狂酔の策
第二十一話
僕らは武器屋を出た後、街をブラブラと歩き回った。すると、気がついたら日が落ちかけていた。
「いやー、色々買ったね」
僕は言った。
「ほとんど私の服じゃない」
たしかにそれもそうだとは思ったが、後悔はしていなかった。
「今日はあそこでご飯食べない?」
彼女が指さした先には公衆浴場が併設されたレストランがあった。
「ついでにお風呂も一緒に入りましょう」
彼女は言った。
「あっ、一緒にってそういう意味じゃないから!」
ドーラは慌てて訂正する。
「それぐらいわかってるって」
僕はそう答えて中に入る。
受付で二人分の金額を払って浴場へ向かう。
「じゃあ、先に上がったらここで待っていてね」
男湯と女湯が分かれる待合場の様な所でドーラは言った。
そう言って彼女は軽い足取りで浴場の方へ消えていった。
「僕も入るか」
そう呟いて僕は浴場へ向かった。
「ふぅ、さっぱりした」
僕は数分後、待合場に戻って来る。
「急いで戻ってきたから流石にまだいないよな」
待たせるのも悪いと思い、僕は早めに戻った。
椅子に腰掛けてドーラを待つ。
今日の服屋で買った服のことを思い出す。やはり、一切後悔していないと言うと嘘になるかもしれないと思った。
ドーラが着てくれたらそんなことは無くなるのかもしれないが。
だが、シルクのシースルーの寝間着を彼女が着てくれとは到底思えなくなってきた。彼女とて、何かとピュアな所はあるし、下心でそんなものを買った自分が最低な人間だと思うようになってきた。
本気で怒らせてしまうだろうか。親しくなってきたつもりではあるが、いつラインを越えてしまうか正直びくびくしている。
「まあいいか」
そんな思考は数時間後の僕に任せることにした。
それから数十分後、髪の濡れたドーラが戻って来るのが見えた。
そしてその後ろには相変わらず少し際どい格好をした冒険者ギルド受付のアンナが。
どうしてアンナがここにいるんだろう。そう僕は思った。
「本当にたまたま、アンナに会ったのよ!」
ドーラが嬉しそうに言った。
「ご無沙汰していますー」
アンナがお辞儀する。
「ねえ、この後暇? 一緒にご飯食べない? あんたも良いでしょ?」
ドーラはアンナに迫る。そんなふうに言ったら断りづらいだろうよ。
「え、ええ。良いですよ。この後特に用事もありませんし」
アンナはドーラの気迫に負けてそう言った。
場面は食堂に移る。
「かんぱーい!」
意気揚々とドーラが掛け声をかけた。
「かんぱーい」
僕とアンナもそれに続く。
「それにしても、どうしてアンナが居たんだ?」
僕は彼女に尋ねた。
「良く来るんですよー、お風呂が好きなので」
アンナはにこにこしながらそう答える。
普段着もそれなんだな。こいつこそ自分の服を買うべきではなかろうか。
「それにしても、ドーラさん、可愛らしい服ですね。ハンスさんに買ってもらったんですか?」
アンナはドーラを小突きながら聞いた。
「そ、そうかしら。まあ、買ってもらったわ。別に私は欲しいとか言ったわけじゃないけどね」
ドーラはかなり照れながら言った。
「にしても、ドーラさんがそういう服を着るのは本当に珍しいですね。初めてみたかもしれません」
アンナは少し驚いているような口調で言った。
「今までは、頑なに戦闘のための機動性しか見ていない正直言って粗末な服ばっかりでしたもんね。私としてはドーラさんがおしゃれになって嬉しいです!」
まあ、ドーラがずっと粗末な服を着ていたことは想像しやすい。
「まあ、そうね。でも案外悪くない気はするわ」
ドーラは強がったように言った。
「やっぱり何か心変わりがあったんですか? あんなに野生の狼みたいで、悪魔だなんて言われてたのに」
少し酔っているように見えたアンナはドーラに絡む。
「うるさいわね! 自分が戦わなくても良くなったってだけよ。別に前々から可愛い服に憧れていたとかそういうのじゃないから」
可愛い服に憧れていたんだね、ドーラ。態度が分かりやす過ぎる。
「大切にされてるんですねぇ」
そう言って、アンナはにやにやしながらこっちを向いてきた。
「まあ、そりゃ大切ではあるさ」
僕は誤魔化すように言った。
「よかったねえー、ドーラさん」
そう言いながらアンナはドーラを撫で回す。完全に悪酔いである。
にしても、皆酔うのがかなり早いのだな。僕の周りには酒に弱い人が多いのだろうか。
「ドーラは自分の気持ちに素直じゃないけれど、きっとハンスさんのこと大事に思っていますよ。相思相愛ですねー! きゃー」
そう言いながらアンナは笑いながら照れ照れしている。お前自身の事では無いだろうに。
ドーラは無言で赤くなっている。
「べ、べ別に大事とかじゃないわ⋯⋯多分」
ドーラはアンナのことを少しうざがっている。自分で連れてきておいて自業自得である。
「もうちょい素直になりなさいよ、もう。ハンスさんに好きだよってぐらい言ってあげたら?」
アンナはドーラをからかうように言った。
「あんたのこと嫌いじゃないわ」
ドーラがボソッと呟く。
「ドーラ、ハンスさんの事が好きだってさ! アハハハハ」
すかさずアンナはそう言って笑う。
僕は苦笑いしながらそれを眺めていた。
「ほら、隣行ってあげなよ」
アンナがドーラを押し出して、向かい合って座っていた僕の方に座らせる。
ドーラの場の空気に飲まれたのか、普段より近くに座って、僕にくっついてくる。
「お似合いじゃーん」
そう言って笑いの止まらないアンナ。こいつさては笑い上戸だな。
ドーラは不貞腐れたようにアンナを睨みながら、ジョッキを呷る。
「そんなに飲んで大丈夫かよ」
僕は彼女に聞いた。
「飲まなきゃやってられないわよこんなの!」
ドーラは怒ったような口調でそう叫んだ。
その後、しばらくアンナとドーラは言い争っていたがいつの間にかアンナは突っ伏して寝てしまった。
「場をかき乱すだけかき乱して、自分が疲れたらこれかよ。自分勝手なやつだな」
僕は少し文句を言った。しかし、彼女のおかげでドーラが近くに座ってくれたのも確かではある。
ドーラも同じく、僕に寄りかかって眠そうにしていた。
「大丈夫か? もう眠い?」
僕はドーラにそう尋ねた。
「うん⋯⋯大丈夫」
僕はそれを聞いて会計のために立ち上がろうとした。
「行かないでぇ⋯⋯」
ドーラが眠そうに腕に絡まってくる。
「ちょっと会計してくるだけだから、いい子にして待っていてくれ」
僕は彼女の腕を振りほどいて三人分の会計をして戻る。
寝かかっているドーラを起こし、アンナの方へ向かう。
アンナに触れて起こそうとすると、さっきまで眠そうにしていたはずのドーラが飛び起きて立ち上がる。
「私が起こすわ」
そう言って雑にアンナを揺り起こす。
「ほら、帰るわよ」
アンナは呂律も足取りもおぼつかなかった。
「先に外出ておいていいわ」
ドーラは僕にそう言ったので、外で待つことにした。
少しすると半ば引きずるようにして、ドーラとアンナが出てきた。
アンナは少し意識が戻ってきたようである。
「私なんかにかまってないで、ハンスさんのところに行ってあげなよ⋯⋯」
アンナがドーラにそう言っているのが聞こえる。
「あんたにそこら辺で倒れられる方が困るのよ!」
ドーラはなんだかんだ、かなり世話焼きなのかもしれないと僕は思った。
そうして僕らは歩き出す。
「案外酔ってないんだな」
僕はドーラに言った。
「これぐらい平気よ」
確かに彼女は、この前の猫とは大違いの状態だった。
浴場は宿から近かったため、すぐに宿に辿り着いた。
「アンナをギルドまで送ってくるよ、流石に一人で帰らせるわけにもいかないし」
僕はドーラには宿で休んでいてほしいと思いそう言った。
「私が送ってくるわ」
しかし、ドーラは頑なに自分が送ると言い張る。
「ドーラ今日は疲れているだろう。無理しなくていいぞ」
僕がそう言っても、彼女は曲げなかった。
「あんただって同じでしょ! 少しぐらいは役に立ちたいから休んでて!」
ドーラはそう言ってアンナを持ち上げて行ってしまおうとする。
「他の女と二人きりになんてならないでよ」
彼女はそう言い残してギルドへと向かった。
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