第2話 政権交代
1ヶ月後。
外交で不在にしていた国王夫妻がローゼリア王国に帰還した。
「あら……?なぜ誰も王の帰還を祝わないのかしら……?」
「もてなしがあるのが当然とは思ってはいないが…だが、不自然だな……?ここは自国の王城…で合ってる、よな…??」
国王夫妻は馬車の中で困惑していた。
馬車で城下町を走る途中もおかしかった。
国王陛下万歳、なんて言葉が一切聞こえてこなかったのだ。
どこか景気が悪そうな雰囲気もする。
今年は豊作が見込まれていて、尚且つ税率も高くないのだが…?
何かがおかしい。
怪しんだ近衛兵が警戒しつつ、先行して王宮に入る。
そこでもあまり良い対応はされなかったうえ、国王夫妻が姿を現せば、王宮内は国王夫妻の帰還に大混乱だった。
まさか、知らない間に侵略されたのか!?
国王と王妃はこの状況に驚き、混乱した。
やっと国に戻ってきたのに、まるで「国王夫妻は戻ってくるはずが無かった」と言わんばかりの態度だったからだ。
「……情報を集めよ。なるべく短い時間でな。」
「は。」
ともに外国へ赴いていた使用人や外交官に情報を集めさせる。
国王夫妻は近衛兵に守られながら自室へと足を運ぶ。
どこに逃げても同じなため、自室にて情報が届くのを待った。
10分後、わかったことはロックフォードとサーナという令嬢がこの国を運営しているということだった。――まるで、国王にでもなったかのように。
おかしいことはまだ沢山ある。
この状況を、誰も国王に通達を送っていなかった様子だった。
国の一大事なのに、国王に通達が来ないのはおかしい。理解ができなかった。
国王夫妻とともに赴いた外交官は味方になってくれたが、その他がどうも動きが怪しい。
だが、諸外国が絡んで手を回している風でもない。
なのに誰1人として国王に報告を入れてこない。
聞こえてくるのはロックフォードとサーナという令嬢との話ばかり。
まさか、すでにこの国の中枢はロックフォードが握っているというのだろうか!?
この1ヶ月で全て整えたというのか!?
王位継承権はあれど、国家反逆に等しい行為だぞ!?
しかも、なぜ知らない令嬢が王宮に上がって、王太子の寵愛を受けているんだ!?
婚約者のはずの、リリィリリア・リリステア嬢はどうなったんだ!?
実のところ、ロックフォードはそこまで優秀ではない。
いったい……どんな手を使ったというんだ!?
サーナという令嬢は何者なんだ!?
本当に、なにがどうなっている!!??
国王が混乱していると、ノックの音が響く。
近衛兵だった。
「入れ。」
新しい情報だろうか。
国王は近衛兵を室内に通す。
「陛下。面会のお取次ぎが。来たのは――ルイス・リリステアです。」
「!!通してくれ!!あちらからも事情を聞きたい。」
「は!――入れ。」
「お久しぶりです。陛下。」
入ってきたのはリリィリリアの父であるルイスだ。
服は――喪服だった。
なぜ喪服を着ている!?身内が亡くなったのか!?このタイミングで!?
「陛下――どうか、人払いを。」
「わかった。下がれ。」
ルイスの一言に国王は従い、近衛兵を下げた。
部屋には国王、王妃、ルイスの3人だけになる。
普段なら気心知れた幼馴染なので楽しく過ごせるのだが、今回は訳が違う。
室内は緊迫した空気に包まれていた。
国王は切り出した。
「悪いがつい先ほど戻ってきたばかりでな。状況が呑み込めていない。だから――知っていることがあれば教えて欲しい。……いったい何が起こっている?」
「では、簡潔に申し上げます。学院の卒業パーティーにて、王太子であるロックフォード・フォン・ローゼリアが娘にいじめの濡れ衣を着せ、精霊の加護も否定し、婚約破棄して国外追放を命じました。また、同時に新たな婚約者を発表し、その娘がいま王宮に居るサーナ・ヒマリス男爵令嬢です。」
ルイスの発言に国王夫妻は愕然とした。
意味がわからなかったが、ルイスは嘘を言うような男ではない。全て事実なのだろう。
「王名である婚約を、勝手に破棄しただと…!?――アイツはいったい何をしているんだ!?しかも濡れ衣など……!!」
「ああ、私のリリィリリアが…そんな……!!」
リリィリリアの状況を耳にした国王と王妃は絶望し、憐れんだ。
特に王妃はリリィリリアを実の娘のように可愛がっていたため、相当なダメージを受けたようだった。
だが、苦しいのはルイスも同じ。むしろ父親という分あってより過酷だった。
ルイスは再び話し始める。
「私は娘を地下に幽閉し、見殺しにしました。遺体はロックフォード殿下とサーナ嬢の目の前で焼き、娘の髪を遺品としてロックフォード殿下に献上しました。…まぁ、遺髪は一緒に燃やされましたが。」
「――!!!!!」
「なんて……なんてことなの……!?」
国王夫妻は真っ青になった。
あまりのことに言葉を発せなくなってしまった。
王妃は涙を流し、リリィリリアを憐れんだ。
「ああ、その点はご安心なく。これは表向きです。」
「…表向き?」
ルイスの発言に、国王が聞き返す。
「はい。私は王家に対し【王太子の逆鱗に触れた娘は地下に幽閉した】と伝え、執事に指示を出し、背格好の似た浮浪児の死体を拾って来てもらいました。その後、リリィリリアの死体に見えるよう偽装し、ロックフォード殿下とサーナ嬢の目の前で焼き、娘の髪を遺品としてロックフォード殿下に献上しました。これにより、ロックフォード殿下とサーナ嬢を納得させ、2人の怒りを鎮めました。――サーナ嬢を敵に回すとどうなるか分かりませんから。」
「では、リリィリリア嬢は……。」
「現在、我が領地にてのんびり過ごしていますよ。ただ、このことはどうか内密に。娘を殺されたくはないので。」
この部屋に居ないものには伝わらぬよう、情報規制を徹底するよう求めた。
「わかった。絶対に言わぬ。」
「ああっ……良かった……!!私も言いませんわ……!!」
だが、なぜそんなに力を振るえるのだろうか?
相手は男爵令嬢だろう?ロックフォードだって王太子であるだけで、国王ではない。
普通なら誰も追随しないだろうに…。
その疑問は、このあとのルイスの説明で明らかとなった。
「さて、現在の状況ですが……。ロックフォード殿下とサーナ嬢はこの1ヶ月の間で王宮を掌握。まるで国王であるかのように振舞っておいでです。また、困ったことにサーナ嬢は本物の聖女のようで、その力で多方面に言うことを聞かせておいでです。」
「聖女だと!?」
「はい。ご存知の通り、聖女は国王と同等、場合によってはそれ以上の存在として扱われます。そのため好き勝手していらっしゃるのです。」
相手が聖女である以上、国王であっても手出しができない。
聖女を追い出せば、多方面から怒りを買うだろう。
聖女の力は強大だ。みすみす利益になるものを手放すことは出来ない。
下手すれば国内で紛争が起こってしまう。
また、聖女が他国へと亡命したり、他国と結託するようであれば、戦争へと発展する可能性も考えられた。
協調性のない、常識のない聖女は頭痛の種だった。
サーナ嬢が精霊姫でなかったことがせめてもの救いだろう。
精霊姫は世界が統一出来るほどの存在なのだ。
逆に対抗馬として常識を持った精霊姫が現れて、サーナ嬢の暴走を止めてほしいくらいだった。
精霊姫なんて、千年に一度現れるかどうかの伝説級の存在だから、無理だろうが……。
「……だから、ロックフォードは好きにさせているのか?」
「いいえ。違います。」
「は?」
聖女を国につなぎとめるためのポーズとして、婚約破棄や王宮内での自由を許したという訳ではないのか!?
「サーナ嬢に一目ぼれし、娘からサーナ嬢に乗り換えた結果、婚約破棄に乗り出しました。婚約破棄後はサーナ嬢に溺れ、ただひたすらにサーナ嬢の願いを叶えていらっしゃるご様子。止めるそぶりも、利用するそぶりも一切見受けられません。……王太子自ら望んでの言いなりなのでしょう。元から少々アレな子でしたし。」
「そ、そんな……。」
「…実に申し訳ない……!」
「いえ、もう言っても無駄でしょう。それに、王太子……ロックフォード殿下の御心を繋ぎ止められなかったという点では、うちの娘にも少しだけ非はありますので。まぁ、聖女が王太子を狙った時点で意味をなしませんがね。」
「だとしても…言いなりは……。」
「この国は…民は一体どうなってしまうというんだ……。」
国王夫妻は絶望し、頭を抱えた。
「陛下。彼らはかなり悪どい事をしている様子が見受けられます。聖女自体がなかなかに性格がひん曲がっておいでです。今後も生きていたいと…いえ、国民の為を思うのであれば、聖女の性格を見極めて、上手くいなす事も必要になるかと思います。」
ルイスは懐から丸めた羊皮紙を取り出した。筒状…巻物のようになっており、紐とシーリングスタンプで留められている。
ルイスは陛下に差し出す。
「…これは?」
陛下は受け取り、ルイスに質問した。
ルイスは口を開く。
「これは聖女の学校での様子、そしてこの1ヶ月間にやったことと、言動から読み取れる性格分析です。どうぞ、有益にお使いください。」
「!!」
国王夫婦にとって今一番欲しい情報だった。
本当に、この男はやってくれる!!
「この後、あの2人が陛下たちのご帰還を聞きつけ、やってくるでしょう。…私の裏の使用人からは、国王夫婦を幽閉するという不穏なワードを聞いております。どうか上手く立ち回られますよう、お祈り申し上げます。」
「――!!」
「わかった。ありがとう。有効活用させてもらう。」
「では、失礼します。」
ルイスは国王の居室から退室する。
現在、ルイスの立場がかなり悪いため、長居するわけにはいかなかったのだ。
見張りを頼んでいた者たちと、情報統制に当たっていた者たち――自家の裏の使用人を回収し、何事もなかったかのように帰宅した。
一方その頃。
国王夫婦はため息をついた。
急いで羊皮紙を広げ、2人で中身を読み込む。
相手は聖女だ。こちらが出来ることは少ない。
聖女が善人である場合はここまで気にする必要は無い。善政を敷き、聖女を不当に扱わないよう、また他国につけいられぬよう注意すればいい。
だが、悪人だった場合はどうにか頭を使って、上手く生き延びるしか方法がなかった。
状況は最悪だった。
30分後、国王夫妻が戻ってきたと聞きつけた王子とサーナがやってきた。
「父上、母上。入ります。」
扉を開けたのは王太子であるロックフォード。傍にはサーナ嬢を侍らせていた。
サーナ嬢は深紅のドレスに身を包み、大粒の豪華な宝石で自身を飾り立てていた。
頭上には重そうなティアラを乗せている。
――まぁ、なんて品のない……。
王妃はそう思ったが、顔と口には出さないでおく。相手は腐っても聖女だ。
「ただいま帰った。ロックフォード、そちらの方は?わしははじめて見るのだが。」
「こちらは聖女のサーナ・ヒマリス嬢…私の妻で、この国の王妃です。」
ほう?
国王と王妃がここに居るのに、その小娘が王妃か?
では、ロックフォード……お前は何なんだ?
言いたいことを飲み込み、幾ばくか緩和して発言する。
「…そうか。未来の王妃よ、はじめまして。わしがこの国の国王、隣がこの国の王妃だ。」
「はじめまして。聖女様。」
感情を消し、穏やかな笑みを作り挨拶する。
サーナは満足そうに笑った。ロックフォードも満足そうにしている。
全く持って意味は通じていなさそうだ。
こんな頭脳で国を乗っ取っているとは。嘆かわしい。
国王夫妻はロックフォードとサーナの言葉を待つが、先ほどの宣言通り嫌な予感がぬぐい切れない。
そして、それは現実となった。
「さて、この国の王は私――ロックフォード・フォン・ローゼリアだ!そして、王妃はサーナ・ヒマリス!……父上と母上には王位からご退場願おう。」
「……ご退場。随分と物騒だな?ロックフォード…。」
国王夫妻の目は冷え切っている。
だが、ロックフォードとサーナはそんなことは気にしない。
「何も父上たちを殺すなんてことはしないさ。退いて、隠居してもらうだけだ。――この国は、私たちのものだ!」
堂々とドヤ顔で宣言するロックフォード、その様子に嬉しそうに笑顔で頷くサーナ。
2人は現実が見えていないんだろう。嘆かわしい。
国王夫妻は全てを飲み込み、従うしかなかった。
宣言通り、ロックフォードは国王夫妻を軟禁した。
国王夫妻が公の場に姿を現したのは、この後1度だけ。
約6ヶ月後のロックフォードとサーナの結婚式での引退宣言が最後となる。
サーナはゲームクリアを疑っていなかった。
それには、ゲームの通りに内政ができたことが大きかっただろう。
……大きな落とし穴に気付きもせずに。
---------------
ヒースクリフ・エンシェスはリリステア家所有の王都の屋敷に赴いていた。
リリィリリアの訃報を聞き、せめて花を手向けようと思ったのだ。
ヒースクリフはリリィリリアが好きだった。
だが、王太子の婚約者に選ばれたこともあり、諦めた。
それなのに、このザマである。
罪を着せて殺された、リリィリリアの分をし返してやりたい。
だが、相手は聖女。手が出せない。
行き場のない怒りが心の中を渦巻いていた。
室内に通され、リリィリリアの父であるルイスに会う。彼も喪服を着ていた。
向かい合い、ソファに座る。
――彼は実の娘を見捨てた。
相手は聖女だ。そうするしかないのは分かる。
だが…何で守ってくれなかった?
ヒースクリフの目からは涙が溢れてくる。
ヒースクリフは感情がぐちゃぐちゃになっていた。
一方、ルイスはヒースクリフの絶望っぷりを見て、腹をくくった。
――この男に託すか
ルイスはヒースクリフに真相を伝えることにした。
「リリィリリアが……生きて、る……?本当に……?」
「ああ。」
「あ、……ああぁ……あぁっ!!」
「誰にも言うな。そして、娘の正体を…生きていると悟られないでくれ。――娘を殺したくはない。」
「わかり、ました……。俺も、あなたの領地に向かっても良いですか。」
「約束を守ってくれるなら。」
「――はい!」
ヒースクリフは涙をぬぐい、真剣なまなざしで返答する。
――生きていてくれてよかった。…そして、またリリィリリアに会える!
ヒースクリフは即座にリリィリリアを追ってリリステア家の所有する領地へと向かった。