借金
第一話
「ハンスよ、今月分の利子か?」
重い木のドアを押し開けると、いつも通りのスキンヘッドのいかついおっさんの声が聞こえてくる。
「はいよ、きっちり銀貨五十枚だ」
そう言って僕は袋に入れた銀貨を手渡す。
「数えるから、そこに腰掛けて待っときな」
おっさんが腕輪をじゃらじゃら鳴らしながら銀貨を数えているのを見て、また僕は憂鬱になる。銀貨五十枚もあったら、使用人が雇えるぞ。
借金あとどのぐらいだっただろうか。でも、落ち込んだって変わらないものは変わらないし、まだ頑張らないとな。
「五十枚ぴったりだな。だが、たまには利子だけじゃなくて、大本の借金の方も返しに来いよ」
書類を整理しながらおっさんが言う。
「それだけ余裕があったらもうすでにしてるさ。分かるだろ?」
「まあ、それもそうか」
おっさんから書類を受け取って、重いドアを開けて外に出る。
空を見上げると、かなり曇っていて暗かった。雨が降る前に早く帰りたいな。
そんな事を考えながら、宿屋へ急ぐ。
質屋のおじさんは良い人だ。祖父の代に政争に敗れて没落した僕らを助けてくれた。
僕の一家は、元々他の貴族に対して借金を負っていたらしいんだけど、おじさんが一時的に肩代わりしてくれているそうだ。何十年も前の話だから詳しくは知らないけれど。
「くっそ、降ってきやがった」
ぽつぽつと雨が降ってきた。走って帰っていれば良かった。
宿まではかなり遠かったため、仕方がなく途中にあった冒険者ギルドの中に入った。
「雨の日なのにかなり人が多いな」
ギルドは喧騒に溢れていた。
実は僕は冒険者ギルドにあまり入ったことが無いのだ。
ギルドから依頼を受けて、それをこなして褒賞を受け取ることも悪くはないと思う。だが、依頼を待つよりはひたすら同じルートで魔物を倒し、ドロップ品で稼いだほうが効率が良いのだ。ギルドは手数料とか取られるし。
少なくとも僕はそう思う。
「だが、この雰囲気は嫌いじゃない」
しばらくゆっくりしながら、雨が止むのを待つとしようか。
そう考え、近場にあった粗末な木の椅子に腰掛けた。
周りを見渡してみる。
エルフ、ドワーフ、そして獣人など、様々な種族がこの世界にはいる。特に冒険者は多様性があるのではないか。
種族は関係ない。強さこそが正義。冒険者のモットーである。分かりやすくてとても良い。
だが、その、強さこそが正義というモットーを履き違えている奴も多く存在する。
あんな感じに。
「よお、姉ちゃん。奢ってやるから、一緒に遊ばない?」
三人ほどの男が壁にもたれかかっていた少女に詰め寄っていた。
あそこまでベタな口説き文句を使うやつがいるのかと、正直かなり驚いた。
「何?」
少女はかなり嫌そうな顔をして腕組みをしている。男たちに興味は無いようだ。それもそうだよな。
「ちょっとだけだって。飲みに行こうぜ?」
「そうだよ、行こうぜ」
男たちは諦めが悪いらしく、まだ少女に纏わりついているようだった。
「嫌よ。何のためにあんたらと飲みに行かなきゃならないの。バカじゃないの?」
少女はかなり苛立っているように見える。
「この前もナンパしてきて懲りないわけ?」
「うるせえな、黙って着いてくればいいんだよ」
そう言って男の一人が少女の腕を掴んで無理やりにでも連れて行こうとする。
流石に助けに行ったほうが良いかな。そう思いつつ周りを見渡すも、誰も気にしていない、いや、気づいていないようだ。
その瞬間、爆音とともに男が壁に叩きつけられた。よそ見をしていたせいで何が起こったのか一瞬分からなかった。どうやら、少女が、腕をつかんできた男を投げ飛ばしたらしい。
男は完全に伸びてしまっている。
ギルド内は一瞬にして静まり返り、少女に注目が注がれた。
「次来たら命は無いと思え」
金髪赤眼の齢十五程の少女は凄みながらそう言い放った。
とても可愛らしい声であったが、皆震え上がっていた。
その後少女は何も言わず、足早にギルドを出ていった。
「ドーラ・ブラウン、やはり恐ろしい」
「あんな力の持ち主に逆らうなんてできないよ。ナンパなんてするもんじゃない」
周りの冒険者たちがひそひそと話しだした。あの少女はもういないのに皆声を潜めて話している。
そんなにあの少女が怖いのか?
「なあ、すまない。さっきの少女について何か知っているのか?」
気になったので、その辺にいた獣人の男に尋ねてみた。
「お前、知らないのか?」
獣人はとても驚いた顔をしていた。
「この辺りで知らないやつはいないと思っていたが、もしかして、最近越してきたりしたんか?」
そう尋ねてくる獣人。
「いや、昔からこの辺りに住んではいる。ただ、冒険者ギルドに入ったりすることはあまりなくてね。今日も、半分雨宿り目的だったんだ」
そう言うと獣人は納得したような表情になった。
「ああ、そうだったんだな。じゃあ、一つ教えてやるよ」
獣人はそう言いながらあの少女について話し出す。
「あいつの名前は、ドーラ・ブラウン。この辺り最強の斧使いだ」
「やっぱり強いんだな。さっきの通りに」
そう言うと、獣人の顔が強張る。
「強いなんてもんじゃねえ、あれは化け物だ。信じられない強さをしている」
「へえー」
「聞いておいてその反応は無いだろうよ。まあでも気をつけることだな」
獣人は顎に手を当てて言う。
「あの可愛らしい見た目に騙されて、幾千もの奴がお星さまになっていったんだよ。可愛いのは見た目だけさ」
獣人はかなりのトラウマを抱えているようだった。
その話を聞いていたのか、周りの男達も首を縦に振っている。
「まあ、いろいろ教えてくれてありがとう。あんまり関わらないほうが良さそうだな」
「まだ死にたくなければそうするべきだな」
いつの間にか雨も止んでいたので、獣人に礼を言って、僕は冒険者ギルドを後にした。
一体奴は何者なんだ。
歩きながら考える。
どう考えてもあんな小さな少女が出して良い力じゃないだろうよ。
まあでも、可愛いというのは確かにそうだったなあ。
黒いリボンで結ばれたハーフツインの長い金髪に、真っ赤な目。整った顔立ちに、白い肌。
ただ、見た感じかなり汚れていたような。彼女もいろいろ苦労しているのだろうか。
さっきも雨の中に飛び出していったが、冒険者が無頓着なだけかもな。
「どうでもいいか」
ここまで借金を負っておいて他人の心配なんてできっこないよ。
僕はそこまでお人好しじゃない。
思考がぐるぐる回っているうちに宿に着いた。
外が暗くて時間がわからないが、今日は利子を払いに行くという目的を果たしたし、休んでもいいか。
軋む階段を登って、ぼろぼろになった木の扉を開ける。
「ふう」
僕はベッドに倒れ込んだ。
ポケットに突っ込んでくしゃくしゃになった書類を取り出す。
「残り銀貨五千万枚か」
一族の借金をすべて背負った僕は一生かけてこれを返さないといけない。
父も、母も、親族も皆、生きているか分からない。
皆がいなくなったのはいつだっただろうが。
もう、思い出すこともできない。
「くっそ。借金なくならないかな」
毎日毎日、借金の事しか考えられない人生。明日はうまくいくといいな。
そう考えながら早めに眠りについた。
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