銀貨の行先
第十八話
ルナードは木製のトレーに銀貨を積んで持ってくる。
「とりあえず、これは今渡せる分なのじゃ。銀貨八十枚」
彼女はもう一度枚数を数えながら言う。
「こんなにもらって良いのか? 今までの一か月分近くの稼ぎなんだが」
並べられた銀貨を見ながら僕は言った。
「あれだけ大量に並べられたら本来の価値を余も忘れてしまいそうなのじゃが、どれも高級素材なのじゃぞ」
ルナードは僕を見上げながら言う。
「主は金銭感覚が終わってるようじゃから、余が説明してやろう」
彼女は一息ついて話し出す。
「まずはミノタウロス。あれは角と革が素材になる。特に革は本当に様々な武器や防具に使われているのじゃ。ミノタウロス製のものは中でも最高級品の一つで、銀貨十枚は下るまい。」
ドーラがそれに反応する。
「確かにミノタウロス製の装備に憧れている冒険者はよく見るわ」
ルナードは頷いている。
「肉も高級食材として使われるのじゃ」
彼女は続けて説明してくれた。
「食えるのか? あれ」
僕は信じられないといった風に聞いた。
「お主そんなことも知らぬのか! 今までよくやってこれたのう」
ルナードは驚いた顔をしている。
「ケルベロスとグリフォンも同様じゃ。こやつらは特に、薬品の調合などに素材が使用されるぞ。グリフォンの羽根は収集家がいるから、きれいな個体だったら高値がつくかもしれないのじゃ。余は様々な地で買取屋をしていたが、銀貨百枚の値がついたものもあったのだぞ」
ルナードは自身の功績を思い出しながら、自慢げに語った。
「因みに、今回一番高かったのは何だったんだ?」
僕は彼女に聞いた。
「それはもちろんワイバーンじゃ。ワイバーンはとにかく鱗が高く売れるのじゃが、主が倒したワイバーンは綺麗な状態じゃった。普通なら戦った時に傷がついたり剥がれたり割れたりするのじゃが、そういったものが一切なかった。一撃で仕留めない限り厳しいのじゃ」
ルナードは説明しながら何やら紙にメモをしている。
「そして、これが金貨十枚との引き換え切手じゃ。銀行で引き換えしてくれると思うのじゃ」
そう言って紙を僕に手渡す。
「ねえ、金貨ってどのぐらいの価値があるの?十枚って言われても見たことがないしよく分からないわ」
ドーラが僕に聞いた。
「今の比価はどんなもんだ? ルナード」
現在の金銀比価が分からなかった僕は彼女に尋ねた。
「ここは都から遠いから、最新の値ではないのじゃが、大体一対十二の割合じゃな」
ルナードは僕にそう伝えてくれたが、ドーラはイマイチわかっていない様子だった。
「つまり、金貨一枚で銀貨十二枚の価値があるってことだよ」
その言葉を聞いてドーラは驚いた顔になる。
「銀貨百二十枚ってこと!? 数カ月遊んで暮らせるじゃない! あんた一日でこれだけ稼げるなら、もう一生お金に困らないわよ」
ドーラは喜んでそう言った。
「お主、これらを一日ですべて狩ったのかや? 余は今まで溜めていたものを持ってきたのかと思っていたぞ」
ルナードは驚くとともに呆れているような顔になる。
「そういえば手数料ってどうなった? ここから引かれるのかい?」
僕は思い出したことを彼女に問うた。
「手数料はもう既に受け取っておる。端数の銀貨十五枚と銅貨八枚が手数料じゃ。主らには残りの銀貨二百枚分を渡す。それで良いか?」
ルナードは契約用紙にサインを求める。
僕はペンを受け取って署名した。
「ありがとう、ルナード。きっとまた来るよ。」
「じゃあね」
僕とドーラはそれぞれルナードに別れを告げて店を出た。
「元手となる資金ができたし、色々準備するか」
僕はドーラに言った。
「準備ってなにするのよ」
ドーラは疑問に思っているように見える。
「都に行くための準備さ。流石にその格好だったらまずいだろう?」
ドーラのぼろぼろの服装を見ながら僕は言う。
「あとは、個人的にドーラはもっと可愛い服を着たほうが似合うんじゃないかなって」
僕は少し早口でそう言って、ドーラの方をちらりと見た。
「あ、あんたがそこまで言うなら着てあげないこともないわよ」
少し照れたような顔をして、ドーラは言った。そして、少し小走りになって彼女は僕の前に出る。
「今朝も実は服屋を見て回っていたんだよ」
僕は前を歩くドーラを目で追いながら言った。
「そうだったのね」
何気ない気持ちで僕は言ってしまったが、ドーラがそのせいで落ち込んでいたことを思い出し、しまったと思った。
「悪かったわね」
案の定しんみりとした空気になる。
僕はドーラの横に並び、彼女の手を取って言った。
「僕も楽しみにしているんだ、君と服を選ぶことを。だから、ドーラも楽しんでくれたら嬉しいな」
僕は自分の思いをドーラに伝えた。
「⋯⋯うん」
彼女は俯いて、僕の手を握り返した。
「ドーラはどんな服が好きなんだ?」
僕は彼女の好みを知りたくて尋ねた。
「動きやすかったら何でも良いわ。気にしたことも無いもの」
ドーラは少しツンツンとした態度でそう答えた。
しかし、何でもいいと言われるのが一番困るのだ。華美な服はどれも動きにくいだろう。そして、帝都で着ても違和感が無い服をこの辺境の街で探すのはなかなか難しいのかもしれない。
「まあ、気に入ったものがあったら言ってくれ。」
そう言って僕らは当てもなく⋯⋯いや、服屋に行くという当てはあるのだが、ぶらぶらと街を歩いた。
この数日はいつも彼女と共にいるだけあって、特別な感情は抱いていなかった。しかし、この状況を客観的に鑑みると、何だかドーラとデートしているように見えなくもない気がしてきた。当の本人は意気消沈しているが。
今日の朝、一応目星をつけていた服飾店が見えてくる。
「あそこに入ろう」
不貞腐れたドーラにそう呼びかけて、手を引いて服屋に入る。
「いらっしゃいませ」
店員の女性が出迎えてくれた。
「すまない、彼女に似合う服をあてがってくれないか? 僕には女性用の服はいまいちわからないんだ。」
僕はそう言って、ドーラを店員の前に出す。
「綺麗⋯⋯」
女性の店員はそう呟いてドーラを見つめている。
「綺麗な彼女さんですね! 私が責任を持って選びます」
店員は僕にそう言って、彼女の腕を引いて奥へ消えてゆく。
その時、一瞬だったが、ドーラが笑っているように見えた。
僕はやることがなくなってしまったので、誰も居ない店内をぶらぶらと見て回る。
「ウエディングドレスもあるんだな」
ケースに入っているドレスを見ながら独り言を言う。
やはり商業都市なだけあって、品物は豊富にあるのだろうか。本当に様々な服が陳列されていて、僕は眺めるだけで楽しむことができた。
今までは服など気にしたことなかったが、別の服を買ってみるのもいいかもしれない。後で男性用の服飾店にも寄ろうか。
「ちょっと来てください!」
そんなことを考えていると奥から店員が僕を呼ぶ声が聞こえる。
店とは別に仕切られている試着室の方に僕は向かった。
「可愛い⋯⋯」
思わず口走る。
ドーラはそれを聞いて一瞬驚いたような顔をして、もじもじと恥ずかしそうにしていた。
彼女は白と水色の町娘がよく着ているワンピースを身にまとっていた。
少し見ただけではそこら辺の町娘と見間違えてしまうほど、その服は似合っていた。
しばらく見つめていると、彼女は顔を手で覆って試着室の奥の方に逃げてしまった。
「これ、いくらだ?」
僕は側に立っていた店員に聞いた。
「銀貨二枚と銅貨二十枚になります」
店員は即座に答えた。
「買おう。彼女がいらないと言っても買うからよろしく頼む」
僕は店員とそう約束した。とても素晴らしいものを見ることができた。
「まだあと数着用意していますので、しばしお待ち下さい」
店員は試着室の中にそう言って入って言った。
僕は誰も見ていないことを確認してガッツポーズをした。
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