牙を抜かれた悪魔
第十話
最悪な目覚めだ。
昨日は疲れ果てて寝てしまったドーラをベッドに寝かせて⋯
僕自身も記憶が曖昧だ。
窓を開けて外を確認してみる。
「まだ暗いな」
今が何時かも分からないし、本当にやることも何も無い。
月明かりが差し込んで寝ているドーラを照らしている。
「こうして見ると、ちゃんと女の子なんだよな」
正直、僕は生まれてこの方、あまり女性に関わったことがないため、ドーラに対してどんな態度を取れば良いか分かっていない。
彼女はあまり気にしてはいなさそうだが、失礼なことをしていないか何かと心配である。
そもそも、こうやって同じ部屋で生活している時点で、恥もへったくれも彼女は持ち合わせていないのかもしれないが。
今更気にしても野暮だったか。
「もう少し金があればなあ」
借金返済中の身として、あまり贅沢はできないことが悔やまれる。
勝ったなら責任を取れ、みたいなことを彼女は言っていたし、それなりに義務を果たしたいとは思っているのだが、彼女を守ることぐらいしかしてあげられることは現時点では無いのである。
「にしても無防備な格好だな」
今まではこうやって、安心して夜に眠ることもなかったのだろうか。
寝ている時に襲われたら、それこそトラウマになりそうである。
彼女は強い。僕はそう思った。
だからこそ、守らないといけない。
別に守る義務は無いのだが、彼女を守りたいと思わせるには余りあるほど大きな物を彼女は持っている。
仰向けで寝ている彼女を見ながら、僕はハンガーに掛けてあったカーディガンを取外した。
「風邪引くなよ」
そう言いながら腹を出している彼女に被せる。
せめて掛け布団ぐらいある宿屋に移るべきだろうか。
ドーラが起きたら聞いてみよう。
僕はそんな事を考えながらもう一度静かに椅子に腰掛けた。
そのうち、うとうととしてきて、僕は再び眠りについた。
夢を見た。
ドーラに手を引かれてどこかへ向かって行く。
「どこへ行くつもりだ?」
僕は彼女に尋ねた。
彼女が笑っているのが見えた。
場面は移り変わる。
アップルパイが机の上においてある。そして隣には得意げな顔をしたドーラが座っている。
「ドーラが作ったのか?」
夢の中のドーラははっきりとしない。
なんだか温かいものに包まれるような気がした。
「なんだか安心するな」
眠い、寝そうだ。
ん? 夢の中なのに寝そうなのか?
なんだか変な心地だ。
そこで夢は途切れる。
「いい加減起きなさいよ!」
一気に現実世界に引き戻される。目に飛び込んでくるまぶしい光とドーラ。
「えっ、近っ?」
何故か僕の膝の上に向かい合うようにして座っているドーラ。
「う、うわっ!」
ボロボロの椅子が重さに耐えかねてミシミシ言う音が聞こえたと思ったら、一瞬にして崩れた。
仰向きで倒れ込む僕の上にのしかかるドーラの体重。
「あれ、あんまり重くない」
第一感想である。
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。」
ドーラは僕の上で笑っている。
「どっちかというと、心配になる軽さだよ。」
まな板みたいな体型しやがって。
「おいこら、今まな板みたいだとか思っただろ!悪かったですねえ、胸がなくて!」
直感鋭すぎだろ! とか思いつつ、苦笑いしながら答える。
「いやいや、そんな事無いって。失礼でしょ」
ドーラは少し気にしているようだ。
「まあ、天才で最強美少女の私なら、胸もきっとでかくなるから!」
声高らかに彼女はそう宣言する。
「朝っぱらから異性に向かって言う内容じゃないだろ」
僕は彼女にツッコむ。
「それだけ信用しているってことよ」
ドーラは僕の上で得意げにそう言った。
「じゃあ、そろそろどいてくれないか? 信用してくれているのは分かったから」
彼女は僕を跨いでる足を除けて立ち上がった。そして、その腰には、昨日の夜僕が彼女に被せたカーディガンが巻かれていた。
気に入ったのかな?
「あ、はいこれ」
そう言って彼女は僕にライ麦パンを手渡す。
「どうしたんだこれ」
僕はドーラに聞いた。
「あんたが起きるの遅いからそこで買ってきたわ」
彼女はベッドに腰掛けながらパンを食べている。
「ありがとう」
僕もパンをちぎって食べ始める。
誰かと朝食を摂るなんていつぶりたろうか。
そもそも、僕は朝食を食べないことが多い。
「私先に食べようか迷ってたぐらいなのよ」
ドーラが愚痴をこぼす。
確かに、日の差し方を見ると、もうそろそろ昼になろうとしている事がわかる。
「すまないな。変な夢を見てあまり眠れなかったんだ」
二度寝した時に見た夢を思い出しながらそう言った。
だが、この話をドーラにしたら笑われるだろうか。
「ふーん。そう」
ドーラはあまり興味化なさそうに見えた。
「私も夢を見たわ。あんたの夢」
彼女は足をぶらぶらさせながらそう言った。
「なんか、漠然とだけど、あんたと暮らしている夢。案外悪くないかもね」
あんなに戦闘狂なのにそんな夢を見るんだな、と僕は少し面白く思った。
「なによ、笑うつもり?」
僕が何も言わないでいると彼女が怒った風にそう言って来た。
「ごめんごめん、なんか、そういう夢とか見るんだなって」
自然と笑顔がこぼれた。
「イメージと違ったようで悪かったわね」
ドーラはいじけたようにそう言った。
「いや、そんなことないよ。ドーラはきっと良いお嫁さんになるさ」
僕は他人事のように言ってから、自分が何を言ったかに気がついた。
「あっ、いや、そういう意味じゃ⋯⋯」
なんだか調子が狂う。
「わ、わかってるわよ」
ドーラは上機嫌なようにも、不機嫌なようにも見えた。
二人で何も言わずにパンを貪る。
心無しか空気が重い。
「なあ、魔物の素材とか売りに行ったことってあるか?」
僕は今日これからするだろう予定に関連した話をしようと、ドーラに聞いた。
「何度もあるわ。でも、あんなに多くの魔物は無いわね」
恐らく昨日のことを言っているのだろう。
「そもそも、あんなに多く買い取ってくれるのかしら」
ドーラは少し不安そうだ。
「実は、専用の業者に買い取りをお願いしているんだ。だから、大量に持っていっても問題ないよ。少なくとも今までは大丈夫だった」
そう言いつつ出かける準備をする。
「ギルド運営の買取屋じゃないのね」
ドーラは斧を持ち上げながらそう言った。
「魔物の解体手数料がかかるんだろう? お金ないから払えなくてさ」
僕は苦笑しながらドーラに言う。
そうして、ミシミシ音の鳴る階段を二人で降りて、僕らは外に出た。
「んで、その業者ってのはどこにあるの?」
ドーラが僕に尋ねる。
「あっちの町外れの方だ」
街の東側を指さしながら僕は言った。
「ギルドとは真反対の方向なのね」
彼女は歩き出した。
「じゃあ早く行っちゃいましょう」
街の中心部の宿から買取屋まで数十分。僕らは多くの店を見て回りながら歩いた。
「あんた見てよ! 花屋さんだわ!」
普段気にしたことのない店の前でドーラが足を止めるため、僕にとってもいろんな発見をすることができたと思う。
「ドーラは花が好きなのか?」
花屋の店先でしゃがみ込むドーラに僕は聞いた。
「孤児院にいた頃はよく飾っていたのを見たわ」
ドーラは思いを馳せる様に言った。
僕は店先に挿してあったピンクのガーベラを一本持って、店の奥に入った。
「すみません、これ、髪に飾る用で一本お願いします」
店主にそう伝えて、代金を支払って店先のドーラの所へ戻る。
「ほら、これ」
そう言って少し癖毛のドーラの髪にガーベラを飾る。
「あ、ありがとう」
ドーラは気恥ずかしそうに言った。
なんだか、物騒な斧を持っているのに、髪に花を挿しているのが少し場違いな感じはした。
しかし、彼女はそこそこ気に入っているようで良かった。
僕はそう考えた。
僕らは街の東側に向かって、再び歩き出した。
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