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天邪鬼は素直になりたい

第二十二話

 僕はとぼとぼと部屋に戻ってベッドに倒れ込む。


「そうだ」


 思い出したかのように僕は今日買った服を並べてみる。


「こうしてみると壮観だなあ」


 ぼろぼろの部屋には似合わないラインナップだと感じた。


 紫色のシースルーの寝間着を手にする。そこそこ高かっただけあって、かなり手触りは良かった。


 持ち上げると何か布のようなものが落ちる。


「何だこれ」


 僕はそれを拾い上げて、店員の言葉を思い出した。


「そういえばおまけで下着も入れているって言ってたな」


 女性の下着はどれもこんなに細いものなのだろうか。それは黒色で、腰の両端を紐で結ぶレース状のものだった。


 まあでも、いつも黒のリボンを付けているし、これもドーラに似合うのではなかろうか。しかし、流石に僕が渡すのは気持ちが悪いよな。というか、この寝間着自体かなり際どいものであることには変わりないわけで。


 僕はそんな他人からしたらどうでもいいだろうことで悩んだ。


 そもそもドーラはちゃんと下着をいつも履いているのだろうか。


 新たな疑問が生まれてくる。


 今日はスカートがめくれそうになったとき、下着が見えるって言っていたから流石に履いているのだろう。


 でも、上は?


 彼女は正直まな板に近いが、ちゃんとつけているのだろうか。ずっと男物のシャツだったからあまり考えていなかったが、大丈夫だろうか。


 少し心配になる。


「まあ、これも僕が口を出したら気持ちが悪いだけだよな」


 そう考えて、何も言わないことに決めた。


 その後は、鞄にずっと入れていたらシワにならないだろうか、といったことを考えていた。すると、ドーラが帰ってきた。


「おかえり、早かったな」


 僕はそう言うとともに、ベッドの上に出しっぱなしの寝間着を思い出す。


 慌てて片付けようとしたが、彼女はもう既に気づいたようだった。


「あんたそれ、結局買ったのね。私に秘密で」


 失望されただろうか。僕はしょんぼりとする。


「着てほしかったの?」


 ドーラはそう言った。


 何を考えているのか少なくとも僕には分からなかった。


「そうじゃないと言えば嘘になる。けれど、こんなに早く見つかるとは思っていなかったんだ」


 僕は半分正直にそう答えた。


「貸しなさい」


 ドーラはそう言って透けている寝間着を手に取った。


「なっ⋯⋯」


 店員にもらった先程の下着がはらりと落ちる。


「あんたねぇ⋯⋯」


 ドーラは呆れたような口調で言った。流石に怒らせてしまっただろうか。


「ちょっと窓側向いていなさい」


 僕は言われた通りに窓側を向く。


 今日は曇っていて月明かりがなかった。


 ドーラが服を脱ぐ音が聞こえてくる。


 僕にはその数分が数時間のように感じられた。


 彼女はさっきまで着ていた服を畳んで、僕の目の前の窓の横にある机に置いた。


「ちょっと、見ないでよね!」


 視界の端でドーラの手が寝間着をつかんだのが見えた。


「どうやって結ぶのかしら」


 かすかに彼女の独り言が聞こえる。


 さらに数分が経ってドーラはベッドに腰掛ける。


「もう良いわよ。あ、あと、広げてある服片付けてくれる?」


 ドーラにそう言われて、あまり彼女の方を見ないようにして僕は服を片付けた。


「なんか言いなさいよ。私が体張って着たのに無駄にする気?」


 ドーラは照れ隠しをするように言った。


「⋯⋯綺麗だな」


 本心だった。本当に綺麗だと思った。


「にしても本当に薄くて結構透けるわね」


 ドーラは股の付近を押さえながら恥ずかしそうに言った。


「こ、こっち来なさい」


 そう言われて僕は彼女の隣に座った。


 暗くて彼女がどんな表情をしているかはあまり分からなかった。


 ベッドに置いた僕の手と彼女の手の小指が触れ合う。


 ドーラの体がぴくっと動いたように見えた。


 そのまま、ドーラは小指を重ねてくる。


「なによ。私からばっかりで馬鹿みたいじゃないの」


 ドーラは自虐するように言った。


 それを聞いて僕は無言で彼女の手を握る。


 また、ドーラの体が少し動く。


 手を通じて彼女の体温が伝わってくるのを僕は感じた。


 彼女の手が動いたのを感じ、指を絡めるように握り直した。彼女のもう片方の手は、バランスを取るために体の後ろの方に置かれている。


 ドーラが手で隠していた下着が僕の目に映る。名前も知らぬ店員よ、役に立ったじゃないか。ありがとう。


「そんなにじろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃない」


 そう言いつつも彼女は少しこちらへ寄ってきた。


 絹の少しひんやりとした感覚がしたと思ったら、彼女の体温を直に感じる。又、少しアルコールの香りもした。


 そして、彼女は僕に寄りかかる。反対の手は髪をくるくると触っているのがぼんやりと見えた。


 ドーラは、僕と彼女のあいだにあった二人の手を彼女の脚の上に乗せた。更に、その分空いた空間をより僕の方に詰めてきた。


「なんだか妙に積極的だな」


 僕は前を向いて呟いた。


「別にいつも通りだわ」


 そう言いながら彼女は少し手を強く握る。


 心を決めたように彼女は息を詰める。


「ねえ、あんたはどう思うの。私のこと」


 彼女は俯いて言った。


「積極的にこういうことして、品のない女だと思った?」


 彼女はいつになく自信なさげであった。


「そんなことないさ」


 僕は言った。


「私は⋯⋯ただ、あんたにこうしてでも、見ていてもらいたかっただけなのよ。私不器用かも」


 彼女は自分を卑下する。


 その時、月明かりが差してきて彼女の姿がはっきりと現れる。


 彼女の体のラインがはっきりと見て取れた。


「ねえ、よく見えるでしょう? 今だけは私だけを見てよ⋯⋯」


 儚げに彼女は呟いた。


 急にドーラは立ち上がって、窓側の机に手をついて外を眺める。


「月が綺麗ね」


 逆光で彼女の姿が影になって映る。


 彼女はしばらく夜風にあたっていた。


「今晩は一緒に寝てくれるわよね。嫌だなんて言わせないわ」


 ドーラはそう言って僕の方を振り返った。影になって彼女の表情はよく見えない。


 そして、彼女はベッドに戻ってきて寝転がる。


 僕も同じく寝転がった。


 すると、ドーラは僕の胸に顔をうずめて、脚を絡ませて僕の足をはさんできた。


 ドーラの肌が直に感じられて、僕は気が気でなかった。


 心拍数が跳ね上がる。


 僕は右手でドーラの頭を撫でる。


 表情は見えないが、彼女が笑った気がした。


 ドーラは僕の左手の手首を掴んで、彼女の腰の付近に持って行く。さらさらした絹の生地の中に、下着の紐の凹凸が感じられた。


 彼女は一瞬体を震わせる。


 僕はドーラを抱きかかえるような姿勢になった。


 古いベッドが軋む音が聞こえる。


 彼女は僕にどうしろというのだ。僕は困りきってしまった。


 しばらくドーラの体温を全身で感じながら、僕は押し黙っていた。


「ドーラ?」


 耐えきれなくなって僕は彼女に声を掛ける。


 しかし彼女からの返事はなく、代わりに可愛い寝息が聞こえてくる。


「してやられたな⋯⋯」


 僕は眠りにつく努力をしようと目を閉じた。

読んでいただきありがとうございました。


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