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小さな斧の悪魔

第三話

 再び気絶した彼女をゆっくりと地面に寝かせ、僕は周りに散らばっている彼女の装備を片付け始めた。


「こんなに重いものを身に着けていてよく動けるな」


 一般的には甲冑を身に着けて、魔物の攻撃から身を守るべきとされているが、その防具の重さから機動力を失ってしまっては本末転倒だ。


 重い防具を身に着けずに、攻撃が当たらないようにして立ち回ったほうが何倍も安全だと僕は思う。


 しかし、例に漏れず彼女も重い防具を着ていた。


「というかこれ、男物じゃないか!」


 道理で本当に重たく感じるわけだ。確かに、女性用の防具などはあまり見かけないな。

 冒険者という職業自体、かなりの割合で男ばっかりであるし、仕方がないことではあるかもしれないが。


「これでよしと」


 僕は全ての荷物を鞄にしまい終わった。


「流石に人間をカバンの中に入れたらどうなるか分からないし、背負って帰るか」


 彼女を背負い上げて、ティルロスの街に向かって歩き出す。


「思っていたより軽いな」


 こんなに軽いのに、あんなに重い一撃を繰り出すことができるのかと少し驚く。


 本当に金属製の防具のほうが、この子の体重よりも重いのではないか? と思わせるほどであった。


 黙っていれば可憐で華奢な美少女なんだけどな。何がそこまで彼女を駆り立てるのか。僕は不思議に思った。


「というかこの子どうしよう。流石に自分の宿に連れて帰るわけには行かないし」


 殺風景な山の中を歩きながら悶々とする。


 冒険者ギルドに連れて行ったらなんとかしてくれるだろうか。昨日のあれを見た感じ、かなり恐れられているみたいだが、放おっておくようなことはしないだろう。


 僕は、冒険者ギルドまで向かうことにした。


「やあ」


 守衛に挨拶をする。


「今日は戻ってくるのが早いんだな」

 

「ちょっとしたアクシデントがあってな」


 そう言いながら通り過ぎようとすると、守衛が話しかけてきた。


「アクシデントって、それだよな」


 そういって僕が背負っているドーラを指さす。


「そうなんだよ、山の中で魔物に襲われて倒れていてさ」


 僕は振り向きながら言った。すると、守衛の顔は強張っていた。


「お前さん、そいつが何者か知ってんのか?」


 守衛は恐る恐る尋ねた。


「知らないっていう訳では無いが、顔見知りではないね。ただ、山で助けただけだし」


 と、僕は答えた。


「そいつは、斧の悪魔だぞ。この街最強の」


 守衛の顔は恐怖に歪んでいた。


 この子がそんな名前で呼ばれるほど恐ろしい存在とは思っていなかったが、街の人は恐れているようだ。


「そんな、悪魔だなんて。流石にドーラ? に失礼じゃないか」


「あんたは、それがどんな存在か知らないからそういうことを言えるのかもしれないが、触らぬ神に祟りなしだ。そいつが寝ている隙に離れたほうがいいぜ」


 守衛は腕組みしながらそう助言した。


「覚えておこう」


 守衛と別れた後少し歩いて、僕は冒険者ギルドに辿り着いた。


 冒険者ギルドに着くまでの間、街の人は、まるでドラゴンが出たかのような特異なものを見る目でこちらを見ていた。

 一体何をしたらこうなるんだドーラよ。


「やぁみんな、すまない。少し相談があって来たんだが」


 僕は扉を片手で開けながら、声を張り上げてそう言う。


 ギルド内はざわついていたが、昨日の獣人が僕を見つけて話しかけてきた。


「おお、昨日ぶりだな!」


 こちらに歩いてきた獣人は、僕が背負っているドーラに気がついて一瞬止まる。


「ひぃっ、斧の悪魔っ!!!」


 獣人がそう叫んだ途端、辺りは水を打ったかのように静まり返った。そして、皆の視線がこちらへ向けられる。


「色々あって彼女今、ボロボロの状態なんだよ。ただ、宿に連れ帰るわけにもいかないし、どうしたら良いかな?」


 僕は皆にそう伝えた。


「その辺に放っておけばいいだろう!? そいつは俺らの手には負えねぇよ」


「彼女が怪我をしたりしていてもいつもそんな感じなのか?」


 僕は獣人らに尋ねた。


「怪我しているところなんか見たこと無いぞ。誰も奴に傷なんか付けられたためしがないさ」


 なら、どうしてあんな魔物ごときでこんなに傷だらけになっているんだ? と怪訝に思ったが、これ以上冒険者ギルドに居ても、徒に皆を怖がらせてしまうだけになるから、建物を出ることにした。


「そうか。ありがとう。少し自分で考えるよ」


 僕は皆にそう言ってギルドを後にしようと外に出ようとした。


「聞きたいことは山ほどあるが、まずはそいつをどっか置いてきてくれよな」


 やはり皆、斧の悪魔恐怖症らしい。残念だ。


 外に出て扉を閉める。


 すると、背中でもぞもぞと動く感覚がした。


「流石にそろそろ起きたか?」


 僕は後ろの小さな悪魔に対してそう尋ねる。


「うぅん⋯⋯」


 なんかもにょもにょ言っているようだ。

 ほんと、黙っていれば可愛いんだけどな。


 だが、そう思うのも束の間。後ろで体を起こす衝撃を感じる。


 直後に今度は腰への鈍痛。


「ぐえっっ」


 思わず苦痛に歪んだ声が出る。


「あんた私を誘拐するつもり?」


 まだ誤解しているようだ。

 彼女は、臨戦態勢と言わんばかりの姿勢をしているが、僕は両手を挙げてなだめる。


「そんなつもりはないんだ。さっきも言った通り。一回話を聞いてくれないか? ほら、君が付けていた防具も渡すからさ」


 僕は鞄から装備を取り出し始めた。しかし、彼女はさらに怒っているようで、


「あんたが盗んだんでしょ!」


 おう、そう来るかい。少し被害妄想が過ぎるんじゃないのか?

 ああ、後僕のカーディガンを踏まないでくれ。


「別に盗んだわけじゃないって。もう、そう思ってくれてもいいからさ、今ここで返すよ。だから、そんなに怒らないでくれ」


 彼女の装備を纏めながら僕はそう言った。


 急にギルドの扉が開く。


「おいおい、建物の前で喧嘩は辞めてくれって!?」


 ギルド内から冒険者らしき背の高いエルフの男が出てきた。


「って、斧の悪魔かよ!」


 またしても急に青ざめる顔。


「お前さん、流石にあいつを相手するのは分が悪いだろうよ。さっき見たときは寝ていたのに、何で起こしちまったんだ」


 エルフは耳元に小声で囁いた。

 エルフは続けてドーラにこう呼びかけた。


「なあ、嬢ちゃん。何でそんなに怒っているかは知らねえが、彼はあんたを助けてくれたらしいぞ。ちょっとぐらい話を聞いてやったらどうだ?」


 エルフはそう言うと、


「すまねえ、これ以上なにか言うと消されそうで怖いからやっぱ無理! がんばって!」


 と早口で言い残して、ドアを勢いよく閉めて建物内に消えていった。仲裁してくれるわけじゃないのか。


 僕は恐る恐る後ろを振り返り、ドーラの方を向いた。


「よくわからないけど、あんた、助けてくれたの?」


 あまり納得しているような顔には見えないが、一応話はしてくれるらしい。


「だから、さっきからそう言っているじゃないか」


 僕は正論を述べる。


「あらそう? 今まで男たちは皆、私を騙そうとしてきたから、あんたも何か企んでるんじゃないかって」


 ドーラは淡々とそう言った。


「でも別に助けられたとか思ってないから。私一人でももうとでもなったし」


 続けてドーラは意見を述べる。


「だから、見返りとか求めないことね」


「あー、それは良いんだが、傷とか大丈夫か?」


 彼女は見るからに傷だらけであった。


「あんた、お人好しなのね。別に問題ないわ」


 しかもずたずたになった服。ところどころ肌が見え隠れしていて、こっちが気が気でない。


「服とか替えはあるのか? その格好だとまずいだろう。良かったらカーディガン」


 そう言いかけて彼女の足元にあるカーディガンに目を落とす。


「カーディガンはダメそうだな」


 そう言って彼女に笑いかけた。

 

「お人好しすぎて気味が悪いわ。じゃあね」

 

 彼女はそう言い残すと、振り返りもせずに毅然とした態度で去っていった。


「嵐みたいな奴なんだな」


 僕はそうつぶやくと、宿屋に向けてトボトボと歩きだした。

読んでいただきありがとうございました。


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これからも応援していただけますと幸いです。

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