老人と絵
こんな感じの小説を、初めて世に出します
祖父が死んだ。遺産も何も残さなかったクセに、一丁前に遺言状を遺していた。
遺言状には隠された遺産や隠し子などは書かれておらず、ただ一言「絵を返してきてほしい」と書かれていた。
この世に絵は数あれど、祖父が言う絵はたった一つしかなかった。祖父の家の玄関先に飾られている一枚の絵。
何処かの海岸に少年が立ち、微笑んでいる絵だ。題も無ければ、価値も無い、言い方は悪いがジャンクの様な絵である。
返すも何も、祖父の息子、私からすれば父が物心付いた時から飾られた絵であり、クーリング・オフの期限など何十年も前に切れているであろう。
返すも何も、死人に口なしで二束三文でも売ってしまえばいいと私は提案するも変なところで信心深い両親は、「そんなことをするなんでとんでもない」と私を叱り飛ばした。
結局、絵の裏に記してあった住所をヒントに、とんでもないことを言った罰として私が絵を返すことになった。
記してあった住所は、かつては新婚旅行の聖地と持て囃されたもののバブルやら海外旅行の台頭ですっかり寂れてしまったS県の町のものである。ネットで調べてみると、その住所には、一軒の別荘風の建物があるのが確認出来た。
私は四十九日が終わった翌日に有休を取り、絵を布で包んで車に積み込んだ。高速を飛ばし、海沿いの道路を走り、狭苦しい坂道を登っていく。
幸いなことに道に迷うことはなかった。
別荘風の建物は二階建てで、所々にガタが来ているようだったが人が住んでいるようだった。
インターフォンを押し、しばし待つ。
玄関を開けて出てきたのは、一人の老人だった。ポロシャツに短パン姿で、顔はどことなく犬っぽく、頭髪は痩せた畑のようだが、鼻の下と顎には十分なヒゲが蓄えられている。
老人は私を見て、不審そうな眼差しを向けてきた。
「誰だい?」
私は祖父の名前を出し、絵を返しに来たと伝えた。すると老人は目を細め、ポツリと呟く。
「……そうか、奴は死んだか」
老人は私に家へ上がるよう促してきた。
私は素直にそれに乗り、老人宅に上がり込んだ。
「絵について色々聞きたいだろうが、まずは線香をやってくれんか」
老人はそう言い、仏間へ誘う。断る理由も無いので、私は遺影に写る老女へと手を合わせた。
「儂の妻だ。死んで三年になる。よく出来た、姉さん女房だった」
老人は、リビングのテーブルに麦茶と座布団を用意していた。
向かい合わせになる形で座ると、老人はぽつりぽつりと語りだした。
祖父の絵は、老人の妻が書いた物だったらしい。祖父はそれを貰い、飾っていたのだ。
祖父と老人と老人の妻は所謂幼馴染で、三角関係めいた関係だったらしい。もっとも、祖父の独り相撲で、老人と老人の妻は最初から相思相愛だったいう。
では何故、老人の妻は祖父へ絵を送ったのか。老人は生前に何度か訊ねたらしいが、その都度はぐらかされたらしい。
祖父も老人の妻も死んだ今となっては、真相を知る者はもういないことになる。 気になることはある。何故絵を送ったのか、何故貰った絵を返してほしいなのか。
だが、本人亡き後では全てが憶測、妄想でしかない。
どのみち、絵を返したのだから私が立ち入る話ではない。
私は絵を老人に渡すと、お茶を一息で飲み干し、老人宅を後にした。バックミラーには角を曲がるまで、老人が映っていた。
私は、海岸をときおり眺めながら帰った。絵が描かれた海岸がこの町の何処かにあると思いながら、青い海へと目を向けて。