小さく大きな称号
第十四話
昼前、ようやく起きたドーラに「何勝手に触ってるのよ!」とパンチを食らい、一日が始まる。
「ギルマスに呼ばれているからギルド跡地に行くぞ」
ドーラにそう伝えて立ち上がる。
「ちょっと待ちなさいよ!」
彼女は慌てた様子で追いかけてくる。
僕らは二人、ギルドだった場所に向かって歩いた。
崩落したギルド跡地が見えてきた。
「なんか仮設テントみたいなのが張られているわね」
部分的に片付けられた区画に、緑の大きな仮設テントのようなものが張られていた。正面には看板が掲げられている。
「冒険者ギルドティルロス仮設支部」
看板に書いてある文字をドーラが読み上げている。
僕はテントをめくり、中には入った。奥にはアンナと、ギルド長と思わしき女性が佇んでいる。
「これはこれは!」
そう言って、ギルド長は立ち上がって僕の方にやって来た。
「はじめまして、ギルドマスターを務めさせていただいております、エリカ・パウルと申します」
彼女は、茶髪をポニテにしており、赤い眼鏡をかけていた。年齢はギルドマスターというだけあって僕らよりは少し上に見えたが、若々しさも感じた。
「パウルさんはじめまして。僕はハンス・フォン・シュトラウスです」
自己紹介し握手を交わす。
「エリカでいいわ。どうぞよろしくお願いします」
彼女はそう言ってソファーの方へ戻っていく。
そして反対側のソファーを指さして彼女は言った。
「いろいろ話したいことはありますが、まずはおかけください」
僕とドーラはソファーに腰掛けた。
それにしても、さっきからドーラがかなり静かである。
「お茶淹れますね。しばしお待ち下さい」
アンナが仮設の台所へ走って行く。
「それでは単刀直入にお話します」
ギルドマスターのエリカは真面目な顔つきで話し始めた。
「測定機の仕組みなのですが、測定対象の力を吸い込んで測定を行うんです。しかし、今回ハンスさんの力を吸い込んだ測定機が、逆にハンスさんに飲み込まれてしまったようで⋯⋯」
驚愕の事実を淡々とエリカは話した。
「あー、それはよくあることなんですか?」
僕は彼女に尋ねた。
「文献上に過去の事例として記載はありますが、私が自分の目で見るのは初めてですね」
エリカは指組して続ける。
「簡単に言うと、ハンスさんが強すぎたんですよ。この世の物差しで測ることのできないほどに。ただ、測る方法がないわけではないので、時間がある時にギルド本部までお越しくださいますか? 旅費は支給致しますので」
スケールが大きすぎてよくわからなかったが、旅費支給なら悪くないと思った。
「わかりました。後、僕⋯⋯ギルドの施設を利用したいのですが、冒険者登録はまだできないのでしょうか。僕のせいで測定に失敗してしまったようなので」
僕はギルドを破壊していまったこともあり、少し申し訳なさそうに言った。
「それについてなのですが、冒険者証明書とはまた違うものを進呈致します。しかし、ギルド施設及びギルド本部や関連施設へ立ち入ることができるようになります」
そう言ってエリカは何か小さな箱を取り出す。
「帝國白銀殊功十字章になります」
僕は思考が止まる。比喩表現ではない。完全に思考が止まった。
「え?」
僕は周りを見渡す。ドーラはいまいち分かっていなさそうな顔をしている。
「え?」
僕は理解が追いつかなくてもう一度フリーズした。
「帝國政府は、あなたを脅威とみなし、敵対する前に懐柔したいという意向を示しているということです」
バチッっと脳のリソースが焼き切れる音がして、僕は意識を失った。
何時間経っただろうか、頭がクラクラする。
ぼんやりする視界を凝らしてよく見ると、ドーラの顔が見える。ん? でもこれ、下から見ている感じなのだが、どういう体勢になっているんだ? 首だけ地面に埋められた?
そう考えて僕は体を少し動かす。
普通に動いた。それと同時に頭に何か柔らかいものが感じられた。
僕は理解した。ドーラに膝枕されていると。
ドーラはまだ僕が起きたことに気がついていないようだ。僕は彼女に殴られる前に、どうやってここを脱出するか考え始めた。いや、しかし、膝枕されているということは、彼女が自分で望んでやっているということなのか?
頭の中で思考を巡らせる。
それなら、もう少しだけこの幸福感を享受しても誰も文句は言わないだろう。そう考えて、僕はもう一度眠りにつこうとする。
「ハンスさん起きたみたいです!」
ちょっと待てアンナ、少し話し合わないか。今起きたことがバレたら⋯
「良かった。このまま起きないんじゃないかと思ったわ」
そう言って、ドーラが僕を覗き込む。
あれ、拳が飛んで来なかった。考えすぎだったか。
「なんかあんたがお偉いさんになっちゃったみたいたし、無礼な事したら怒られるかなーって思ってさ」
ドーラは恥ずかしそうにボソボソ言った。
「膝枕はどっちかって言うと無礼寄りじゃないのか?」
僕は言った。
「ドーラさん、心配していたんですよ」
アンナがドーラをかばう。
「べ、別に心配とかそういうわけじゃないから。いい加減どきなさいよ!」
ドーラが怒ったように騒ぎ出す。
「でも、ありがとう。ドーラ」
僕は彼女に感謝を伝えた。
「お礼は要らないわ」
ドーラはつんつんした態度をとっている。
「マスターは報告書を上に提出するために帰っちゃったので、私からこれをお渡ししておきます」
アンナがこちらに歩み寄ってくる。
僕も起き上がって準備をした。
「本当は王様が渡さないといけないんですけど、これは事情があって非公式のものなので」
そう言って小さいが重みのある紫色の箱を僕に手渡した。
「なあ、帝國白銀殊功十字章ってどういうものなんだ? かなりヤバいものだということは名前からして理解できるんだけれど」
僕はアンナに尋ねた。
「そうですねー、帝國が敵対したくないけれど、扱いが面倒な権力者によく渡しています。ある程度権限を渡すから大人しくしておけっていうメッセージも含まれますね。と、マスターが言っていました」
アンナが説明してくれた。
「はは、厄介者扱いか」
僕は苦笑いする。
「だとしても、帝國最高格の勲章であることに間違いないですよ。それを見せれば大体のことは何とかなるそうです。最強の身分証明書です」
アンナは加えてそう言った。
「これは、ギルドマスターからの伝言なのですが、修繕費のことは不問にするから、できるだけ早く、一度帝都のギルド本部まで行って欲しいとのことです」
改めて測定するのだろうか。
「帝都行ってみたい! ね、良いでしょ?」
ドーラが寄ってくる。
「行きたいのか?」
僕はドーラに聞いた。
「そりゃ誰だって一度は行ってみたいものよ。あんた、興味ないの?」
彼女は目を輝かせながら迫ってくる。
「行ったことない土地だし少し怖くはあるよね。僕は田舎者だしさ」
ティルロスはそこそこ大きな街ではあるものの、帝都の人間にとっては恐らく田舎扱いなのだろう。僕はそう考えた。
「あんた、勲章? 持っているんだから、もっと自信持ちなさいよ! 取り出したら周りの人間がひれ伏すレベルのものなんでしょう?」
ドーラは僕の手元にある箱を指さしながら言った。
「まあそういうことに使うわけにはいかないさ。なあ、アンナ」
僕は困ってアンナに同意を求める。
「わ、私には口を出す権限なんて無いですよ」
話を急に振られたアンナは焦っている。
「臆病なのね」
ドーラが悪態をつく。
「謙虚だと言ってくれよ」
僕はドーラの態度にそう返した。
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