金策と邂逅
第二話
はっ! 何かを感じて目が覚める。
「知ってる天井だ」
いや当たり前だ、疲れているのだろうか。今は何時だろう。
体を起こしつつ窓の外を見る。
「今日は晴れているみたいだな。良かった」
雨の日に魔物の討伐なんかやってられないし、晴れてくれて本当に良かった。
軋みまくるベッドの上で準備を始める。
「えーっと、服良し、ブーツ良し、鞄良し、ナイフ良し」
忘れ物がないように毎日こうやって確認をしているのだ。
ナイフを取り出して手に持つ。
そして、ゆっくりと鞘から出す。刃に自分の顔が反射して見えた。
「もう大分錆びてきたな」
このナイフは小さい頃に父からもらったもの、だった気がする。あまり良く覚えていないが大切なものだ。
柄は木製だが、腐食しないように加工されているらしい。かなり綺麗なままだ。
手の上でくるくると回してみる。
「行くか」
僕はナイフを古くなった革の鞘に入れて、宿を出た。
「本当にいい天気だ。まだ四月なのにかなり暑いな」
思っていたより暑かった。こんなことならカーディガンは置いてくればよかったとひどく後悔する。
今日は、いつも通りに金策に勤しむとするか。
そう考えながら、ティルロスの街を北上する。
数分歩くと街の北の果てにある石の城壁が見えてきた。
「おつかれさん」
守衛に挨拶をして、城門を通る。
「今日も頑張れよ」
名前は知らないが、ほとんど毎日同じ兵士が立っている気がする。大変な仕事だ。
壁の外側の門をくぐり抜けると、そこは凶暴な魔物の住まう山である。
通称北の枯山。ティルロスの街の守りが固いことの理由の一つでもある。
この山の頂上には信じられないほど強い魔物がいるという伝承があり、実際にとてつもない魔力を山全体から感じる。
並大抵の人間が立ち入ったら、それはもう生きて帰ることはないだろう。
だが、そんな魔力の強い山だからこそ、強い魔物がたくさんいる。そして、その魔物等が落とすドロップ品がとても高価なのだ。
正気の人間だったら立ち入ることもないし、競合もいない。僕にとっては悠々と狩りのできる最高の場所だ。
まあ、そう言われているというだけで、実際のところ魔物はそこまで強くないし、魔力の影響も受けないから、本当に楽なんだけどね。
そのことに皆が気づいてしまったら魔物の素材の値段が下がってしまうから絶対に言いたくないけれど。
いつもの道を山頂に向かって登って行く。確かに、この山に人が近づこうとしないというのもかなり分かる。木はすべて枯れており、音が一切しない。そして、暗い霧が立ち込めているのである。
「もはや慣れてしまったが、景色は不気味だな」
その時、急に後ろから高速で近づいてくる足音が聞こえてきた。
「来なすった」
すかさず後ろを振り向いて、パンチを繰り出す。
ブォンという音とともに空気が揺れ、圧縮された風が、狼型の真っ黒な魔物を襲う。
パァン
「あちゃー、飛びすぎちゃったな。どこ行ったんだろう」
物理攻撃、パンチ。
元々は直接魔物を殴っていたのだが、ひたすら魔物を倒してレベルと経験が向上することによって、何時しか波動砲みたいなことができるようになってしまった。
魔物を直接殴って手を汚したくなかっただけなんだけどね。便利だからいつもこれを使う。
「あったあった」
吹き飛ばしてしまった魔物を回収しに行く。
「ちゃんと回収しないと金にならないからなあ」
そう言いながら魔物の死骸を鞄に入れる。この鞄はマジックアイテムで、いっぱい物を入れることができるのだ。
かなり高かったが、金策効率が段違いになるため買って満足している。
「次の獲物を探すかー」
遠くで何か物音がしたような気がしたので、そちらに向かうことにした。
この辺りは何も遮るものか無いから、音がよく通るんだよなあ。魔物が見つけやすくて助かる助かる。
だが、聞こえてきたのは魔物が出す音ではなかった。
「剣の音? もしかして誰かが戦っているのか?」
遂に幻聴が聞こえてきてしまったかとさえも思ったが、どうやら本当に誰かがいるらしい。
ここもいよいよ狩り場として広まってきてしまったのかな。
などと思いつつ、どのような人物がいるのか、近づいて観察してみることにした。
カキィン キィン キィーン
剣の音が徐々に近づいてくる。
「そんなに苦戦するものなのか? 大丈夫かよ」
まだまだこの辺りは山の麓近くである。ここで苦戦しているようでは、狩りにはならない気もしなくもないが。
「これ以上近づいてはバレてしまうな」
枯れ木の陰で足を止めようとしたその時。
「誰か助けて。誰かあぁぁぁ!!!」
泣き叫ぶ少女の声。その時の僕は風よりも速かった。
枯れ木を足場に宙を舞って、魔物を視認する。
「でかいな。どうしてクマ型の魔物がこんなところに」
そして全てを込めて拳を叩き込む。
「はぁぁぁぁぁあ!!!」
魔物は一瞬硬直した後に、轟音を立てながら倒れた。
「おい、大丈夫か?」
そう声をかけながら少女のもとに近寄る。彼女は、金属の防具を着込んでいて、状態があまりわからなかった。しかし、かなりぼろぼろであることは確かだった。
「おい! しっかりしろ!」
少女は気絶しているように見えた。急いでヘルメットとアーマーを脱がす。
「深い傷は無さそうだな。よかった」
破れた服から肌が見えないように、着ていたカーディガンをかけてあげた。
「今水を汲んでくるから少し待っていてくれ」
そう語りかけて、近くの小川に急いで水を汲みに行った。
「カーディガンはあの為だったのかな」
置いてきていたら彼女の為に使うこともできなかったし、なんという偶然なのだろうか。
カーディガン、持ってきてよかった。
そんな事を考えながら、足早に彼女の元へ戻る。
「起きたか?」
反応がないな。
というか、さっき気絶しているだけだと勝手に断定したけれど、もしかしたら死んでいるのでは。
そんな事を考えて急に怖くなった。
「失礼します」
彼女の首元に手で触れる。
「よかった。ちゃんと生きているみたいだ」
にしてもこの顔どこかで見たような気がしなくもないな。僕は気になって彼女の顔を覗き込んだ。
どこだったかな。
そのようなことを考えつつ呆然としていると、彼女の瞼が少し動いた。
少しずつ目が開いて互いに見つめ合い、一瞬時が止まる。
そして彼女は目を見開いてこう叫んだ。
「あんた誰よ触んな変態!」
直後、腹部に鈍痛が走る。
あれ? なんで僕は宙を舞っているんだ?
そう考えたところで思い出した。彼女は昨日冒険者ギルドで見かけた、ドーラ・ブラウンだ!
ギリギリのところで受け身を取って着地する。
「すまないすまない。ただ、君が生きているか確認したかっただけなんだ」
そう優しく語りかけたつもりだったが、彼女はかなり怒っているようだ。
「男共は皆そう言って騙そうとする!」
彼女は叫びながらとこからともなく取り出した斧を投げてきた。怒髪天を衝くといったところであろうか、
「おいおい、危ないじゃないか」
飛んでくる斧を躱しながら叫ぶ。
しかし、彼女には聞こえていないようだ。
「ちょっと待ってくれ、僕は一応あなたの命の恩人なんたぞ」
彼女が飛びかかってくるのが見えた。
きっと混乱してて、今はまともに話せないのかもしれないな。すまない、少し眠っていてくれ。
心のなかでそう祈りながら、彼女のパンチを躱し、首筋に手刀を下ろす。
途端に彼女は崩れ落ちる。
「おっと、危ない。怪我させるところだったよ」
僕は彼女を受け止めて立ち上がった。
「カーディガンこんなに汚れちゃった。やっぱり、持ってこなかったほうが良かったかもな」
僕は少しだけ後悔した。
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