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08 好き

 彼女と別れても、そんなことはお構いなしに日常はやって来る。

 周りは僕に何か起こったかは関係ない。

 当たり前の現実だけが僕の目の前にある。


 僕は彼女と別れたといってもすぐにあゆさんに思いを伝えられずにいた。

 思いの他、僕にはダメージが残っていた。

 絵里を傷つけたこと、そして自分自身の身勝手さに……。

 もっと自分に自信を持ちたくて仕事に夢中になってた。


   ◇   ◇   ◇


 彼女と別れてからしばらく月日が経っていた。

 僕のダメージの痛みもそろそろ癒えてきた頃だった。

 会社上がりがあゆさんと偶然一緒になった。


「あゆさん、夕飯でも食べに行きませんか?」


「夕飯? あ、でも彼女さんに悪いし……」


「あー、それなら大丈夫ですよ」


「どうして?」


「俺、別れちゃったんで」


 僕のその言葉にあゆさんは驚いてた。


「そうなの?」


「はい、そうです」


「そっか。よし! それじゃあ、振られて可愛そうな鈴木君に、今日は私がご馳走してあげよう」


「マジすか?」


「うん! 行こう」


「はい、行きましょう」


 振られた前提なのはさて置き、少し余所余所しかった態度はもうなかった。

 前と同じように自然と会話が出来てたと僕は感じてた。

 あゆさんの彼女への気づかいが消えたせいなのだろうか。

 久しぶりにあゆさんと一緒の時間。

 止まりかけた時間が少しづつ動き始めたような気がした。


 ご飯食べるのものんびりなあゆさん。

 僕が一口で食べる大きさもあゆさんは二つに割る。

 さしてさらに二つに割って四分割に。

 それを小さな口でゆっくり食べる。


「ごめんね。食べるの遅くって」


「平気ですよ」


「私、ノロマだから」


「気にしないでいいですよ」


 先に食べ終わる僕を気にしてあゆさんなりに急いで食べる。

 そんなほんわかした時間を僕なりに楽しむ。


 最初の頃はいつ告白しようか、そんなことばかり考えていた。

 いつの間にか頭になくなっていた。

 何故だろう?

 あゆさんとの時間はただ楽しく過ごしたい。

 そう思いたかったが実際は違うのだろう。

 僕はただ振られるのが怖かっただけだ。

 それならいっそのこと、このままの関係でもいいとすら思っていた。


 いつの間にか僕は臆病な人間になっていた。

 絵里との別れが僕を恋愛に対して臆病な人間にしてしまってた。

 別れによる終わりの悲しみを知ってしまったから始まりが怖くなった。


 あんなに好きだった絵里とも別れることになってしまった。

 あゆさんとも例え付き合えたとしてもどうなるか分からない。

 そんな考えが頭にちらついて告白する勇気がなくなってしまった。


   ◇   ◇   ◇


 土曜日の夜にあゆさんと呑みに行く機会があった。

 ご飯というよりは居酒屋で飲みながら。

 あゆさんと二人きりで呑むのは始めてだ。


 お酒も入ると話も盛り上がり、あゆさんはいつもより明るい感じに見えた。

 僕もいつもよりテンションが上がる。

 確かにお酒のせいもあったけどあゆさんといるのが楽しいからが一番の理由だろう。

 この日は楽しくて楽しくて仕方なかった。


 あゆさんはお酒を飲んだ後は酔いを冷ましながら歩くのが好きだという。

 もちろんこの日も飲んだ後は酔い冷ましの散歩。

 もちろん僕もお供する。

 ほろ酔い気分の二人でゆっくり歩いてく。


 まだ真夜中というには程遠い時間帯だ。

 週末ということもあって、まだ人がまばらに行き来してた。

 酔っ払ってうるさい人、恋人同士、友達同士、いろんな人が歩いてた。

 そんな中を僕はあゆさんと並んで歩いてた。


「今日は楽しかったね」


「はい、楽しかったです」


「今度は何処に行こうか? そうだ! 私ね、行きたい所あるんだ」


「マジですか? 行きましょうよ」


 歩きながらの会話でも僕とあゆさんは盛り上がってた。

 話題はいつの間にか僕の別れた彼女の話になっていた。


「鈴木君はいい人なのに、何で振られたの?」

 

 あゆさんが酔った勢いなのか、僕に突っ込んで聞いてくる。


「あ、ごめん。触れちゃいけないことだった?」


「いや、もう平気です。それに、振られたんじゃなくて、振ったんですよ」


「えー、そうだったの?」


「はい」


 僕は苦笑いを浮かべてた。

 僕の態度で少なからず、あゆさんには気持ちが悟られてると思っていたからだ。

 本当に鈍感な人なんだ。

 笑えてきてしまう。


「そっか、そっかー。じゃあ、何で別れちゃったのよー?」


 今日は何だか口数も多い。


「そうだな。別れた理由か……」


 僕はまた苦笑いでその場を誤魔化す。

 あゆさんはどんな理由か興味深そうにしてた。


 別れた理由。

 僕はあゆさんに向けて語り始めた。


「別れた理由って単純なことかもしれないんだけど」


「うん」


「んとですね」


「うん、うん」


 そんなに興味深く話しに食いつかれると何だか恥ずかしい。


「俺があゆさんに惚れてて、あゆさんと一緒にいたいって思ったからですよ」


 その場の雰囲気が僕にその言葉を言わせてた。

 一緒にいて、やはりあゆさんを離したくないと思っていた。

 全く気づいてないあゆさんには、はっきり言わないと伝わらないと思ったのかもしれない。

 僕は思いがけず、あゆさんへの気持ちを伝えてしまった。


「……」


 あんなに言えなかった告白。

 僕は意外にもあっさり言っていた。


「……ホレ? ……えっ! ほ、惚れてって!?」


 あゆさんが驚いたのはずいぶんと歩いた後だった。


「遅っ! あゆさん遅いって」


「あ、あの、そうじゃなくて。あの、鈴木君!?」


 あゆさんは立ち止まってしまった。

 真っ赤になった顔。

 両手をジタバタさせながら細かく動かし、身振り手振りあたふたした様子だった。


「好きなんです。あゆさんのことが……」


「……」


 もう一回、今度ははっきり言うとあゆさんのあたふたした動きが一気に止まった。

 下を向いて俯いてしまった。


「……わ……わわ私も」


 顔を上げるとあゆさんも僕の方を向いてそう言ってくれた。


「私も鈴木君のことが好き」


「本当?」


 あゆさんは首を大きく縦に振り、頷いてくれた。

 あゆさんの気持ちも僕と一緒だった。


「俺と付き合ってくれますか?」


「……はい」


 僕もあゆさんも満面の笑顔になっていた。

 僕らは再び歩き出す。


「実はね、ずっと前からこうならないかなって思ってたんだ」


「そうだったの?」


「彼女と別れたって聞いた時も、私ってば実は“やったー”って思っちゃった。嫌な性格」


 あゆさんの一言一言が嬉しい。


「告白しようと思った時何回もあったんだけど言えなかったんだ」


「それは俺も。振られたらどうしようとか思うと勇気出なくて」


「私も同じ」


「もっと早く言ってれば良かった?」


「あはは。今思うとそうだね」


 しばらく今までどんな気持ちだったかを話し合う。

 行き交う人を避けながら歩く僕とあゆさん。

 ぶつかりそうになるあゆさんが心配な僕はあゆさんに手を差し出した。

 一瞬戸惑った表情にも見えたが、差し出す手に照れ臭そうに応じる。


「ちょっと恥ずかしいね」


 僕の手とあゆさんの手が初めてつながった。


「私ってね、男の人と付き合ったことないの」


「そうだったよね。前にも聞いたけど」


「だから付き合うって、どうしていいかよく分からないんだ」


「そんな深く考えることないよ。今まで通りでいいと思うけど?」


「そっか。そうだよね?」


 返事した後、あゆさんは笑ってた。


「何かおかしいこと言った?」


「ううん。ただ嬉しいだけ」


 僕の手を握るあゆさんの力が強くなった。


「4つも年上なんだよね、私」


「そんなの気にならないですよ。だいたい、あゆさんの方が子供っぽいし」


「あー、確かに……って、今のひどーい」


「冗談、冗談。怒らないでよ」


 僕の不安を他所にあゆさんとは両想いだった。

 お互いの性格の問題でなかなか思いを伝えられずにいたみたいだ。

 二人共、何となく惹かれ合ってるのは気づいてたはずなのに……。

 しかし、それも今となれば関係ない。

 気持ちが通じたことで僕もあゆさんも喜びと幸せでいっぱいだった。

 こうして僕とあゆさんは付き合うことになった。

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