街に別れを君にエールを
第二十六話
僕は診療所で数週間を過ごした。木の葉が段々と青々としてくるのが感じられた。
「もうそこそここれまで通り動けるんじゃないか?」
先生は僕を診察しながら言った。
二人でかなりリハビリをしたものだ。
「もう出歩いても良いか? 先生」
僕は彼に尋ねる。
「もうそろそろ良いじゃろう」
先生は言った。
「ねえハンス! 武器屋のおじさんが私の武器、今日中に完成するって言ってたわ! 見に行ってきて良いかしら」
ドーラが部屋に飛び込んでくる。
「先生の許可が得られたから僕も行くよ」
浮足立つ彼女に僕は言った。
「本当!? また歩けるようになったのね」
ドーラは嬉しそうにしていて、僕も嬉しい気持ちになった。
「じゃあ行くわよ」
彼女は僕の手を取って走り出す。
「うぉっ、急に走るなよ! 病み上がりだぞ」
診療所の外に出ると、久々に太陽に照らされて、眩しく感じる。
ドーラはあの戦いのせいで普段着がボロボロになってしまったので、新しく服を買ったそうだ。
今は、かなり丈の短い純白のワンピースを着ている。彼女曰く、丈が長いと動きづらくて仕方が無いそうだ。
靴も新しく白いサンダルを買ったようで、頭にはギルドのアンナの物に似た黒いリボン付きのカチューシャを付けていた。
初めて会ったときとは違い、彼女は陽の光に照らされて輝いて見えた。
「来ましたか」
武器屋の店主が待っていたかのように言った。
「お久しぶりだな」
僕は彼に声をかける。
「ちょうどできたところなので案内します」
彼は僕らを作業場へと連れてゆく。
「わあ! なんか光ってるわ」
ドーラが指差して言った。
机の上には、青白く光る大きな斧が鎮座していた。
「持ってみても良いかしら?」
彼女は店主に聞く。
「いいですよ」
彼女はそれを聞くや否や持ち上げていた。
「あれ、案外軽いのね」
ドーラはそう言って斧を振り回す。
「危ないから使うなら外にしてくれ」
怯えてる店主を見ながら僕は言う。
ドーラは走って外に出ていった。
「なぁ、あの斧って推定でどれぐらいの価格なんだ?」
僕は気になって彼に聞いた。
「素材費だけで銀貨八百枚はくだらないよ。正直作っているときは気が気じゃなかったね。盗まれるんじゃないかとか考えて」
店主は青ざめて言った。
「荷の重い仕事をさせてしまってすまないな」
僕は言う。
「でも、とてもいい経験になったよ。アダマンチウムをあそこまで使うというのは、今後一生無い気がする」
彼は笑いながら言う。
「そうだ」
思い出したかのように彼は奥に行って何かを持ってくる。
「アダマンチウムのナイフだ。これを君に。余った鉱石で作ったんだ」
青白く光るナイフを彼は鞘に入れて手渡す。
「わざわざありがとう」
彼は手招きをして僕を呼ぶ。
「あと、これ。自分じゃ持ち上げられないから」
そこにはかつてバラバラに砕けたドーラの斧があった。
「正直こっちのほうが大変だったんだ。でも、結構うまく直せただろ?」
店主は自慢するように言った。
確かに、かなり綺麗に補修されている。
「まあ、耐久度は落ちているから、実用性はあまりないかもな。そこはあの新しい方を使って欲しい」
彼はそう言いつつ何か探している。
「まだ何かあるのか?」
僕は彼に尋ねた。
「微妙に残ったインゴットで作ったんだ」
店主はそう言いながら光る指輪を取り出す。
「斧の悪魔と呼ばれた彼女も、今では君が牙を抜いてしまったようだからな。ちゃんと責任取ってやるんだぞ」
そう言って彼は僕の手に指輪を乗せる。
「彼女の斧を作るときに採寸したから、サイズはピッタリのはずだ」
彼はにこやかに笑いながら言った。
「まあ⋯⋯受け取っておくよ」
僕は少し戸惑いながら言った。
「僕からの餞別だと思ってくれ」
彼はそう言って僕を送り出す。
「じゃあ、またいつか」
僕は彼に手を振り、店を後にした。
僕は店先で斧を振り回すドーラを回収し、仮設ギルドへと向かった。
「アンナー、いるー?」
ドーラが声を張り上げながらギルドに入る。
すると奥からアンナが顔を出した。
「あ、いた! 遂に出発するから一応来たわ」
ドーラは言った。
「出発するなら渡しておかないといけないものがあります」
彼女はデスクに向かいながら言った。
そして一通の封筒を持って戻って来る。
「なんか推薦状? 的なやつです。ギルド本部に行ったときに渡してください」
アンナは僕にそれを手渡す。
「こちらには戻って来る予定ですか?」
アンナは僕らに尋ねる。
「まあ、一応帝都に行くだけの予定で別に住むつもりは無いかな」
僕はそう答えた。
「ここからは一月以上もかかる場所ですので、もしかしたら帰ってこないのかと思っちゃいました」
アンナは寂しそうに言った。
「用事が終わったらきっと帰ってくるわ。それまでにギルドが直っていると良いわね」
ドーラもそう言う。
「ルナードにもよろしく伝えておいてくれ。何かと世話になったしな」
僕はアンナに頼んだ。
「あ、おみやげ買ってきてくれたら嬉しいです⋯⋯」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「まあ、考えておくよ」
僕らはアンナと別れて街の西側に向かって歩いた。
「なんだか、この街を離れるのは寂しい気分ね。これが初めてではないんだけれど」
ドーラは言った。
「ずっとこの街にいるもんだと思っていたよ。そうじゃないんだな」
僕は少し驚いてそう言う。
「まあ、色々あったのよ」
彼女はあまり触れて欲しくないようだった。
「僕はこの街に住めて良かったと思うよ。まあ、永遠の別れではないと思うけれど」
今までのことを思い返すように言った。しかし、ドーラと会ってからの出来事があまりにも強烈過ぎて、思い出す記憶にはほとんど彼女が含まれていた。
「次戻って来ることができるのは秋か冬頃かしら」
ドーラは未来を見つめるような眼差しで言った。
「そんなにかかるか?」
僕は帝都まで行ったことがなく、どれだけ時間がかかるか疑問に思って彼女に聞いた。
「雨季に足止めされなければ良いのだけれど」
ドーラはまるで経験があるかのように呟いた。
「まあ、先のことは考えても仕方がないよな」
僕はそう言いながら歩く。
西の城壁が見えてきた。
「遂にこの街とも一時お別れね」
ドーラが街を振り返りながら感傷に浸って言う。
「行こう」
僕は彼女の手を引いて城壁の外に出た。
これから何が起こるのだろうか。
僕は期待に胸を弾ませながら、日の落ちかけている地平線に向かって一歩を踏み出した。
第一章 完
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