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決闘の芝居

第四話

「どうしてこんなことになっているんだよ!」


 目の前に対峙するドーラ・ブラウンを見ながら、僕は天を仰ぎ心のなかでそう叫ぶ。


 時は遡ること数刻前。


「ハンス! 手紙が来てるよー!」


 宿屋のおばさんから手紙を受け取る。


「何でこんなに真っ赤な封筒なんだよ。一体誰からなんだ?」


 封筒は真っ赤で、送り主の名前さえ書いていなかった。


 中身は便箋が二枚。ぐちゃくちゃの筆記体で書かれた送り主の名前は、


「ドーラ・ブラウン?」


 一体何用だろうか。


 便箋を開いて中身を確認してみる。


 一枚目を見るも、何を書いていない。


 二枚目を捲って確認する。


「今日の南中の時、ギルドへ来い」


 あはは。果し状か? それならわざわざ二枚じゃなかても良かったのに。


「それにしても本当に何のためだろう」


 なにかやらかしたかと考える。

 彼女のことだからまた何か勘違いしているのだろうか。昨日みたいに。


「今日は金策業はおやすみかなあ」


 ここ数日まともに金策できていないことが心残りではあったが、特にすることもなかったので、少し早めにギルドへ向かうことにした。


 宿を出て、石畳の街道を歩く。


 ここ、交易都市ティルロスはこの地方ではかなり大きな街だ。

 僕はこの街からあまり出たことがないから詳しくは知らないが、複数の国々の交易路が交差する位置にあるらしい。


 そのおかげか、様々な珍しいものも観られるし、他の都市と比べてちゃんと道も整備されていて住心地が良い。


 だがしかし、それだけ富んでいる街ということは、貧富の差も激しいものがある。

 僕は、魔物を狩って生活することができているが、そうでなかったら路地裏で横たわっていたかもしれない。


 大通りから少し外れた路地を歩くと、食べ物に飢えた子供たちを多く見かける。

 それを街の人は見て見ぬふりをして過ごしている。


 皆自分自身の生活を守ることで精一杯なのだ。


 僕自身を含めて。


 そんな事を考えながら、ぼけーっと歩いていたらギルドに着いた。


「おお、無事だったか」


 ギルドの扉を開けるや否や、何故か皆が待ち構えていた。


 本当に何のことか分からなかったが、皆安堵した表情を浮かべていた。


「どういうことだ?」


 僕は彼らに尋ねた。


「昨日あの後、斧の悪魔がギルドに戻ってきてお前のことを色々聞いてきたんだよ」


 何か興味を持たれたのかな?


「それで、どうなったんだ?」


「そのせいで三人ほど怪我を負ったのと、あー、この話は今は関係ないからいいや」


 いやいや、話を聞きに来るだけでどうして怪我人が出るんですか!


「自分が助けられたことを信じられないらしくて、そんなに強いやつなら戦ってみようと思ったらしい」


 脳筋すぎでは。


 そう思ったが、彼女ならやりそうかもしれないとも思った。


「今までも何回かあったんだ。逆に彼女に立ち向かっていく者もいたが」


 そう言いながら彼は手で目を覆う。


「まあ、そういうことだ。言わなくてもわかるであろう」


 聴衆は同情の目でこちらを見ている。


 するとその時、勢いよく扉が開かれた。


「よお、あんたがハンス・フォン・シュトラウスか?」


 振り向かなくてももうわかる。


「やあ、ドーラ」


 僕は平静を装っていつも通り振り返る。


「私の名前を知っていたのか?」


 ドーラは少し驚いているようだった。


「だって、手紙に書いてあっただろ」


 僕は当然のことを指摘する。


「確かに」


 彼女は納得したようだった。


 どちらも言葉を発しない妙に気まずい空気が流れる。

 その間、誰も音を立てずに動向を見守っている。


「ちょっと表出ろ」


 そう言い捨て、ドーラは扉を開けて外に出ていった。


 そして、僕が後ろを振り返ると、皆は目を閉じてまるで祈るかのように手を合わせていた。


「ご愁傷さまとでも言いたげだな」


 僕はそう言って、ドーラの待つ外へ出た。


 彼女と向かい合って立つ。


 ドーラはその体に似合わない、途轍もなく大きな斧を持って仁王立ちで僕を待っていた。

 その斧は全て金属で作られていて、所々に赤い装飾がされてあった。

 ああ、売ったらかなりの値段になるのだろうか。そう思うぐらいに高価なものに見えた。それはただ、自分が借金に追われているからかもしれないが。


 それに対比して彼女自身は、ボロボロのシャツとズボン。そして、元々は白かったであろうサンダルを履いていた。しかもそれらはほとんど男物に見える。


 美しい金髪の髪に、透き通るような赤眼。磨けばいくらでも光りそうなものなのに、もったいないな。


「なんだ、見惚れているのか? 気持ち悪い」


 ドーラは、僕を馬鹿にしたように戯れ言を吐いた。


「そっちこそ、何用だ? よくも僕の大切な一日を無駄にしてくれたものだ」


 僕もそれに反応してそう言った。


「あんたと戦うためさ」


 彼女は、斧を肩にかけながらそう答えた。


「何のために?」


 僕は率直に疑問だったことを彼女に伝えた。


 一瞬の沈黙の後にドーラは答える。


「こうやって冒険者の中で、私がトップだということを分からせるためよ!」


 そう叫びながら彼女は飛びかかってきた。


 まずい、本当に殺されてしまうのか? と一瞬思ったが、彼女が大きく振り下ろした斧の挙動をよく見る。


「避けられる!」


 僕は、地面を蹴って彼女の攻撃を躱した。


「なっ!?」


 彼女はすれ違う時に目を見開いていた。


 そしてすぐさま来る斧の横振り。


 読める!読めるぞ!


 僕は本当に彼女に殺されてしまうと思っていたが、僕が思っていたよりかは強くなかったらしい。


「なんだ、言うほどではないじゃないか」


 僕が十歳の頃から毎日ひたすら山にこもって、一人で魔物と戦い続けた甲斐があったというもの!


 金策と言って最高効率で魔物を倒すことしか考えていなかったが、対人間にも高価を発揮するとは。

 我ながら感心する。


 それから、無言で飛びかかってくる彼女の斧を僕は避け続けた。本当に、どこからそんなに重そうな斧を連続で振りかざすことができる力が湧いてくるのかと、正直驚きではある。


「どうして攻撃しないのよ」


 彼女は肩で息をしながらそう言った。


 確かにどうして攻撃しなかったのだろうか。相手が襲ってきているとはいえ、流石に女の子に手を上げるのは良くないと、深層意識でそう思ってしまったからだろうか。

 そんな事を考えて僕は黙っていた。


「舐められたものね」


 彼女は僕のその行動を挑発として受け取ってしまったらしく、怒らせてしまったようだ。


「気をつけろ! 奴の大技が来るぞ!」


 そう後ろから呼びかけてくるのは、ギルドの冒険者達。


 物陰に隠れつつ窓から戦況を見ていたようだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ」


 叫びながらドーラは高速で回転し始める。


「ものすごい風圧だ」


 風圧で切り裂くつもりだろうか。物理衝撃空間に伝えるといった点では、僕のパンチ攻撃に似たものを感じるな。


 バリバリバリバリ


 凄まじい音を立ててギルドの窓ガラスが割れてゆく。


 恐らく阿鼻叫喚の図になっていることであろう。


 流石にそろそろ終わらせないとこの街が壊れてしまうかもしれない。彼女に攻撃を仕掛けよう。


 僕はそう決心して、拳を構えて、一挙に突き出す。


「喰らえ! パンチ!」


 吹き抜ける風。そして衝撃波。


 彼女、ドーラは、竜巻に巻き込まれたかのように数メートル後ろに吹き飛んで倒れた。


 途端に背後から巻き上がる歓声。


「まずい」


 彼女は昨日まであんなにボロボロだったのに、やりすぎてしまったかもしれない。

 完全に失念していた。


「まあでも、先に襲いかかってきたのはあっちだし」


 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと横たわっているドーラに近づく。


「さすがに気絶しちゃってるよな」


 転がっていた斧を取って、ギルドの方へ向かう。


「重いな。やはり、よくこんな物を持てたものだ」


 斧は、常人が持てる重さではないと思われるほど重かった。

 もともと武器として使用することを想定されていないのではないのか?


「すまない、これを少しの間預かっていてくれ」


 そう言ってギルドの入り口の脇に斧を置く。


 視界の端に大量のガラスが散らばっているのが見えた。今は気にしないことにしよう。うん。


「常人が持ち上げられる重さではないだろうから、無理に持ち上げないほうが」


「痛ってえええ! 絶対腰やられたわ」


 もう遅かったか。


 僕はドーラの方に戻って、彼女を持ち上げた。


「お姫様抱っこしたって後で聞いたら怒るかな」


 持ち上げた彼女の金色の髪が、僕の腕の中からさらさらと流れ落ちる。


 僕はそのまま、冒険者ギルドを後にした。

読んでいただきありがとうございました。


是非、評価、レビュー、そして、感想などを書いていただけますと、毎日投稿の励みになります。


これからも応援していただけますと幸いです。

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