過去を見る者
第十五話
僕らはアンナからギルド管理下の買取屋の場所を教えてもらい、彼女に別れを告げて仮設ギルドを後にした。
「何だか、無くしたり、取られそうで怖いな」
僕は勲章を手にしながら言う。
「それなりに大きいし、無くすことは流石にないんじゃない? あと、あんたがそれを力ずくで奪われるっていうのはちょっと想像できないわ」
ドーラはそう言った。
勲章を太陽に掲げる。銀色の鷹が眩しく光り輝いている。
「あんたそれを売るつもりじゃないでしょうね?」
ドーラが若干引きながら言った。
「名前が書いてあるんだ。流石に売らないよ」
僕は勲章をしまいながら言った。
「名前が書いていなかったら売っていたっていうこと?」
ドーラが突っ込んで聞いてくる。
「明日の食事が危うくなったら考えたかもな」
僕は冗談っぽくそう答えた。
「悪用されたらあんたが処罰されるかもしれないんだから、気をつけなさいよね」
ドーラは忠告するように僕に言った。
「心配してくれているのか?」
僕は彼女に聞く。
「あんたに巻き込まれて私まで処刑されたら馬鹿みたいでしょ」
ドーラはそっぽを向いてそう言った。
「確かにそれは良くないな。気をつけるよ。ありがとう」
僕はドーラに感謝を伝えると、彼女は満更でもないと言った顔をしていた。
「買取屋ってあそこかな?」
アンナに教えてもらった外見の建物を見つけた。
「案外近かったわね」
ドーラは言った。
「次は襲われたりしないよね」
彼女は心配そうに呟く。
「これで襲われたら僕らはもはや全世界の敵だな」
僕は笑いながらそう言った。
内心少し緊張しているが、ドアノブに手をかける。
中に入るとカウンターの上で丸まっている狐耳の少女が居た。
「うおっと」
僕は少しのけぞる。
魔物の買取屋だから、またゴツいおっさんが仁王立ちで待っているのかと思いきや、どうやらそうではないようだ。
「店で雇われている子かしら」
ドーラも彼女を知らないようだ。
僕はカウンターの方へ少し近づいて少女に話しかける。
「寝ているとこごめんね、店の人を呼んでくれるかい?」
少女の耳がピクピクと動く。
しばらく眠そうにもぞもぞしていた毛玉の塊だったが、カウンターから降りてのっそりと立ち上がる。
「余がここの店主じゃが?」
フサフサの尻尾を両手で抱えて、狐耳の少女はそう言った。
「え? 前来たときに居た店主は辞めちゃったの?」
ドーラが驚いたようにその少女に話しかける。
「辞めたかどうかは知らないが、今は余が店主なのじゃ。」
変わった口調で話す子供だなと僕は思った。
彼女は、ドーラよりも身長が少し低くて、黄色に近い鮮やかな髪を持っていた。そしてふさふさな耳と大きな尻尾。所謂狐と言うやつだろうか。実物の狐は見たことがないためどのようなものか想像しにくいが、恐らく彼女は狐の獣人なのだろう。
「それで、何用かの?」
その少女は、赤と白の少し奇抜な服をひらひらとさせながらカウンターの奥の方へと戻っていく。
「僕は、ハンス・フォン・シュトラウスだ。魔物を売りたくてきたのだが、今時間あるかい?」
僕は自己紹介をし、用件を述べた。
「余はルナードと言う。ところで、冒険者ギルド証はお持ちかな?」
ルナードは台の上に登り、やっとのことでカウンターに顔を出して僕に聞いた。
「ああ」
僕は勲章をルナードに見せる。
「ほう、帝國白銀殊功十字章か」
そう言ってルナードはにやりと笑う。
「この勲章を知っているのだな」
僕は彼女に言った。
「なかなか珍しいものではあるがな。余もこの勲章を実際に見るのは二度目じゃ」
ルナードはまじまじと勲章を眺めながら言った。
「幼い彼女ですら二度も見ているなら、そこまで希少性は無いんじゃないの?」
ドーラはそう言った。
「余は人間の数え方で、齢五百以上じゃ。ここ最近はもはや数えるのをやめてしまったがな」
ルナードは衝撃の事実を語る。
ドーラは絶句した。
「帝國よりも長生きしている余が二度しか見ていないのだから、珍しいものなのだよ。少年よ、誇りたまえ。最後に見たのは五十か六十年ほど前じゃ」
ルナードは、ない胸を張って言った。
「世界って広いのね」
ドーラは宇宙の真理を眺めているような目をしている。
「それで、買取の品はどれかね?」
ルナードは尋ねた。
「ちょっとここで出すと大変なことになりそうだから、広い所で出したいのだけれどいいかな?」
僕は大量の魔物を鞄に詰めたことを思い出しながらそう言った。
「あい、わかった」
ルナードはそう言って、台を飛び降りて僕らの前に出てきて言う。
「着いて来な、倉庫に案内するのじゃ」
僕らはルナードに続いて、正面の建物の裏側に回った。
「通りからは見えなかったけど、大きな倉庫があるんだな」
目の前にはそびえ立つ倉庫。しかも、一つではなく、複数並んでいた。
僕らは倉庫群を縫うようにして進んでいく。
ひときわ目立つ大きな倉庫の前でルナードは立ち止まった。
「君にはこの倉庫を使ってもらう。出せる分をこの倉庫内に出しておいてくれなのじゃ。余は解体の準備をするから、すまないが二人で頼むのだよ」
そう言ってルナードは小走りで店の方に走っていった。
「これは大仕事になりそうだな。鞄に詰めた時と同じぐらい」
僕は空っぽの倉庫を眺めながら言った。
僕らは巨大な魔物たちをひたすらに倉庫内に並べ続けた。
「これ結構な重労働ね」
ドーラが大きな牛らしき魔物を引きずりながら言う。
「でもまあ、後ちょっとだぞ」
鞄の残りを見ながら僕は言った。
作業すること合計一時間半程だろうか。最後の一匹を取り出して、僕らは倒れるように座り込んだ。
「魔物倒すのと同じぐらい疲れるわね」
汗だくのドーラがそう言う。
「解体するのもかなりの重労働だろうなこりゃ。頼んでよかったよ本当に」
僕は心のなかでルナードに感謝する。
「にしても最後まで彼女来なかったわね」
ドーラが少し文句を言う。
「これだけの量解体するのだから準備もそれはそれで大変なのだろう」
何も考えたくなかった僕は適当に言った。
日が暮れかかっているのを見て、僕らは一旦店の方に戻ることにした。
「ルナード、ようやく終わったぞ」
へとへとになった僕は、死にかけながら彼女に呼びかけた。
「遅かったのう。余はまだまだかかりそうじゃ。先に帰っておいていいぞ。明日また来てくれ」
ルナードは紙を折ったり広げたりしながら言った。
「それ何してるの?」
ドーラかその行動に興味示したらしく、ルナードに聞いた。
「分身のようなものを作っているのじゃよ。この紙に念力を吹き込むのじゃ」
ルナードはそう言って人形に折られた紙に何やら唱えながら念力を込める。
「これで出来上がりじゃ」
ルナードは紙をドーラに見せながら言った。
「何も変わっていないじゃない」
ただの紙に見える分身を見つめながらドーラは言った。
「今はまだ念力を込めただけじゃからな。又明日来たときに見せることにするのじゃ。こいつらに解体をやってもらうんでな」
ルナードはそう言いながら紙の束を箱の中にしまう。
「分かったわ。じゃあまた明日ね」
僕らはルナードと明日の約束をして店を出た。
外はすっかり暗くなっていて、空には少し欠けた月が浮かんでいた。
「行きましょう」
ドーラはそう言って、僕の手を引きつつ夜の街へと繰り出した。
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