまり嬉しくなさそうね」
おいおい、と心のなかで唱えて僕は頭を抱える。
「それがどういう意味か知ってんのかよ」
僕は壁に手をつきつつ彼女に聞いた。
「さあ?」
ドーラは何も知らないようだ。
「なら、尚更今すぐ帰れ。これ以上ここに居座るなら」
そう言いかけたところで、奥から宿屋のおばさんが出てくる。
「あんたら、痴話喧嘩は他所でしてくれないかい?」
痴話喧嘩じゃねぇよと思いながら、ドーラを外に出そうとした。
「ち、痴話喧嘩じゃないし?」
と、ドーラが謎に反論する。
「何でお前が赤くなってんだよ」
喚き立てるドーラを見ないようにしつつ、手を引っ張って外に連れ出した。
「帰った帰った。今すぐ帰らないと僕は一生逃げ続けるぞ」
自分で言っててどういう脅しなんだと困惑しつつも、彼女は追いかけてくるだろうという恐怖心も働いた。
彼女は少し考えて、案外すんなりと受け入れて、去っていった。
僕は階段を登り、部屋に入ってベッドに倒れ込む。今日一日であまりにも多くのことが有りすぎてとても疲れていた。
天井の木目が歪んで見える。
「あー」
意味もなく声を発する。
少しの間ごろごろした後に、夕飯を取るため、僕は街に繰り出した。
まだ日が落ちるのが早いなあ、などと思いつつ、今日の食事処を探す。
と言っても、借金塗れの僕にそう多くの選択があるわけてはないのだが。
しかし、今日は色々あって疲れたんだ。たまには少しの贅沢も悪くないだろう。
ここ数日、冒険者に何かとお世話になったし、彼らがよくいるであろう酒場に行くことにした。
トボトボと歩いていると、明かりを煌々とつけている騒がしい酒場が見えてきた。
「ここかな?」
扉を開けて中に入ると、見知った顔ぶれが並んでいた。
「おお! 今日の功労者のお出ましだ!」
そう言って僕の周りにわらわらと人が集まってくる。
「なあ、あの悪魔をやったって本当か?」
「すげえなお前! 最強じゃん!」
「どうやってそんなに強くなったんだ。」
三者三様の反応で皆、僕を出迎えてくれているようだった。
「おっさん! この街の英雄にエールを一杯!」
誰かが僕に酒を奢ってくれるらしい。
「みんな、よくそんな飲めるな。僕だったら明日二日酔いになるよ」
冒険者達は皆、何杯もの酒を飲み、既に潰れている者もちらほら見られた。
無理矢理飲ませられたのだろうか。
僕も皆の熱気に当てられて少しハイになっていった。
その後、何回か覚えていないほど、今日の武勇伝を話させられた。
「やっぱすげえよ、お前」
呂律の回らない口調でそう言う男に、背中をバシバシ叩かれる。
「あはは、窓の修繕費がなけりあゃ完璧いだったんすけどねえ」
もう駄目そうだ。僕も呂律が回っていない。
冒険者曰く、僕がドーラを運び去った後、みんなで飛び散った窓ガラスや窓枠の掃除をしてくれたらしい。
だが、その修繕費は僕とドーラ持ちらしくて、さらに借金が増えることとなってしまった。
値段にして、銀貨五百枚。
かなりの大金であることに違いはないのだが、借金総額から考えると、ちっぽけに感じてしまう。
もう末期かもしれないな。
「お前さんよ、窓の修繕費でそう落ち込むなって。そんだけ強いんだからがっぽり稼いでいるだろうがよ」
落ち込んでいる僕を励ましてくれるつもりだろうか。
背の高い巨人のような男が僕の隣に座ってきた。
「金持ちだったら気にしないさ。でも僕は借金塗れなんだよ」
自分の境遇を素直に打ち明けた。
「流石に冗談きついぜ」
巨人は腕組みをしている。
「冗談だったらどれほど良かったか」
そう呟いて、僕はポケットに入れっぱなしにしてあったくしゃくしゃの借用書を取り出した。
皆その紙に群がる。
「五千万???」
そのうちの一人が金額を見て叫ぶ。
「おいおい、冗談きついぜ、本当に」
巨人が今度は本当に困った顔をしていて、僕は少し面白く感じた。
「えげつねえ悪事でも働いちまったのか?」
対面に座っていた男の一人が僕に尋ねた。
「一家が没落した時に吹っ掛けられた借金を全部僕が引き受けるちまったのさ」
やれやれといった風に彼らに見せる。
「ハンス・フォン・シュトラウス、か。ん? シュトラウス? どっかで聞いたことあるぞ俺」
別の男が借用書の僕の名前を見ながら反応した。
「元々は貴族の家柄だったらしいけど、今ではこんなもんさ。見る影もない」
僕は残念そうにそう告げた。
「お貴族様の家系の人だったのか。通りで強いわけだ」
「そんな畏まらなくて良いって。僕は平民さ」
僕がそう言うと皆、泣きそうな顔をする。
「おいおい、どうしたんだよみんな」
怪訝に思って僕は尋ねた。
「いや、お前さん、本当に苦労人なんだな」
もう泣いている巨人が僕の肩に手をかける。
「おっさん、エール追加で!」
僕にもっと飲ませようとしてくる奴もいる。
勝手に人との関わりを避けていたけど、案外悪くないものだな。
そう思いながらひたすらに酒を飲ませられ、僕は記憶と意識を失った。
夢を見た。
まだ僕が幼かった頃の夢だ。
「うわぁぁぁあ、いってえ」
僕は魔物に吹き飛ばされる。視界が地面で一杯になった。
「なあ、どうやったらもっと強くなれるんだ?」
僕は誰かに尋ねた。その誰かというのは、何か影のような存在だった。
「繰り返しなさい」
影はそう答えた。
「繰り返したって勝てないもんは勝てないんだよ!」
僕はそう答えた。
「きっといずれ分かる時が来ます。それまで、繰り返してください」
影は諭すように僕に言った。
そして、徐々に奥の方へ影は遠ざかってゆく。
「ちょっと待ってくれよ! 行かないで!」
僕は何か不安になって、呼び止めようと叫ぶ。
しかし、影は戻って来ずに、遥か先へ消えていってしまった。
僕の夢もそのあたりで終わりを迎える。
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