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空と酔っ払い

第十六話

 ドーラと夜のティルロスの街を歩く。


 昼間とは違う場所に活気があり、新鮮な光景を前にしてドーラは少し楽しそうだった。


「夜風が気持ちがいいわね」


 僕らは街を見下ろすことのできる高台に辿り着いた。


「そうだな」


 僕はそう言って高台の端に腰掛ける。


「崖になっているから気をつけろよ」


 ドーラにそう言って僕は足を組んだ。


 彼女も僕の隣に座る。


「こんなところがあるだなんて、私知らなかったわ。この街に長く住んでいるのに」


 街の明かりがドーラの瞳に反射しているのが見える。


「綺麗だな」


 僕はそれを見ながら言った。


「そうね、とっても」


 ドーラは目下の街を見下ろしながら同意した。


 彼女は途端に僕の方を向いて言った。


「ねえ、あんたの昔話してよ。私、思ったんだけど、あんたのこと全然知らないわ」


 僕は、唐突にどうしたんだと思った。


「急だな。なんか心変わりでもしたのか?」


 僕は半ば笑いながら彼女に言った。


「単純に何でそんなに強くなったのか気になったのよ」


 ドーラは遠くを見ながら言った。


「あんたも、強さを求めた理由があるはずだわ」


 「あんたも」ということは、ドーラには自分自身の中に何かしら理由があるのだろう。


「別にそんな大層な理由は無いさ。明日の食費を稼ぐっていうその目的だけだよ」


 僕は彼女の目を見ながらそう言った。


「でも最初は弱かったはずなのに、あの山の魔物に立ち向かっていったっていう精神力はどうかしているわ」


 ドーラは前を向いて言った。


「じゃあ、何でそんな風になったの? あんたもスラム街出身だったっけ。でもそうじゃないでしょう?」


 ドーラは僕に尋ねる。


「私知ってるわ。あんたの名前、貴族の家系によく使われている名前」


 きっとミドルネームの事を言っているんだろう。


「前も言ったかもしれないが、昔は貴族の家系だったって言うだけさ」


 僕はぼそぼそと言う。


「あんた何も知らないのね」


 彼女は言った。


「私があんたなら、自分の一家が没落したのを受け入れられないわ。そして、過去に縋って無いものを探し求める気がする⋯⋯多分。よくそんな借金だけ背負って割り切れるわね」


 確かにドーラの言うことも一理あると僕は思った。


「そんな事を考える余裕もなかっただけさ」


 僕は残念そうに言った。


「私はあんたはそこまで馬鹿じゃないと思っているけどね」


 それは今の僕は馬鹿だと言っているのかと思ったが、気にしないことにする。


「まあいいわ。あんたが気にしていないなら私が詮索しても仕方がないわよね」


 ドーラはそう言ってのそのそと立ち上がる。


 その後、静かなドーラと共に街を歩き、少し雰囲気の落ち着いた酒屋に入る。


 カウンター席に二人並んで座る。


「この店は初めて入ったよ。よく来るのか?」


 少しムスッとしているドーラに聞いた。


「昔、たまに来ていたわ。その時パーティーを組んでいた仲間に連れられて」


 ドーラにもそういう時代があったのだな。そう考えながら、僕は並んでいる瓶を眺める。ドーラは髪留めのリボンを解いて、髪を下ろした。


 少し色の薄い葡萄酒が並べられる。


「私酒に弱いのよ。でも、嫌いじゃないわ」


 そう言ってドーラはグラスを傾けて口につける。


 青白く薄い月光に照らされた彼女の目は、葡萄酒と似た色をしていた。僕は絵画のような美しさを感じた。


 少し口を開けたままグラスから口を離す彼女。


「少し水で割ってあるのよ」


 ドーラは僕に飲むよう勧めながら言う。


 何だかいつものドーラの雰囲気と違って面食らってしまっているのだろうか。彼女は今だけ大人びて見えた。


「何だか吸血鬼みたいだな」


 僕は彼女の顔を見ながらそう言った。


「そうかしら」


 ドーラは少し顔を赤くして言った。酔ってしまっているのだろうか。


「あんたは貴族に戻りたいとか、思わないの?」


 ドーラは息を吐き出して言った。


「そこまで切望したことはないな」


 僕は答える。


「あんたなら本気で思えば、何でもできるわ。いっそのこと本気で貴族階級を目指してくれたら良いのに。そしたら私も一生遊んで暮らせるわ」


 ドーラは冗談っぽくそう言った。


「僕が貴族になってもドーラが食っていける保証は無いだろ」


 僕は言う。


「つれないわね」


 彼女はそう言って、グラスを呷った。


「飲み過ぎじゃないのか? 弱いんだろ?」


 少し心配になって僕は尋ねる。


「今日はいいのよ今日は」


 そう言いつつ、ドーラはカウンターに顔を付ける。


「あんたみたいな人が貴族になるべきだと私は思うわ。色々足りないところはあるけれど、人の上に立てる人間よ、きっと」


 何を言い出すかと思ったらそんなことかよ。そう僕は思った。


「信じていない顔ね。私は貴族を今まで複数見てきたから分かるわ」


 ドーラは続けてそう言った。


「根拠のない自信ほど恐ろしいものはないさ」


 僕は冷めた口調で言う。


「私は貴族に雇われていたこともあるのよ。信用に値するわ」


 彼女は二杯目のグラスを受け取りながら言う。


「そうかい」


 僕は言った。


 正直、貴族になってから人が変わる人間多くないだろう。人間、目先の利益に目がくらみやすいものだ。


「少なくとも私は、雇われるならあんたが良いわ。一番」


 ドーラは不敵な笑みを浮かべながら言う。一体何を考えているのだろうか。


「私はあんたのことそれなりに好きよ」


 顔を赤くしたドーラがうつむきながら言う。


「冗談じゃないわ」


 重ねて彼女はそう言った。


 僕は何だか恥ずかしさを感じ、誤魔化すようにグラスを口元へ近づける。


 ドーラは少しずつ僕の方へ体を寄せて、遂には僕の腕に抱きついた。


 彼女が息を吐くたびにわずかにアルコールと葡萄の香りが感じられた。その甘い香りのせいで僕は頭がくらくらしそうだった。


 ドーラの顔をちらりと見ると、何か満足そうに笑みを浮かべていた。


「ドーラ、大丈夫か?」


 いつもと様子が違うドーラに僕は尋ねた。


「大丈夫⋯⋯にゃ」


 彼女は半分呂律が回っていなかった。


「ご主人様に甘えたい気分がするにゃ」


 ドーラは何故か「にゃにゃ」などと言いながら手で猫のポーズを取るなど、完全に酔いが回ってしまったようだった。


「ご主人って誰のことだよ⋯⋯」


 僕がこの後どうやってドーラを宿まで運んで帰ろうか考えていると、彼女は一人、喋りだす。


「ハンスは私に勝ったから、私のご主人様だにゃ。動物は強いオスに従うにゃ」


 そう言ってドーラは僕に抱きついてくる。


 それは、半分タックルの様で僕は倒れそうになったが何とか持ちこたえる。


 服越しにでもドーラの体温がいつもより高いのが伝わってくる。


「撫でろにゃ」


 彼女はそう言って頭を近づけてくる。

 困惑して僕は逃れようとしていると、無言で手をかじられる。


「痛い痛い分かったから! かじられてたら撫でられないからちょっと離して」


 ベトベトになった手と反対の手で僕に顔を埋める彼女を撫でる。


「えへ⋯⋯えへえへ」


 ドーラは頭をぐりぐり押し付けてくる。


 こんなのキャラ崩壊じゃ済まされないよ。


 そして、彼女は膝に乗ってもう一度抱きついてくる。少し痛い。


「さっきまでの吸血鬼みたいなクールさはどこにいったのやら」


 いつもの近寄りがたいドーラとどっちがマシか、頭の中で考えながら僕は呟いた。


「吸血鬼? だべちゃうぞー! がおー」


 ドーラは相変わらずべろんべろんに酔っているようだった。


 そして彼女は急に大人しくなる。


「あれ、ドーラ?」


 呼びかけても返事がない。


「寝ちゃったか」


  僕は一旦彼女を座席に座らせ、支払いを終わらせる。


「帰るぞー」


 聞こえてはいないだろうが、一応そう呼びかけてドーラを持ち上げた。


 僕は両手が塞がった状態で、月明かりの下に出た。

読んでいただきありがとうございました。


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