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09 プロフィール:Y 《ドアベルの音は幸せの音だ》

09 プロフィール:Y 《ドアベルの音は幸せの音だ》


俺は夕暮優(ゆうぐれゆう)


中学を卒業したあの夏、俺はお母さんに付けられた糸を外した。というより、外された。


卒業式が終り、家に帰った時、ドアの前に三人の黒いスーツを着ている人が立っている。言っておくが、知らない人だ。でも、その中の一人の女性が俺を見たら、家のドアを開けて、「どうぞ」っと言った。


そう言われても普通は入らないだろう!と思ったところ、お母さんが出てきた。嬉しそうな顔をしていた。


玄関にも見知らぬ一足の黒い革靴が置いていた。もちろん、そのリビングに座っている男性も知らない人だ。


でもそれより、お母さんは微笑みながら「この家を払って、引越しするのよ」という言葉のほうが恐ろしかった。


引越し先は大きな庭があった一軒建てで、新しい仕事とはモデルで、それもよく聞かれる国際的な大手の事務所だった。


「いや、詐欺ですよね。どう考えても」


「何を!優、この方々に失礼だろう!お母さんはね、まだまだ現役ってことだよ!」


すると、その黒スーツの男が名刺を渡して、「こちらの電話にかけていただければ、お車でお迎えにあがりますが、優さまがご心配でしたら、直接お越しいただいても結構です」と言い残し、他の人たちを連れて去っていった。


結論から言うと、本当だった。


そうして、俺は一人暮らしを始めた。公園であった「僕のヒーロー」の家に。


彼女の家は生活のための最小限の物しかいないから、リビングの机に残された一つのタブレットが余計に目立つ。


そのタブレットから突然メッセージが届いた時にびっくりしたが、俺はすぐ「僕のヒーローだ!」って分かった。


でも、流石に一通目のメッセージには驚いた。『私の家にお父さんが付けた隠し監視カメラがあるよ。でも、トイレとお風呂場と寝室はないから安心して』


……ん、二通目も驚いた。『保険庫の中に置いたカードは好きに使っていい』


彼女とのメッセージのやり取りの頻度はわりと高い。一人ぼっちだと感じないくらいの返信の速さに、俺は凄く嬉しい。


そのやり取りは俺が高校に上がるまで続いた。


そして、最後のメッセージは彼女からの『やったね!高校入学おめでとう。何組?』という尋ねだった。


俺は返信を戸惑った。


この夏ではほぼ毎日文字を通じて会話しているのに、俺は自分の名前を言ってないし、彼女の名前も聞いていない。


彼女もそのことに気づいたかのように何も言ってこない。


彼女が見たのはいつも「お母さんの操り人形の僕」で、「俺」ではない。そのことに心のどこかで怯えている俺は『何組?』という簡単な質問ですら答えられない。


「笹野咲」俺は高校二年になってクラスに転入した子の名前を呟いた。


彼女は俺のことを気づいていない。そのことにホッとしたような気持ちもあったが、どこか寂しいとも思った。


でも、やはり、また会えて嬉しいという気持ちが一番大きい。


咲の一番仲のいい友達として、俺は「俺」として彼女の傍にいることが「あたりまえ」のことになった。


咲が憧れの人がいるということも知った。


でも、その憧れは神狩幸谷だとは知らなかった。


咲は幸谷と知り合いだった。幸谷が言っていた子は咲だった。


そのことを、水族館から帰った駅前で幸谷が咲の名前を呼んだ時、一瞬で理解した。


その時の俺は「早く咲をここから連れて行かないとダメだ!」との考えが頭いっぱいで、二人の話にはほとんど頭に入れない。


「俺はずっと、笹野が好きだって伝えたかった」幸谷はそう言った。


咲の憧れは幸谷で、幸谷はずっと咲が好きで、俺の世界はこの一瞬で壊れた。


俺は咲の一番仲のいい友達としての顔で、「じゃ、また明日」と言い、逃げるように家へ帰った。


靴を並べる余裕もなかった。上着を脱ぐ余裕もなかった。電気を付ける余裕もなかった。


家へ逃げ帰った俺はお風呂場へ飛び入って、シャワーを開け、冷たい水が体に打ちつけ、声をかき消していくのをそのままにしていた。


頭を冷やした。落ち着いたと思った。


ドアベルが鳴っていることに俺はやっと気づいた。玄関に向かっている時、タブレットの着信音も聞こえたような気がする。


いつもなら、例え今何をしていても、その着信音が鳴ったら必ず手元のことをいったん止めて、メッセージを見に行くだが、今はその余裕すらない。


それは、ドアを開けたら、咲の顔が現れたのだ。


咲もびっくりしたようでいた。


そうして、俺たちは暫くお互いを見ていたら、俺は身を避けて、「ど…どうぞ……」と言った。


「……あ、おお…どうも……」


咲が入っても、ドアの前に立っていて、上がっていない。


そしたら、なんか、気まずい空気で咲が玄関の並べている靴を見て、俺の後ろをちょろちょろ見ていた。


「……エリザベスは?」


「え?…誰?」


「え?…誰?」咲はインコのように俺の話を繰り返した。


「え?……夕霧優、だけど」俺もパニックった。


「いや、知ってる」


「おお」


・・・・・・そして、彼女は聞き出した。俺も素直に答えることにした。


「優は、彼女いる?」


「ない!」俺は思わず声を上げた。恥ずい!


「一人でここで住んでいる?」


「うん」


「……えっと、…その、誰かを連れて帰るこっ」


「にゃい!」あ、噛んだ。「……ない、です」


「私から鍵をもらったのは…優、なのか?」


咲のその質問には、俺は心臓が一瞬でも止まったかと思った。


頭を下げて、わずか頷くだけで、俺は声を出せなくなった。


咲はどう思うのかを怖くなった。


今まで騙されたと思うか?思っていた人と違ってがっかりしたのか?「女の子」の友達ではなくて悲しむのか?ずっと返信しないことに怒ったのか?男子の家に一人で来たことに怖いと思ったのか?


そしたら、咲の顔がまた俺の視界に入った。


彼女は腰を屈んで、俺の顔を覗くように見ていて、微笑んでくれた。


「改めまして、私は笹野咲。お久しぶり、優」


「……お、俺は、夕霧優。お久しぶり、咲。……会いたかった」


「うん。私も」


咲はハンカチで俺の顔を拭いてくれて、優しく俺の頭を撫でた。


リビングに入って、咲が俺の髪を乾かしてくれた時、先ほどの着信を見たら、俺たちはふっと笑った。


『優。咲が来たらこれを見せてね!


咲、見てる?お父さんだよ~、ずっと言い忘れたけど、咲が言っていた「エリザベス」はね、彼の名前は夕霧優だ。それでは、今日はそこに泊めてもいいが、部屋は別々だよ!これ絶対!』





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