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17 異性間引力

 いよいよあゆさんの誕生日を明日に控えていた。

 一緒に祝える喜びを楽しみにしながら時間が経つのが待ち遠しい。

 そして、明日あゆさんが誕生日ということは、必然的に今日が工藤の誕生日だ。

 覚えなくてもいいことだが忘れられないのも確かだった。

 この日も朝から外回りに途中まで工藤と出掛けることになっていた。


「今日、誕生日だな。おめでとう」


「ありがとうございます。で、で♪」


「……いや、何もないよ」


「ちっ! な〜んだ」


 工藤には色々お世話になっている。

 わざわざプレゼントを渡す程でもないと思っていた。


「あゆさんはプレゼントくれたのにー」


「そりゃ良かったな。ん?」


 そんな工藤の話しも半分に聞きながら持ってたカバンの中を確認する。


「あ、いけね」


「どうかしたんですか?」


「忘れ物」


 持っていく書類を一部忘れたことに気づく。


「私取って来ますか? 丁度一旦戻らないといけなかったんで」


「そうか? 悪い、頼む。机の上に茶封筒あるはずなんだ」


「分かりました」


 僕は忘れ物を工藤に任せた。

 待つ間に、あろうことか時間潰しにパチンコに。

 ところが、こんな時間のない時に限ってフィーバー。

 思いもかけないお金が手に入ってしまった。

 ふと景品コーナーを見ると工藤が欲しがっていたヌイグルミが置いてあることに気づいた。


「……」


 一瞬迷ったがいつも世話になってる上、今も書類を取りに行ってもらっている。

 しかも今日は誕生日。


「まあ、いっか。どうせあぶく銭だしな」


 そう思って、この間のお礼と誕生日プレゼントの意味で工藤の為に取ってやることにした。

 工藤の喜んだ顔を思い浮かべると、僕はしてやったりの気分になってた。


 しかし、そんな工藤が一向に来ない。

 スマホに電話をしても、ラインに連絡を入れても全く返事がない。

 そろそろ仕事に支障が来ると思い、会社へ電話を入れてみた。


「あゆさん? あのさ、工藤戻ってない?」


「鈴木君! それがね、大変なの」

 

 工藤は会社へ戻る途中、バイクと接触して病院に運ばれたというのだった。

 僕は自分の責任を感じつつ、工藤が運ばれたという病院へ急いだ。


   ◇   ◇   ◇


「あ、鈴木さん」


「お前、平気なのか?」


「大したことないですよ。そんなに慌てなくても……」


 左折してきたバイクに横断歩道を走って渡った工藤が軽く接触したらしい。

 幸い怪我も大きくないが、大事を取って二、三日入院ということだった。


「心配しただろ」


「本当ですか?」


「当り前だろ。だいたい俺が頼んだばかりに……」


「それは違います。自分のせいにしないで下さい」


 しかし、それでも僕は自分の責任を感じてた。

 僕が自分で取りにさえ戻れば工藤は怪我せずに済んだかもしれない。


 ――カチャ……


「あ、こんにちは」


 病室にやって来たのは工藤の母親だった。

 自己紹介をして軽く会釈、僕が名前を告げると工藤の方を見て笑みを浮かべる。


「いつもすみませんね」


「……?……。いえいえ、私の方がお世話になってます」


「この子ねえ、そそっかしい所あるんですよ」


 確か工藤の両親は早くに離婚し、母親とずっと二人暮らし。

 そんなことを思い出した。


「鈴木さんのお話し、よく家でしてくるんですよ。仕事出来る人で尊敬してるって」


「ちょ、ちょっと! お母さん! 止めてよっ!」


 珍しく工藤が赤くなって照れていた。

 思わず僕も声を出して笑ってしまった。


「もう少し居てやって下さいね」


 そう言うと工藤の母親はまた席を外した。


「元気なお母さんだな」


「……あんなこと言ってませんから」


「うんうん。いやー、尊敬されてるとは思ってなかったなー」


「あー、もう止めて下さい。恥ずかしいです」


 しかしながら思ったより元気そうで僕は安心していた。


「もう戻らないとマズイんじゃないですか?」


「そうだな。そろそろ行ってみるよ。また後で来るから」


「はい。とんだ誕生日になってしまいました」


 その言葉でふと思い出す。

 驚いたせいか、すっかり工藤の誕生日の存在を忘れていた。


「そうそう、ほらこれ」


 僕はそう言ってさっき取ってきたヌイグルミを渡す。

 病室に入った時から持っていた大きな包みは不自然だったろう。


「これ、もしかして……」


「ああ、誕生日プレゼントだよ。日頃のお世話の分も入ってるけどな」


「こんな大きな袋だと、逆に何なのか……」


「おいおい」


 訝しながら工藤は包みを開ける。


「……これ?」


「そうそう。欲しいって言ってたやつだろ? 特別な」


 どうせ工藤のことだから素直に喜んだりしないだろう。

 ケチ付けられることを想定した上で、返しの用意をし突っ込みを待っていた。


「……嬉しい」


「へ?」


 意外な工藤の反応に戸惑ったのは僕の方だった。


「ありがとう……ございます。大切にします」


「え? あ、ああ」


 もちろん深い意味などないプレゼントだった。

 こんなに工藤が喜ぶとは思いもしなかった。

 はにかんだ笑みに、ちょっぴり照れたしおらしい態度。

 工藤のこんな表情や態度を見るのも初めてのことのような気がした。

 普段の元気で明るい工藤しか知らない僕はただ驚くだけだった。


   ◇   ◇   ◇


 仕事上がりに改めてあゆさんとお見舞いに向かった。


「だいたい鈴木さんのせいなんですよ! こんな目にあったの。あゆさんも怒って下さいよ」


「ひでーな」


「あははっ」


 その時はいつもの工藤に戻ってた。


「理沙ちゃん、大したことなくて良かったね」


「そうだな」


 明日はいよいよあゆさんの誕生日だ。

 なのに何故だろう。

 さっきの工藤の様子が心の片隅に引っかかっていた。

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