陰謀の店
第十一話
僕らは、隣に広い空き地がある寂れた買取屋の前にたどり着いた。
周りを見ると崩れかけた家々が多くあり、不気味な雰囲気を醸し出している。
街の東部は比較的スラム街が密集しているため、他の地域と比べて雰囲気が異なるのだ。
ドーラは元々このあたりに住んでいたらしく、見知った土地だと言うようなことを言っていた。
「ここであっているのよね?」
彼女は僕に尋ねる。
「ドーラはこの辺詳しいんじゃなかったっけ」
彼女は首を縦に振る。
「でも、この店は来たことないし、誰かが利用しているのも見たこと無いわ。そもそもこんなところに買取屋なってあったかしら」
ドーラは首をかしげながら言った。
「少なくとも僕は十年近くずっとここを使っているよ」
十歳ごろからだから、大体八年か九年といったところだろうか。
「まあいいわ、早く用事を済ませて帰りましょう」
ドーラがそう言ってドアノブに手をかける。
「そうだな」
僕はそう答えて彼女と共に店の中に入った。
殺風景な店内で店主を待つ。
毎度思うが椅子でも置いてくれれば良いのに。
大きく足音を鳴らしながら奥から店主が出てきた。
「ハンスか。それと⋯誰だ? 用心棒か?」
店主はドーラの斧を見ながらそう言った。
「彼女はドーラ、訳あって今は一緒に行動しているんだ」
僕は店主にそう伝える。
店主は顔を曇らせる。
「そうか、今日は何用だ? いつも通り買取か?」
店主が僕に用件を聞く。
「ああ、そうだ」
僕はそう答えた。
「少し待っとけ」
そう言って、店主は店の奥に消えていく。
「なんか感じ悪いわね」
ドーラが呟いた。
「いつもこんな感じさ。ただ、ドーラを店に入れたのはマズかったのかな」
僕は店のカウンターを眺めながら言う。
「まるで私が邪魔者みたいだった風な言い方ね」
ドーラは少しムスッとした顔をしている。
「正直今まで僕以外の客を見たことがないんだ。もしかしたら、一見さんお断り文化があるかもしれないし」
店の奥では店主と誰かが話しているようだった。ボソボソと話す音がかすかに聞こえてくる。
壁にもたれかかって僕らは待ち続けた。
十分程経っただろうか。ドーラが暇すぎて不機嫌になってきた頃に、店主は筋骨隆々のゴツい男を連れて戻ってきた。
その男は、赤いモヒカンに赤い目。全ての色彩が赤で構成された大変目に悪い配色をしていた。
「世紀末的風貌だな」
思わずそう口に出してしまった。
その直後、店主がその大男に何か耳元で囁く。
すると、彼はカウンターを乗り越えてドーラに殴りかかろうとする。
「おい、何するんだ!」
僕はそう叫ぶが、大男は真っ直ぐにドーラの方へと向かってゆく。
よそ見をしていたドーラであったが、向かってくる男に気がついたようだった。
彼女は斧を体の前に突き出して男の攻撃から身を護る。
男のつけているメリケンサック的なものがドーラの斧に当たり、辺りを響かせるような鈍い音が鳴る。
「殺り損ねたか」
男は苦い顔をして一歩後ろへ引いた。
店主が後ろから顔を出して僕に伝える。
「悪いな、部外者に気づかれてしまってはこちらも商売が立ち行かなくなるのだ」
申し訳なさそうな顔をしている店主であったが、そんな顔するぐらいなら殺しにかかってくるなと文句を言いたいね。
ドーラは男を睨みながら、怒りのあまりに息を漏らしている。
刹那のうちに、今度はトーラが男に飛びかかり、殺意を剥き出しにして斧を振り下ろす。
寸での所で男はかわす。
粉々に砕け散る木製のカウンター。
散乱する木片の中をドーラは突き進んでゆく。
ドーラは斧を外側から横に振り、刃の無い方で男の首を壁に押し付ける。
「ドーラ、殺すな」
そう彼女に言いつけて、僕は目の前でおびえた顔をしている店主の方へと歩みを進める。
そしてカウンターだったものの残骸に手をついて問いただした。
「一体どういうことだ」
彼は木片が散乱している床に座り込む。
「こ、殺さないでくれ」
嘆願するように彼は願った。
「そっちから殺しに来ておいて、随分と虫のいい話だな」
そう言って僕は彼の前にしゃがみ込む。
「まあでも、殺してしまったらこっちが悪者になってしまいそうだから、殺さないでおいてやるよ。ドーラ、そいつが逃げないように見ておいてくれ」
白目剥いて泡を吹いている大男を解放するようにドーラに指示する。
流石に死んでいないよな。大丈夫かな⋯
「正直、長年取引していたあんたを僕は信用していたんだが。だからできれば殺したくない。なぜこんな事をした」
借金返済を始めた時にこの店を紹介してもらった。その頃からの付き合いなのだ。何か事情があるのだろう。
その後少しして、店の奥に並べた椅子に座って僕は話し合うことになった。
依然として大男は倒れたままである。
「なあ、はっきり言ってくれ。誰に指示された?」
単刀直入に僕は彼に尋ねた。
「あんたの借金の大元締めさ。あんたが借金していることを良いことに、付け込もうとしたんだ。付け込もうとしたっていうか、長年付け込んでいたっていうほうが正解かもな」
店主は観念したように話し始めた。
「お前さん、自分の借金がいつまでたっても減らないことは分かっているだろう?」
彼は僕に聞いた。
「そりゃあな。信じられない量あるもんな」
もっともだという風に僕は返答した。
「うーん、なんて説明したら良いんだか。借金の大本締めとこの店はグルで、お前から搾取してたってわけだ」
店主は言葉を探しながらそう述べた。
「さっきも同じようなこと言っていなかったか?」
僕は尋ねた。
「自分でも今頭の中で整理しながら話しているから、少し待っとくれ」
店主は申し訳なさそうに言った。
ドーラはつまらなさそうにしている。
店主はその後も言葉を選びながら説明し続けた。
その内容は以下の通りである。
借金はそもそもそんなに多く存在しなかった。ただ、借金返済の手段に魔物のドロップ品を選んだため、貸付屋は搾取できるように安く買い叩く店を紹介した。そのおかげで、店と貸付屋は大きな利益を得た。いつかバレるだろうとは思っていたが、ハンスがひとりぼっちで永遠と同じことを繰り返すため、なかなかバレなくて今に至る。
といった具合である。
「あんたずっとカモられてたのね。人のこと言えないわ」
ドーラが馬鹿にしたような口調でそう言った。
「こんな辺鄙な場所にこの店があるのも不法営業だからさ。ついでに、部外者が寄り付かない人よけの札も貼ってある」
店主が説明する。
「そんなにペラペラ喋っていいの?」
ドーラが店主に聞く。
「私は正直反対だったんだ。こういう感じで搾取するのは」
店主が慌ててそう言う。
「の割には殺しにかかって来たじゃないか」
僕は店主に事実を突きつける。
「私だって上に逆らえないんだよ。今はそっちの嬢ちゃんの方に逆らえないけれども」
彼はドーラの方を見ながら言った。
「そもそもあんたらの雇い主って誰なんだよ」
僕は店主に尋ねる。
「知らないさ。私を雇っている貸付屋のおっさんも誰かに雇われているみたいだしな。どっかのお貴族さまじゃないのか?」
店主は指組しながらそう答えた。
「まあいいや。あんたらを街の騎士団に突き出す。んでもってこれからはもう取引は無しだ、いいな?」
これ以上面倒事に巻き込まれたくなかったので、僕はそう告げた。
その後、ドーラに引きずられる男二人を見て、街の人達は恐れおののいたとか。
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