01 プロフィール:S 《君は憧れだった》
01 プロフィール:S 《君は憧れだった》
私は笹野咲。
自分から話しかけるのと、人と目が合うのが怖いと思っているだけの、極普通の小学校三年生。
学校に通うのは辛いとは思っていないが、特に楽しいとも思っていない。
友達がいないから、組み分けするときは居づらいと感じるけど、別にクラスメートにいじめられたわけでも、わざとはぶかれたわけでもない。
運動は中の下で、勉学も中の下で、顔も中の下。
それだけで、クラスで透明人間と等しい条件を揃えたとしても、いじめに遭っていないのは、クラスメートに恵まれているとしか言えないだろう。
もう一つの理由は、多分、幼馴染だろう。
親同士が仲良しで、家も同じビルにあるだけの、幼馴染。
私は彼の家に行ったこともなければ、彼と一緒に遊んだこともない。そもそも、先言った通り、自分から人に話しかけるのも、人の目を見ることもできないような引っ込み思案だから、そのくらいの認識はちゃんとある。
幼馴染の神狩幸谷くんは明るくて、運動神経が良くて、頭もそこそこ良い男の子だから、男子とも女子とも、別クラスの子とも仲が良く、先生にも好かれている。
正直、神狩くんは私の憧れだ。私は神狩くんのようになりたいとも思う。
それに、神狩くんのおかげで、私は女子によく話しかけられる。別に嫌とは思っていないから、その点に関して、神狩くんには感謝している。
「ねえねえ、笹野さん。幸谷くんと仲いいよね?この間、一緒にスーパー行ったの見たよ」
「叔母さんに買い物を頼まれただけで、仲は普通」
これは本当だ。本当に仲は普通だと思う。神狩くんが一人で買い物に行くのを叔母さんが心配しているから、私も呼ばれただけで、買い物の途中で神狩くんと会話すらほとんどなかった。
「ええ~、そう?じゃあ、幸谷くんが何か好きか分からないの?欲しい物とか、食べ物とか?」
「本人に聞っ」
「ダメ!」
「!?」正直、私はちょっとびっくりした。
「誕生日プレゼントはサプライズだろう?」
「……う、うん。そだね。神狩くんは最近『マスターオーダー』にハマっているって聞いた」
「漫画のあれ?」
「うん」
「分かった。ありがとうね、笹野さん!」
以上、こういう感じの会話はよくある。別に、私は神狩くんのことを何でも知っているわけではないが、話しかけられたら、大体、神狩くんに関することだ。
あ、あと、頼まれることもよくある。
日直とか、掃除とか、先生の手伝いに頼まれた子に「代わってください」って頼まれることとか。
放課後は暇だし、宿題はほとんど分からないし、成績が悪いことで怒られたくないという、いろいろな理由で、基本的に頼まれたら手伝う。
「おい、笹野」
「神狩くん?何?」
「なんでいつも健くんの代わりに課題集めをしているんだ?」
「別に、頼まれたから」
「……あっそ」
「どうしたの?」
あの時、神狩くんは返事をしなかった。
でも、その後、学校に行くのがちょっとだけ、嫌になった。
「おい!ブス!邪魔するな!」
神狩くんがそう言って、私を推したのがきっかけで、クラスの男子が嫌なことを言い始めた。
「ブス」「バカ」「のろま」などなど。
でも、やっぱり私はクラスメートに恵まれていると思う。
女子たちは私の味方になって庇ってくれた。それで思わず涙が溢れたとき、女子たちは優しく慰めてくれて、代わりに言い返してくれた。
友達もできた。別の学校の子だけど。
「え~!ひどい!言い返してやれよ!」
あの子は私のために怒ってくれた。笑顔が可愛くて、すごく綺麗な子だ。
あれからよく一緒に公園で二人で遊んでいる。
あの子はいつも可愛い服を着ていて、お人形のようだ。
一緒にいる時間が一番楽しい時間になった。
そして、言われた汚い言葉は言い返さないとエスカレートすることを知った。
やっぱり、きっかけは神狩くんだ。
彼は私の課題本を踏んだ。消しゴムを投げた。私の顔にわざとボールを当てた。
その時に知った。女子たちはただ神狩くんに嫌われたくないから、私の味方になっただけで、神狩くんがいじめを無視したら、クラスの女子は私を無視し始めた。
お父さんには言えなかった。親同士の仲まで壊したくないから。
だから、そのことを先生に言った。でも、「男の子は好きな人をいじめるんだよ」と笑いながら返された。
私は先生のその一言で、あの日、職員室で号泣した。
お父さんが学校まで迎えに来た。私の手足の傷を見て、普段の優しいお父さんが消えたように、学校の先生を怒鳴ってから、私を抱っこしてくれた。
この日から私は学校へ行かなくなった。神狩くんにも二度と会えていない。
小学校六年生の初め、私は転校した。家も引っ越した。
引っ越しの日、神狩くんの両親がお父さんに頭を下げているのを見た。
私は心の中で「ごめんなさい」と言った。嫌なことを言ったのは担任の先生で、叔母さんと叔父さんじゃないのに。
でも、もっと「ごめんなさい」と言うべきなのは公園で出会ったあの子だ。
私は今でもあの子の名を知らない。