06 隠してた気持ち
あゆさんに彼女の存在が知られてから近づいたと思った距離が離れた気がした。
あゆさんの態度が変わった訳ではない。
しかし、ラインや雑談をするのが減ったのが僕にそう思わせる。
それはあゆさんが少なからず僕を意識してくれてた、と取れるような気もしてた。
それからしばらくして会社の飲み会があった。
飲み会のドサクサに紛れて、酒の力を借りてあゆさんと会話したいと思っていたがそうも上手くはいかない。
逆に話す機会などなく終わってしまった。
飲み会が終わり、解散することになったがタクシー待ちをする皆を余所目にあゆさんの姿が見えないのに気づいた。
側にいた皆に聞くとあゆさんは歩いて帰ってしまったらしい。
チャンスはまだ残ってる。
僕はあゆさんを探しに近くを歩いてみた。
「あゆさーん!」
「あ、鈴木君? どうしたの?」
「探してました、あゆさんを」
そのままあゆさんの隣を一緒に歩き始めた。
「歩いて帰れる距離なんですか?」
「ううん。ちょっと歩いて酔い冷まそうと思ってね。時々こうしてるの。好きなんだ」
「そうなんだ」
「……」
「……」
なかなか会話が続かない。
出会った頃に戻ったようだ。
「ねえ? 鈴木君の彼女ってどんな人?」
「え? 彼女……ですか?」
あゆさんの意外な問いに僕は驚いた。
「ねぇねぇ? どんな人なの? 教えてよ」
酒が入ってるせいか、いつもよりあゆさんが強引に見えた。
「同級生です、高校の時の」
「へ〜、そうなんだ」
「ずっと友達みたいな奴だったんですけどね」
あゆさんに彼女のことを話すのは抵抗があった。
しかし、いざ話してみるとスラスラ話せてしまう自分がいた。
「ずっとつるんでた仲間で彼氏彼女がいないのが、俺とそいつだけになって……」
「ふ〜ん。それで付き合うことになったんだ」
「そうですね」
「好きだったの? その時って?」
あゆさんの突っ込みが意外と来る。
だが、僕は正直に話していた。
「一緒にいるのが、楽っていうか……安心するっていうか……そんな感じでしたね」
「おおー、言うね〜」
「前の会社辞めた時も助けてくれたし、俺のこと一番理解してくれてる奴です」
「ラブラブなんだ」
「いやいや、そうでもないですよ。いつもケンカばかりで」
「ケンカする程仲がいい。そう言うじゃない?」
いつもにも増してあゆさんは饒舌だ。
僕も彼女のことをあゆさんにそんなに事細かく言わなくていいのに話してた。
酒のせいなのか、僕自身よく分からなかった。
「大切にしなきゃね。その彼女さん」
「……そうですね。あゆさんにはいないんですか?」
「私? いないよー。いる訳ないじゃない」
「あゆさんいい人だから、きっといい人見つかると思うんだけど……」
「ふふふ。その言葉だけでも嬉しい。ありがとう。あ、そろそろタクシー拾うから」
僕はあゆさんがタクシーに乗るまで見送った。
一人になってから、そのまま少し散歩しながら考えてた。
あゆさんのことを……。
もし彼女がいなかったら、もっと素直にあゆさんのことを好きになってたかもしれない。
そんなことばかり考えていた。
そしてもう一つ。
さっき彼女のことをあゆさんに話した理由だ。
あゆさんのことは確かに気になってた。
だが、僕には大切な彼女がいる。
僕はそのことをあゆさんだけではなく自分自身に言い聞かせるようにしてたんだと思う。
◇ ◇ ◇
それから数日後のことだって。
夕方のお茶の時間は仕事の話もするが雑談やくだらない話がメインだ。
そんな中、珍しく僕の話題が持ち上がった。
「そう言えばさ、鈴木君。この間見たよ」
「何がですか?」
「女の子とご飯食べてる所。あれって彼女だろ?」
この手の話題はすぐに皆は食いついてくる。
僕としては、自分のこういう話題を出されると困ってしまう。
彼女の存在はプライベートで会社の人達にまで突っ込まれたくないのが心情だ。
そして、今は何より話の内容をあゆさんに聞かれるのが嫌だった。
横目であゆさんの方を見ると皆と一緒になって笑ってる姿が目に入った。
この間の飲み会の帰りに話したせいか、あゆさんには驚くことでもなかったと思う。
それでも僕の彼女の話しを聞いても何とも思ってないのだろうか。
そう考えると少し寂しい気分にもなった。
あゆさんも少なからず僕に好意を抱いててくれてると勝手に思ってたせいだろう。
お茶の時間が終わると皆が席を立って仕事に戻る。
僕も仕事があったが、あゆさんの後を追いかけるように席を立った。
「あゆさんも資料室に?」
「うん、そう」
「俺もそっちに用あるんですよ」
「そうなんだ」
いつになく素っ気ない感じもしたが気にもしなかった。
資料室に入ってからも僕はいつものように話しかけてたがあゆさんの反応はやはり鈍かった。
「――なんだって。笑っちゃうよね? あの、あゆさん?」
「え? あ、ごめん。何?」
「あ、そう。いや、大したことじゃないからいいんだけど」
あゆさんはなかなか顔も合わせてくれなかった。
以前ならこんなことぐらい何でもなかったかもしれない。
あゆさんも仕事をして忙しい時もある。
だから当然だ。
だが、今はちょっと違っていた。
少しでも僕に興味を持って欲しいと思う気持ちがあった。
「今度またどこか行きませんか?」
僕はあゆさんと仲が悪くなるのは嫌だった。
ちょっと前のように仲良く、少なくても普通に接したいと思ってた。
「だめだよー。彼女さんに悪いじゃない」
あゆさんには即答して断られる。
「そんなことないよ。いいじゃん、遊びに行くぐらい」
あゆさんは苦笑いを浮かべていたが、神妙な顔つきになった。
「鈴木君、もし……もしね?」
考えながら話す姿は僕を気づかってのことなのだろう。
「私に彼氏がいて、その人が友達だからって他の女の人と二人で出掛けたら、それはやっぱり嫌だなって思う」
「それは……」
「だから、私には出来ないってことなの。自分がされて嫌なことはしたくないの」
真面目で純情なあゆさんらしい返事に、僕は何も言えなくなった。
「だからごめんね。」
あゆさんは申し訳なさそうに謝ってきた。
「だいたい、何で私なんか誘うのよ」
最後は苦笑気味に困った顔だった。
――何故僕があゆさんを誘いたい?
そんなの考えるまでもない。
僕はあゆさんのことが好きなんだから。
好きな人と一緒にいたいと思うのは当然のことだ。
誤魔化してた自分の気持ちを僕はようやく自覚した。
あゆさんと一緒にいたいと心から思っていた自分の気持ちを抑えられなくなっていた。