19 恋愛交差点
次の日から週末。
同級生の結婚式があり、二次会の出席の為、久々に実家に帰っていた。
あゆさんには何度も電話したが出てくれない。
ラインも送るが華麗なる既読スルー。
少し経てば落ち着くだろうと思い、気には止めつつ放おっておくことにした。
お互い頭を冷やすには時間が必要だろう。
いくら考えてもあゆさんの怒った理由がおぼろげにしか理解出来なかった。
夕方になってから二次会に向かう。
久々会う面々と懐かしい話しに華が咲く。
それでも心の奥ではあゆさんのことが気になってる自分がいた。
そんな中、遠くで気になる人物を見つけた。
高校の同級生の集まりだ。
もちろんいるだろうと思ってた。
元彼女の絵里だ。
大袈裟だが、もう二度と話すことなどないと思っていた。
向こうもきっとそうだろう。
二次会も盛り上がれば、人がごちゃごちゃに入り乱れてくる。
僕は時折、絵里の方に目を向けてしまっていた。
その内、不意に絵里と目が合う。
僕はすぐに目を反らしてしまった。
もう一度見る。
すると絵里はまだこっちを見てた。
絵里はそんな僕の様子に笑みを零す。
立ち上がって僕の方に真っ直ぐ歩いて来た。
「よっ!」
あまりにも普通に挨拶してきたことに、逆に驚いてしまった。
「久しぶりって挨拶も変だね。隣いい?」
「ああ」
別れてから初めて絵里と言葉を交わしたことになる。
「祐はやっぱりビールしか飲めないの?」
「焼酎とかウイスキーは、どうも苦手で……」
「何?」
「いや、何でもない」
僕のわがままで、あんな別れ方をしてしまった。
謝りたいと思う気持ちは否めない。
「絵里、あの時さ――」
「よしてよ。いいじゃん、もう」
絵里にとっても僕とのことは、すでに昔の思い出になってたんだろうか。
「ずっと前にスーパーの所ですれ違った時の人でしょ? 好きだって言ってた人。付き合ってんの?」
「……ああ」
「ふ〜ん、なるほどねぇ」
「何だよ」
絵里の怪しい含み笑い。
何故だろう?
絵里には僕のすべてを見透かされてるような感じがしてしまうんだ。
少しの間久しぶりに二人で酒を飲み交わしていた。
「仕事の方は?」
「順調だよ」
「絵里は彼氏出来た?」
「私? 普通そういうこと元彼女に聞く?」
「……ごめん」
「すぐ謝る所も変わってないね。彼氏はいないよ。祐よりいい人なんてなかなか見つからなくって……。な〜んてね」
絵里は昔と変わってない。
何故か落ち着く所は、こうして気兼ねなく話せるからなのだろう。
何より僕の性格を熟知してる。
「そういうさ、人のことでも自分のように考える所、止めた方がいいよ」
「そうか?」
「うん。でも、懐かしい。そういう祐は上手くいってるの? 彼女と」
「俺? う〜ん……うん」
「何その返事?」
「ちょっと今ケンカ中」
酒が入ったせいで僕は饒舌になっていたのだろう。
言わなくてもいい今の自分の話しを絵里に全部話していた。
本当は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「悪い。愚痴みたいなっちゃって……」
「ホントそう。何で元彼女の私が今の彼女相手の愚痴聞かされなきゃなんないのよ」
呆れてはいるものの、絵里は黙って聞いてくれてた。
「祐の彼女ってさ、大変なんだよ」
「何だよ、それ」
「誰にでも優し過ぎる所あるんだもん。優しい、じゃなくて優し過ぎる」
「そんなことねーよ」
「ほらね。自覚症状がない所が厄介なのよね」
絵里も酒のせいで口も滑らかだ。
そして、僕自身が分からない部分を的確に突いてくる。
「誰にでも優しい祐のこと見てると辛くなる時あるよ。特に異性相手にね」
「だから、そんなことは――」
「自分にだけに優しくして欲しいとか思う時あるもん」
「だったら言ってくれればいいじゃん」
「言えないんだな、これが。そんでさ、私だけに優しくして〜、なんて言ったって祐は分かんないと思う」
絵里も付き合ってる時そんなことを思っていたのだろうか。
知らなかった。
いや、気づかなかった。
「やっぱり不安になるよ。彼女だったらね」
「……」
「言えないでさ、溜め込んだら……いつかは爆発しちゃうよ」
「……」
「私は弱い所見せたくない質だからだけど、きっとバーンって爆発しちゃったんだよ。まあ、経験者の私だから言えるのかな。あはは」
僕は途中から何も言えず、ただ絵里の話を聞いていた。
あゆさんがどんな気持ちで僕が工藤にしたことを見てたのか考えてた。
彼女の前で彼女以外の人と仲良い姿は見てて気持ちいいはずはない。
しかも引っ込み事案なあゆさんなら尚更そうだ。
きっとそんなことも言えずに自分の中に溜め込んでしまうぐらい、ちょっと考えれば分かるはずだったのに……。
あゆさんの気持ちを全く理解しようとしなかった自分が情けない。
絵里に言われてようやく僕の悪かった部分を諭された気がした。
「それにさ、聞いてると彼女じゃない方だってさ、勘違いしちゃうよ」
「何がだよ」
「祐だって全く気づいてないって訳じゃないでしょ?」
「そんなことは……」
工藤がもしかして僕のことを?
以前も考えたことはあったが、今も思い当たる節はなくもない。
「気のない女子に、そんなに優しくしたらダメだよ」
「いや、俺は別に……」
「届かないって思っても、もしかしてって思っちゃうもん。優しさが人を傷つけることだってあるんだよ」
絵里の一言一言が身に染みていた。
工藤に見せた僕の優しさが、逆に傷つけることにもなっていたのだろうか。
「祐はそういう所が鈍感だったからな」
「悪かったな」
「あはは。いいよ、私のことはもう終わったんだし」
二次会が終わろうとしてた。
途中から、ほとんど絵里との話しだけになってしまった。
「今日は話し出来て……良かった」
「そうだね。実はもう一生話すこと出来ないっても思った時もあったんだ」
「俺も」
「でも、まさか恋愛の相談されるとは思ってなかったけど」
「……すまん」
絵里が語ったように言いたいことをぶつけ合えていたら、もしかしたら僕と絵里は今も上手く付き合えてただろうか?
“もしも”
“だったら”
“してれば”
そんなことは今考えても仕方ない。
絵里との話しで僕は自分の過ちに気づかされた。
今まであゆさんにどれだけ心配かけてたのだろう。
工藤にも中途半端な優しさで接してた。
自分の取った未熟な行動。
それを思い知らされた夜だった。