02 お花見
会社のお花見と新入社員の歓迎会が一緒に行われることになった。
中途採用の僕もついでに歓迎される側に回ることになっている。
新卒の連中よりは年の功というものだ。
いささか気が利く僕は進んで場所取りを買って出た。
予定の時間より早めに行って一人で待つのは思ったより大変だ。
河原の近くの桜並木の公園。
周りにも週末のせいかお花見の人が増えていて、そんな様子を時間潰しに見ながら時間が過ぎるのを待った。
皆が集まると早速宴会が始る。
席順はくじ引きで決めるらしい。
僕の隣はあゆさんになった。
気まずいと思ったのは予想通りで人見知りのあゆさんとの会話は全く弾まなかった。
「どうぞ」
「あ、すいません。あの、私も」
「あ、どうもありがとうございます」
酒の注ぎ方でもぎこちない。
話題に困った僕は無理に会話することなく、夜桜見上げながら飲んでいた。
ふと見るとあゆさんは周りの皆に酒注ぎに回っている。
そこでも注ぎ過ぎだ、零した、などと大騒ぎ。
ご返盃されて逆に飲まされる方が多いようだ。
そんなあゆさんの姿が面白くて、いつの間にか僕の酒の肴になっていた。
新入社員と変わらない僕も思い出したように皆の酒注ぎと挨拶周りに勤しむ。
もちろん僕もご返盃で飲まされたことは言うまでもない。
自分の席へ戻る頃にはほろ酔い気分になっていた。
「お酒強いんですね」
「え? ああ、そうでもないですよ。藤本さんの方が強いじゃないですか?」
「私、お酒好きなんです」
「そうなんだ」
初めて気を使わずにあゆさんと話せたような気がした。
酒の力がなければこうもうまく話せなかったろう。
「あれれ? 何処いったかな?」
「どうかしましたか?」
「いや〜、スマホどっかいっちゃって」
「それは大変ですね。あ、そうだ! ちょっと待って下さいね」
あゆさんは鞄から手帳を出すと折り畳まった紙を広げた。
「何ですか? それは?」
「社員名簿です。えーっと、鈴木君、鈴木君……あった」
確認すると、自分のスマホを取り出して電話を掛け始めた。
程なくするとすぐ近くで聞き慣れたスマホの着信音が鳴り出した。
「あ、そこにあったんだ」
「ありましたか?」
聞いてた噂と違って几帳面でしっかりしてると僕は感心した。
感心したのだが……。
「あれ?」
「え?」
僕のスマホはあゆさんが置いた上着の下から出て来た。
「す、すすすいません! 犯人は私だったみたいです」
「どうやらそうみたいですね」
皆が言うおっちょこちょいを目の当りにした。
しかし、誤魔化すことなく申し訳なさそうな笑顔は愛嬌があってどうにも憎めない。
その後、再び酒を呑んでくとトイレに行きたくなった僕は場所が解らずあゆさんに聞いてみた。
身振り手振りで場所を教えるあゆさんだが、どうにも僕には伝わって来ない。
「私も一緒に行きましょうか?」
「いいですよ、どうにかなるでしょうから」
「私の説明で迷子になっても困ります」
「あ、いや、そんなつもりじゃなかったんですけど……」
「いえいえ、私も行きたかっただけですから」
男女で連れションとは、これまたおかしな感覚だ。
周りには宴会して騒いでる人達がたくさんいた。
ライトが照らされて桜が光ってるように見えて凄く綺麗だった。
そんな中を僕はあゆさんと歩いていた。
やっぱりというか、思った通り歩くスピードも遅い。
反対から歩いてくる人にも何度もぶつかりそうになっていた。
トイレの近くに行くと行列が出来ていた。
一つしかないトイレは週末で集まった花見の人でいっぱいだった。
男性用と女性用。
二手に分かれて並んでいたが、どうやら男性の方が圧倒的多い。
「先戻ってて下さいね」
「はい、分かりました」
長蛇の列に並び、ようやくトイレを済まして外に出る。
先に戻っていいと言ったはずだったが、あゆさんは一人空を眺めながら佇んでいた。
僕を待っていてくれたのだろう。
何をしてるのか、最初は遠くから見ても分からなかった。
空から舞い散る桜の花びらを両手を広げて掴もうとしていた。
だが、ヒラヒラと不規則に落ちる花びらが取れず、何度も手をバタバタとさせて藻掻いてる。
ようやく掴めた花びらを見て笑みを浮かべていた。
その仕草が子供のような無邪気な姿に見えて僕は思わず笑ってしまった。
「待っててくれたんですね」
「あ、はい」
「すいません。お待たせしちゃって。でも、何で?」
「帰り道分からなくなって、鈴木君が戻って来れなくなったら大変だなーって思いまして」
僕は大人だ。
さすがにそんなことはないだろう。
それでも、そんな風に心配して気づかってくれた優しさが嬉しかった。
「戻りましょうか?」
「はい」
こんなにあゆさんと話しが出来るとは正直思ってもなかった。
話してみると、もちろんいい人だということが分かる。
おっちょこちょいな所も目の当たりにした。
桜の花びらとの戯れでとても純情な女性なのだと僕は感じた。
宴会場に戻るとすでに二次会の話題になっていた。
僕は当然参加したがあゆさんは疲れたようで不参加。
本当はもう少しあゆさんと話しがしたかったと思ってただけにちょっと残念な気分だった。
◇ ◇ ◇
ニ次会も終わり家に帰宅する頃にはもう深夜。
ふとスマホを見ると不在着信が一件あったのに気づいた。
登録されてない番号だった。
どうせ迷惑電話だろうとも思ったが少し考えるとすぐに誰の番号か分かった。
お花見の時、僕のスマホを探す為鳴らしたあゆさんの番号だと気づいた。
あれから数時間程経っていたが、僕は何気にリダイヤルを押してみた。
電源を切ってたら仕方がない。
三回鳴らして出ない時はすぐ切ろうと思ってた。
電話は繋がった。
一回、二回、そして予定の三回目が鳴ろうとした瞬間だった。
「……もしもし?」
「あ、ごめんなさい。寝てたんじゃないですか? あの、鈴木です」
「鈴木君? あ〜、誰かと思った」
電話には不審がり、相手が僕だったことには少々驚いていた。
「知らない番号だから、びっくりしちゃった」
「知らない番号なら、簡単に出ない方がいいんじゃない?」
「あ、そっか。それもそうだよね」
あゆさんのそんな所に僕は笑ってしまった。
僕の笑い声は電話の向こうのあゆさんにも届いていただろう。
「だって電源切ろうと思ってスマホ持ったら鳴るんだもん」
「あ、寝るとこだったんだ。すいません」
「平気ですよ。二次会終わったんですね」
「そうそう。終わったんです。俺ももう家です」
それからあゆさんと二次会の話や会社の人の話しで盛り上がってしまった。
話題が途切れることなく、延々と続く会話。
「鈴木君ってクールで怖い人かと思ってました」
「そう? そんなことないと思うけどなぁ」
「私、人見知りだから」
「そんなの見てれば分かるよ」
「え? そうなの?」
あゆさんはどうやら天然の素質もあるらしい。
「何で俺がクールな訳?」
「う〜ん、話ししないで桜見ながらお酒飲んでたりしてさ」
「あれは話す人いなくて」
「私が話しかけようと思っても、話しかけるなオーラ出てたよ」
「えぇ〜、参ったな。そんなオーラ出してたつもりなかったんだけど」
何処かホノボノとした会話が続いていた。
「藤本さんは優しいじゃん」
「何言ってるんですか? それで? どこが?」
褒めると意外とノリノリだ。
「トイレ行った時、わざわざ待てってくれたでしょ」
「それが何で? そんなことで優しいとか言うのおかしいよ」
さりげない優しさだったと思う。
でも、当のあゆさんはそんなに深くは考えてなかったようだ。
あゆさんとの話題は尽きなかった。
「桜、綺麗だったよね」
「ああ、そうだね」
「今年のお花見は鈴木君と仲良くなれたからいいや」
あゆさんは嬉しいことを言ってくれる。
「藤本さんはさ――」
「ちょっと待って」
話し始めようと思った時、あゆさんが僕の言葉を止めた。
「ずっと思ってたんだけど、藤本さんって言い方堅苦しいよ」
「あ、でも俺年下だし」
「そんなの関係ないよ。みんなと同じ呼び方でいいよ」
「あゆさんでってこと?」
「うん、そう」
「はい、分かりました。じゃあ、これからはあゆさんって呼びますよ」
「うん、うん♪ その方がいい」
いつの間にやら電話は一時間を越えていた。
「あー、もうこんな時間だ」
「そうですね。そろそろ切りましょうか」
「うん、そうだね。ところで何の用事だったの?」
「いや、何だったんでしょうね?」
最後に二人で大笑いした。
「おやすみなさい、あゆさん」
「うん。おやすみ、鈴木君。」
用事もないのにこんなに長く電話してたことに驚いてた。
しかも楽しくて、あっという間に時間が過ぎてたことに不思議な感じがしていた。
偶然ながらも僕はあゆさんと仲良くなれたことがちょっぴり嬉しかった。