03 プロフィール:Y 《名前も知らないヒーロー》
03 プロフィール:Y 《名前も知らないヒーロー》
僕は夕霧優。
御園小学校三年生。両親は離婚して、今ではもうお父さんの顔すら思い出せない。
どんなに親しかった人でも、意外と簡単に忘れられるんだなと分かった。
そして、お母さんは僕のことを女子にしようとしている。
この世界は大きな舞台で、僕はただお母さんに操られたお人形であることを、この時はもう理解した。
だから、僕は演じ切ることに決めた。
その理由はたった一つ。僕はお母さんに叩かれたくないから。
学校での成績は基本、中の上に維持している。体育の成績はわざと低めにしたのはお母さんが「女の子は運動苦手だよ」って言ったから。
そして、僕は毎日スカートを着せられている。
そのことでバカにされないように、上面だけでも努力した。味方をいっぱい作った。
当たり障りのない、つまらない学校生活だった。
あの日、コンビニであの子に出会ってまでに、「楽しい」という感情は本当に存在したんだって知らなかった。
コンビニの裏にはよく野良犬が集まっている。僕もよく餌をやる。そして、あの日、あの子が野良犬に囲まれているのを見た。
僕は助けようとしなかった。近づこうともしなかった。
あの子は犬に向かって「わん!わん!わん!」って吠え始めた。
最初は犬を撃退しようと思ったが、まさかの会話だ!
あの子、犬と会話している。犬たちがゴミ箱で探した餌をあの子に分けようとして、あの子も本当に食った。そして、お返しのように「わん!」と吠えながら、自分が買ったものを分けた。
「変な子」と思った。
それっきりだ。もう会わないと思ったけど、公園でまた会えた。
あの子は犬にシャワーしていて、なんかぶつぶつ言っているようだ。それが可愛いと思った。びしょ濡れの捨て犬が二匹いるかのように見えた。
「それはもういじめだよ」と、僕はあの子の一人言に返事した。
あの子はびっくりしたようだ。
さあー、どんな反応をするのか?弱者だと認めたくないから、否定するのか?それとも、自分が可哀想だと思って泣き出すのか?あるいは、逆キレして僕に怒るのか?
「……なるほど」
「……え?それだけ」って僕は思った。あの子、本当にそれだけ言ってから、犬の毛を拭き始めた。
あの子は平然の顔して逆に僕に聞き出した。
「うん。それだけだよ。バカとか、ブスとか、本当のことだし、でも持ち物が壊されるのは嫌だから、そこだけは仕返しするよ。……どうした?」
あ~、僕はあまりの衝撃でうっかり言葉に出したのか。「いや、君、心が鉄でできたのか?と思って」
「いいえ?私は人間だよ、ロボじゃない」
僕は爆笑したのはこれで始めてかも。
それから、約束もしていないのによく放課後、この公園で会うようになった。
この子と遊ぶのは気楽で、面白くて、楽しい。
僕が男子トイレに入ったのを見ても、特に何かを聞き出すこともなければ、学校の話を一切しないことにも疑問に思えない。その代わりか、あの子も学校の話をしなくなってくれた。
水泳の授業で女子の水着を着なかったことにお母さんに叩かれて、家を飛び出した日、僕はあの子と同じビルに住んでいることを知った。
あの子は何も言わないまま、僕をあの子の家に連れて、晩御飯をくれた。
ほぼ何もいないあの子の家で、二人だけで、弁当箱を分けた。その弁当箱は叔母さんがくれたらしい。
「叔母さんは神狩くんのお母さんだよ」ってあの子はそう言った。そう言われても分からないけど、やはり、この子の傍にいるのは心地いいと思う。
僕がお母さんに叩かれて、涙を我慢できなかった時、絶対、あとで氷で目元を敷いている。泣いたことをバレないように。
でも、あの子にはいつも隠せられない。
それでも、あの子は何も聞かない。僕の頭を犬をもふもふするように撫でるだけで、僕が抱きついたら、抱き返してくれる。
僕は本当の笑顔で笑えるようになった。でも、あの子の笑顔を見たことがない。そう思っていたところ、ドアが開かれた。
あの子は「お父さん、おかえり」と言って、飛び出して、抱きついた。
ああ、ちゃんと笑えるじゃんって思って、安心した。
僕は辛い時も、嬉しい時も、悲しい時も、怒る時も、なんでもあの子に話した。そして、やはり、あの子の反応にはいつも予想できなくて、面白いと思った。
あの子は自分から何も言わないけど、聞けばちゃんと答えてくれる。それでいいと思った。あの子が自分から言ってくれるまで待つと決めた。
ある日、ロビーで泣きながらあの子のお父さんに「ごめんなさい」って言っている男子を見た。
「反省は大事だ。もうそんなことをしないように気をつけるんだ」
あの子のお父さんは厳しい顔をしているけど、あの男子の頭を優しく撫でた。
「人の言葉と行動には力がある。それを良いことにしても、悪いことにしても、責任を背負うことになる」
それでも、泣いているあの男子に、なぜか僕は「嫌い」という感情が湧いた。
そして、小学校六年生に上がった時、あの子の姿が消えた。
僕は今になっても、僕のヒーローの名前を知らない。