孫にも衣装
第十九話
無言でドーラはまた試着室から出てきた。
「おお」
思わず息が漏れる。
今度は、きちっとした真っ白のブラウスに、スラリとしている黒のスカート。少しフォーマルで固い印象を受ける服装だった。
服の影響かもしれないが、彼女の顔が凛々しく映って見えた。
「ちょっと後ろ向いてくれるか?」
僕はドーラにお願いした。
彼女が後ろを向くとそこには大きな黒いリボンが二つ見えた
一つは腰のところにあるスカートのリボン。もう一つは、さっきまではハーフツインだった髪型をポニーテールに結ぶのに使われていた。
二つのリボンによって、フォーマルでありながら、可愛らしく見えてきてとても感動した。
しばらく見つめているとまたドーラは試着室の方に逃げてしまった。
「いくらだ?」
「銀貨六枚になります」
「買おう」
食い気味で僕は言った。
次はどんなドーラを見ることができるのだろうかと、楽しみにして僕は待つ。
少し待っていると、試着室の扉が開く。
そこには、伯爵家か侯爵家のご令嬢ではないかと思わせられるほど、美しい少女がいた。
「こちら、本来は貴族の方向けの商品なのですが、どうしても可愛くて着せてしまいました」
店員はにこにこしながらそう言った。
そのドレスは薄い桃色で、フリルやリボンの多くついているものだった。普段のドーラからは正直想像することのできない佇まいである。
彼女も落ち着かないのかもじもじしていた。
「買おう」
僕は言った。
「あ、あんた値段も聞かないなんてバカじゃないの?」
ドーラが噛み付く。
「そのような品のない言葉は使うべきではございませんよ、お嬢様」
僕は半分茶化すようにそう言った。
するとみるみるドーラの顔が赤くなる。
彼女は僕の頭を軽く叩いて、引っ込んでしまった。
「一応確認しておきたいんだが、あれはいくらかい?」
僕は試着室に去っていったドーラを見送ってから店員に尋ねた。
「銀貨五十二枚になります。てすが、今回は特別に銀貨五十枚ということで」
店員は手をにぎにぎさせながら言った。
銀貨五十枚もあったらいろんなことができるよな。僕の思考は理性と欲望の間で揺れていた。
「一日で銀貨二百枚も稼げたんだから買っちゃえ」
悪魔の格好をした脳内ドーラが囁く。
「今日これから他のものを買わないといけないでしょう? また今度にしましょう?」
天使の格好をした脳内ドーラが同じ様に囁く。
数秒の思考。
選ばれたのは悪魔のドーラでした。
「買おう」
僕は渋い顔をして言った。
「誠にありがとうございます」
店員はにこにこして再び試着室に消えていった。
しばらくして何やらドーラと店員が話す声が聞こえる。何を話しているのだろうと気になっていたところ、店員が試着室から顔を出した。
「どうしても着て頂けなかったので、服だけお見せします」
そう言って店員は薄い紫色のつるつるとした服を取り出す。
「絹織物の寝間着です。シースルーの特に薄いものになります」
うーん、どうしようか。絹織物は相当に高価なはずだから、流石にやめたほうが良いだろうか。そもそも買ったとて、着てくれるとは限らないわけだし。
「いくらだ?」
一応値段は聞いておくことにした。
「銀貨二十枚になります」
とても迷う。すべて買っても銀貨七十八枚と銅貨少し。ギリギリ買えてしまう値段だ。
またしても脳内で天使と悪魔が戦う素振りを見せたが、さっきの一件で既に理性は崩壊しており、悪魔の不戦勝。
「⋯⋯買いましょう」
僕は絞り出す様に言った。
「お買い上げありがとうございます。無料で下着もつけておきますね」
店員はにこにこしながら言った。
「最初に見せてもらった服を着せていくことはできるかい?」
僕は店員に尋ねた。
「もちろんです」
そう言って彼女は試着室に飛び込んでゆく。
数分後、始めの白と水色の町娘がよく着ているようなワンピースに身を包んだドーラが、恥ずかしげな表情で出てきた。
頭には少し赤いラインの入った頭巾のようなものを着けている。
姿は町娘のようだったが、彼女が街に紛れていたとしてもすぐに見つけることができるような、際立った美しさがあった。
「に、似合っているかしら」
ドーラは口を手で覆いながら聞いた。
「似合っているとも! 本当に⋯⋯綺麗だ」
僕は何だか素直にそう伝えるのが、少し恥ずかしく感じた。
「あ、ありがとう」
ドーラも何かぎこちない動きである。
「荷物まとめてくる」
少しの沈黙の後、彼女は小声でそう言って、再び試着室に入っていった。
「何だか初々しいですね」
店員がしみじみと噛み締めるようにそう言っているのが聞こえる。
僕はドーラが戻って来る前に会計を済ませた。
「ありがとうな、丁寧に選んでくれて」
僕は店員に礼を言った。
「こちらとしてもたくさん買って頂けたのでありがたい限りです。お得意様になってくれても良いんですよ? 是非こちらから売り込みに行きますので」
店員はうきうきした口調でそう言った。
「少ししたら、帝都に向けて発つ予定なんだ。悪いがそれには応えられそうにないな」
僕が店員にそう言うと、彼女は残念そうな表情になった。
「ではまたティルロスにいらしたときに寄ってくださいね」
「考えておくよ」
その後、僕はドーラと共に店を出た。
「街の人、その格好だったらドーラだって気づかないんじゃないのか? 何だか変装しているみたいだな」
僕はドーラに笑いかけながら言った。
彼女は心無しか、いつもより静かでしおらしい様子である。
「何だか少し歩きにくくて変な気分だわ」
ドーラは澄ましたように言う。
「でも、こういうのも悪くないわね」
彼女は微笑んで言った。
「やっぱり何だか恥ずかしいわ」
ドーラはそう言いながら僕の方に寄ってくる。
「似合っているけどな」
僕は彼女を褒めた。
「正直、少しあこがれもあった気はしなくもないけど、こんなにスースーするだなんで思ってなかったわ」
ドーラは言った。
確かに、彼女は動きやすさ重視というか、金銭面の問題だったのか、いつも同じようなぼろぼろのズボンを履いていて、スカートはほとんど履いたことがなかったのだうか。
ズボンを履く女性はあまり見たことがないから、恐らくそっちのほうが主流なんじゃないのか、ドーラ。
「きゃっ」
少し強い風が吹いて、ドーラはスカートを抑える。
「少し風が吹いただけでめくれて下着が見えてしまいそうだわ! 信じられない」
ドーラはひたすら一人で文句を言う。
「下着が見えたら恥ずかしいと思う気持ちは残っているんだな。なんか意外だ」
僕はからかうように言った。
「そんぐらいあるわよ!」
彼女はスカートの布を両手で握って言った。
「なんかちょっと新鮮な感じだな。でも、ドーラは元が可愛いから、やっぱり何でも似合うんだよ」
なんと言えば良いか分からなくて、変な言い方になってしまった。
「似合っているかもしれないけれど、この服じゃ戦えないわ。下着を隠しながら戦うだなんて、到底できないわ。気にせずに戦っていたら流石にあんたも嫌でしょ、そんな品のない女」
さっきドレスを着た時に、お嬢様と言ってからかったことを言っているのだろうか。
「まあ、そうかもな」
僕はドーラの方を見ずにそう言った。
ドーラが僕の服の裾を掴んで何か言っているのが聞こえる。
「何か言ったか?」
僕は彼女に聞いた。
「だ、だから、あんたがわ、私のことを守りなさいよって言ってるの!」
急に大声で彼女はそう言う。
「責任取りなさいよ、もう」
そっぽを向いてドーラは続けて小声で言った。
初めて会ったときは彼女がそんな事を言うようには思えなかったが、どこで心変わりしたのだろうか。
「きっと護るさ」
僕は照れくさかったが、そう彼女に告げた。
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