危機
第二十三話
遠くから鳥のさえずりが聞こえる。
僕はうっすらと目を開けた。すると、まぶしい光が目に飛び込んでくる。
「もう朝か」
背中に違和感を感じる。振り返るとドーラが引っ付いていた。しかも、まだ寝ているようだ。
直射日光が当たらないように、僕は一旦雨戸を閉じた。
そして、ドーラに半分以上占領されているベッドに、肩身の狭い思いをしつつ寝転がる。
「んん?」
一連の動作のせいでどうやらドーラを起こしてしまったようだ。
「すまない、起こしてしまったかな」
しかし、彼女は寝返りを打って無防備な姿で丸まる。とても幸せそうな顔だ。
僕は特に意味もなくドーラの頭を撫でる。
「可愛いな」
一人きりで全てをこなしていた頃には考えられなかった生活である。全てはドーラのおかげなのかもしれないと僕は思った。
「流石にこのボロ宿では申し訳なくなってくるし、そろそろ別の宿に移ったほうが良いだろうか」
金銭的にも今なら可能な気がすると僕は考えた。
そんなことを考えつつごろごろしていると、急にドーラがぱっちりと目を開けた。
「お、おはよう」
ぎこちなく彼女は言って、反対側を向いてしまった。
起きた時の反応を見るに、昨日のことを今更恥ずかしく思っているのだろうか。最早何も隠すことは無いだろうに。
今気づいたが、彼女の背中の下の方に傷跡があるのが見えた。昨日は暗かったからだろうか、気づかなかった。
「傷跡あるんだな」
僕はそう言ってから、もしかすると彼女は気にしているのかもしれないと思い、言うべきでなかったと後悔する。
「そうね。古傷よ」
彼女はただ、そうとだけ答えた。
「別に昔のものだし、今はもう気にしてないわ」
ドーラは僕の方に振り返ってそう言った。
「気を使わせてしまってすまない」
僕は悪かったと思っていたので、謝った。
窓の隙間から差す光が、シルクを照らしてきらきらと光った。
「たまにはごろごろするのも悪くないわね。ベッドが固くて軋むのが難点だけど」
彼女はそう言いながら丸まる。
正直、僕もこのボロ宿にいる理由も何も無いため、移動しようと考えていたところだった。
「別の宿に移るために稼ぎに行かないか? 昨日武器屋で話した鉱石のことも気になるし」
僕はドーラに尋ねた。
彼女は気だるそうだった。
「まあ、そのためならしょうがないわね」
そう言って体を起こす。
彼女は髪がボサボサだったが、なぜか艷やかに見えた。
「何見てんのよ。着替えるからちょっと外出ておいて」
そう言う彼女に僕は追い出される。
数分して、白と水色のワンピースに身を包んだ彼女が姿を現す。
「戦闘用の服も買っておくべきだったかもな」
僕は購入した服を思い出しながら言った。
「あら、あんたが守ってくれるんじゃなかったの?」
ドーラは意地悪そうに言う。
「乙女に戦わせるだなんて悪趣味ね。そんなに私の下着が見たいの?」
彼女は笑いながらそう続けた。
「誰が乙女だよ。そんな事言うならもっとお淑やかになってくれ」
僕は呆れたように言いながら二人で外に出る。今日はドーラの斧も一緒だ。
北の山へ続く通りを歩いて、いつもの城壁まで辿り着く。
守衛に手を振って僕らは山に入った。
殺風景な色合いの山の中、ドーラの華やかさがより強調されて見えた。
「この前の洞窟とは違う方向なのね」
ドーラがそう言う。もうかなり前のことに感じるが、二人で洞窟に入ったのも最近のことだった。
僕は彼女に会ってから急激に変わったし、それは彼女も同じかもしれない。彼女の目にもその道を懐かしんでいる様子が見られた。
前回の洞窟より、山頂に近いところを登ってゆく。
「大丈夫かドーラ? ここから先は頂上から漏れる魔力の度合いもかなり高いから、もしかしたらきついかもしれない。無理しなくていいぞ」
僕は彼女に語りかけるように言った。
「べ、別に大丈夫だわ」
そう言いつつも彼女の顔には疲労感が見られた。
やはり生身の人間には厳しい土地なのだろうか。そういう言い方をすると、僕が生身の人間ではない様になってしまうか。
そんな事を考えつつ、ドーラを励ましながら少し進む。
「ごめんなさい。ちょっと休憩したいわ」
ドーラは疲れ切った様子で足をがくがくさせながら言った。
山の斜面にはいくつも洞窟があるため、その中の一つに入って休むことにする。
「やはり魔力によって体力が奪われるよな。何とかならないのだろうか」
ドーラを宿においていくことを考えたが、そんなことをしたら彼女は意地でもついてくるだろう。なんだかんだ、ドーラは独りぼっちが嫌いらしい。
「ねえ、膝枕してよ」
ドーラが僕にすり寄ってくる
「この前してあげたでしょ。忘れたとは言わせないわ」
僕は渋々正座し、地面に上着を敷いてドーラを寝かせた。
魔力耐性は慣れなのだろうか。僕はドーラを撫でながら考える。
初めの方は僕もこの山を登るのがきつかった覚えがある。しかし、慣れでしか克服できないとなると、ドーラには相当な負担をかけてしまうことになるだろう。
並の人間だったらこの高さに登る前に息絶えてしまうだろうしな。ドーラはその点かなり強い。
「無理させてしまってすまない」
僕はドーラを見ながら言う。
「逆よ。私こそ無理言ってごめんなさい。本当だったら私が居ないほうがあんたにとっても効率いいでしょ」
彼女は疲れた目でそう言った。
「否定しないのね」
彼女は続けてそういう。
「あ、いや、そういうわけじゃ」
僕は焦って否定する。
「そういうときは嘘でもいいから、君と一緒にいたいからそんなことは気にしないさ。ぐらい言ってほしいものね」
ドーラは若干力なく笑いながら言った。
少しの沈黙の後、僕は口を開く。
「ドーラと一緒に居たいんだ。だから、一緒に居てくれ」
そういった後に自分の発した言葉の意味不明さに悶絶する。
「何もそれ。同じこと二回言っただけじゃない。しかももう遅いわ。タイミングってもんを分かってほしいわね」
そう言いつつも、ドーラは少し嬉しそうだった。
「なんだか奥から気配を感じるわね」
少ししてドーラは言った。
正直、僕には何もわからなかったのだが、ドーラには何かが見えているのだろうか。
「気味悪さを感じるわ」
もしかすると彼女の方が魔力耐性が無いため、敏感に魔力を感知することができるのかもしれない。
「少し見て来ても大丈夫か?」
僕はドーラに聞いた。
「ええ」
僕はドーラを洞窟の壁にもたれかかる様に座らせて、洞窟の奥の方へと向かった。
自分の歩く足音が反響する。
しかし、それ以上に何か大きな物音がはっきりと感じられるようになってきた。
洞窟は次第に天井の高さが高くなってゆき、やがて少し開けた場所に出る。
「美しい⋯⋯」
第一印象は思わず口に出てしまった。
そこには信じられないほどの多くの鉱石物が群生していた。しかも、一種類ではなく本当に色とりどりであった。
今までかなり山を探索していたが、はっきり言ってこれほどの規模のものは初めてだった。ドーラのおかげだな。
それに見惚れると同時に、奥から何やら気配を感じる。
「何かいる」
辺りを見渡すが自分の目には動くものが見当たらない。しかし、直後に地鳴りのようなものを感じる。
「まずい、崩落するかもしれない!」
自分の目に映る範囲では、何も変化がなかったことが不気味だった。
「ドーラは大丈夫だろうか」
この大きさの洞窟が崩壊してしまったら、彼女ひとたまりもないだろう。
僕はそう気づき、入り口の方へと元来た道を走り続ける。
その間にも洞窟は揺れ、天井からは砂が落ちてくるのを感じた。
「頼む⋯⋯間に合ってくれ」
僕は祈りながら走った。
読んでいただきありがとうございました。
是非、評価、レビュー、そして、感想などを書いていただけますと、毎日投稿の励みになります。
これからも応援していただけますと幸いです。