Z旗
第二十四話
洞窟の入り口の光が見えてきた。
「ドーラ!」
僕は彼女に呼びかける。
「な、何よ」
そう言う彼女を抱きかかえ、斧を持って洞窟を脱出する。
「どういうことなの!?」
困惑しているドーラが叫ぶ。
「後で説明する!」
僕はそう言って走り続けた。
直後、爆発音がして僕らは粉塵の波に飲まれる。
ケホケホとドーラが咳をする音が聞こえた。互いに無事なようだ。
僕らがさっきまで居た洞窟は跡形もなくなり、瓦礫の山になっていた。
「嘘でしょ⋯⋯」
彼女はその様子を振り返って見て、そう呟いた。
そして、もくもくと立ち昇る煙が少しずつ晴れて、何やら大きい影が見えてくる。
「なんだあれは」
そこには、信じられないほど大きい、色とりどりの光る鉱石を身にまとったゴーレムのような何かが立っていた。
「僕の身長の十倍はあるぞ⋯⋯」
そう言って、ドーラの方を向くと、彼女は声が出ないほど驚いており、恐怖な表情に染まっていた。
ゴーレムが僕らを捕捉して、動き出すのが見えた。
「いったん逃げるぞドーラ!」
僕は腰の抜けたドーラを抱きかかえて再び走り出す。
先程まで僕らがいた瓦礫の影に、ゴーレムの腕が打ち付けられるのが見えた。
「ありゃ食らったらイチコロだな」
僕は苦笑しながら言った。
僕はドーラを降ろし、彼女の斧を持つ。
「少し借りさせてもらうぞ」
そう言って、振り下ろされるゴーレムの左拳を受け止める。
尋常じゃない振動が体に伝わってきて、僕はじりじりと押される。
「まずい」
片腕を押さえていても、もう片方で殴りかかってくるゴーレムの足止めは厳しそうだった。
僕は拳に力を込めて、近づいてくる巨大な右拳を殴り返す。
しかし、その腕は留まるところを知らず、僕は押しつぶされそうになった。
「死ぬかと思った」
間一髪の所で地面を蹴って後ろには下がる。しかしこれ以上先にヤツを行かせると、ドーラを危険にさらすことにつながる。
なんとしても止めなければと僕は思った。
僕は攻撃してくるゴーレムの腕に飛び乗り、頭をめがけて走る。
「これで終わりだ⋯⋯」
そう呟き、全身全霊を込めてゴーレムの頭上に渾身の一撃を叩き込んだ。
途端に粉々になる鉱石の塊。
ゴーレムは頭部を失ってよろめいた。
「よっしゃ!」
僕は勝利を確信して叫んだ。
そうしてゴーレムから飛び降り、ドーラの元へ向かおうとする。
しかし、地面に降り立つ前、空中で背中に強い衝撃を感じ僕は吹き飛ばされた。
「え?」
僕は何が起こったかさっぱり理解できなかった。
後ろを振り返る間もなく、仰向けに地面に叩きつけられる。
「からだが⋯⋯うごかない」
声を出そうにも何か内臓をやられてしまったのか、うまく声にならない。
途端に頭がキーンとなって視界がぼやけ、音が聞こえなくなる。
腰が抜けていたはずのドーラが駆け寄って来るのか視界の端に映った。
お前だけでも逃げろ
そう伝えたかったが、声にならない。
あゝ僕はこのまま死んでしまうのか。そのようにさえ思わされた。
ドーラは涙を流しながら斧を握っていた。
そのまま彼女はゴーレムの方に一人で立ち向かってゆく。
だが、圧倒的な力を前に徐々に押されつつあるのが見えた。
最終的に僕をかばうように攻撃を斧で受け続け、僕の前まで下がってきた。
彼女は絶望した表情で僕の方を振り返り、涙を流しながら何かを叫んでいる。
そして、その瞬間、ゴーレムの攻撃によって彼女の斧は粉々に砕けた。
ドーラが斧の柄と共に、吹き飛ばされていく様子が見えた。
僕は最後の力を振り絞って体を起こす。
ゴーレムの攻撃がすぐそこまで迫ってくるのが見えた。
「やめてくれ⋯⋯」
僕はそう呟いて強く生きたいと切望した。走馬灯のようなものが流れてゆくのが見えた。
そこで僕の意識は途切れ⋯⋯倒れた。
僕の意識は暗い闇のようなものに飲み込まれていた。
少しして、遠くでドーラの声が聞こえる気がした。
ああ、死んだのか。僕はそう悟った。
しかし、死後の世界でドーラと一緒というのはとても嬉しかった。
僕はうっすらと目を開ける。
ドーラが泣きながら僕の頭の横に座っているのが見えた。
僕の手はドーラにしっかりと握られているようだった。
「ハンス⋯⋯死なないで⋯⋯」
彼女がそう言っているのがはっきりと聞こえた。
死んでないのか?
僕は目を開け、ドーラの手を握り返す。
彼女は一瞬静止する。
そして、目がか潤んで大粒の涙をこぼしながら言う。
「死んじゃったかと思ったじゃない! あんたが死んで私だけ生き残ってもどうやって生きていけばいいのよ!」
彼女はそう言いながら僕の胸に顔を埋め、抱きつく。
「生きてて良かった」
ドーラは泣きながら笑ってそう言った。
それにしても僕はいまいち状況を理解できなかった。どうして助かったのだろうか。
ようやく体が動くようになってきたので、体を起こす。立てそうにはなかった。
口に入った砂利を吐き出す。
「どうして助かったんだろう」
僕は少し他人事のように言った。
「あんたが瀕死になりながら倒したんじゃないの?」
彼女は僕の隣に座って言った。服もボロボロである。
「てっきりドーラがやったのかと」
僕はそう言った。
「わ、私にあんなの倒せるわけないでしょ! あんた、何をしたの?」
ドーラは続けて言う。
「あんたが殺られると思ったとき、手を前に出して何かしたわよね? そしたらあのでかいやつの動きが止まって、あんたは倒れたの。だから、何らかの力を使い果たして倒れたのかと思ったわ」
彼女が詳しい状況を説明してくれた。
「火事場の馬鹿力と言ったところだろうか。何かをした覚えはないんだけれどな」
僕は振り返りつつ言う。
「そういえば、どのぐらい経ったんだ?」
僕は話題を変えて彼女に聞いた。
「一時間も経ってないわ、あんたが意識を失ってから」
ドーラは少し安心しているようだった。
「そんなに長く泣いていたのか。すまない」
泣かせてしまったことを僕は反省して言った。
「あ、あんたはもっと自分を大切にしなさいよ」
彼女は心配したように言った。
「まあ確かに、互いに無事でよかったな」
僕がそう言うと彼女はこちらに顔を近づけてくる。
「どうした?」
僕が不思議そうにしていると、さらに彼女は近づいてきて、髪が僕の顔にかかる。
頬に何やら柔らかい感触。
僕が呆然としていると、彼女はすぐに立ち上がって、そっぽを向いて言った。
「べ、別に特別な意味はないわ。ただ、生きててよかったってだけよ」
彼女はそう言って僕のバッグを持って走り出した。
「おい、どこ行くんだよ」
取り残された僕は仕方がなく再び寝転ぶ。
「どうしてこのタイミングなんだよ」
僕はドーラの奇怪な行動に頭を抱えた。
数分して、彼女は戻ってきた。
「あんたが必要だって言っていた鉱石、あらかた集めて入れておいたわ」
彼女は得意げに言った。正直本当に助かる。もう一度あのゴーレムと戦うリスクを負いたくないしな。
「そして⋯⋯斧、壊れちゃったけど、持って帰りたかったから」
そう言って彼女はバラバラになった斧を取り出す。
「すまない⋯⋯何も守れなかった」
僕は責任を感じてそう言った。
「気にしてないわ。それに、あんたを守ることができたわけだし」
そう言ってドーラは斧だったものを鞄にしまう。
「とりあえず⋯⋯あんたを診療所に連れて行かないとね」
彼女はそう言って僕を抱え上げる。
「なんだかみっともないな」
僕は恥じて言った。
「私のために命を賭して戦ってくれた相手にそんなこと言えないわ」
ドーラはそう言って山を下って行く。
二人で一つの影が山肌に伸びていた。
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