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14 嵐の夜に

「はぁ……」


「どうかしたんですか?」


 外回りで一緒になった工藤と話をしてた時だ。


「いや、あゆさんって純情すぎるよな」


「純情って……。あー、そうですね。今時珍しいですよ」


「だよな」


 そんな悩み相談というか、愚痴みたいな話を工藤にしてた。

 あゆさんとは順調に付き合っていた。

 適度にデートも重ね、恥ずかしがり屋のあゆさんだが時々はキスくらいはしてる。

 しかし、なかなかその先に進めなかった。

 一度キスした時にそれとなく胸に触れた時がある。


「ちょ、ちょっと、鈴木君……それはその……まだ……ご、ごめん……」


 そう言って跳ね除けされてしまった。

 嫌よ嫌よも、などどいう話はあるが、あの恥ずかしがりぶりを見ると尋常ではない。

 本当に嫌なのか、恥ずかしすぎるのか。

 だから無理やりには出来ない。

 それ以上先に進めずにいた理由だった。


「……たまってるんですか?」


「たまってって。バカか!」


 強ち嘘でもない工藤の突っ込みだったような気がした。


「なんなら私としてみます? 私、すっごいてすよ」


「……え?」


 一瞬止まってしまった。

 工藤を見ると呆れた目で僕を見てる。


「冗談ですよ。間に受けないで下さい」


「分かってるよ」


 やはり僕はたまってるのだろうか?


「少しぐらい強引に誘ってみたらどうです? って言っても、難しいですかね?」


「あゆさんに強引ってのもな」


「確かに。本気で怖がりそうですもんね」


 笑えない工藤の予想だ。

 だが、さすがに付き合いも長い。

 あゆさんの性格を熟知して、分析も的確だった。


   ◇   ◇   ◇


 週末になると時々ご飯を作りに来てくれる。

 買い物していつも得意料理を披露。

 ほのぼのとした時間は僕を何より癒してくれる。


 その週末もあゆさんはご飯を作りに来てくれることになった。

 一旦会社を出た後に外で待ち合わせ。

 珍しくいつもと違うスーパーに寄った。

 何でも特売日でそっちの方がお買い得商品があるらしい。

 やはりお金持ちだというが、あゆさん本人は庶民的に見える。


 ――!


 スーパーの近くで一瞬息が止まる。

 向かい側から歩いてくる人物に僕は目を奪われた。

 久しぶりに見たのは前彼女の絵里だった。

 絵里も僕を見つけて気づいたはずだ。

 はっきりと目が合った。

 僕はすぐに目を背けてしまった。

 すれ違う瞬間、当たり前だがお互い何も言わなかった。


「どうしたの?」


「ん? 何でもないよ」


 冷静さを保とうとするが動揺は隠せない。

 別れた後に初めて絵里に会った。

 絵里は元気なのだろうか?

 少し痩せたような気がした。

 髪を短く切っていたのは僕との別れが原因かもしれない。

 あいつは今どうしてるんだろう。

 すれ違っただけなのに、そんなことが頭に浮かんでしまった。


「今の人、知ってる人だったんだ」


「え? ああ、高校の同級生だったかもって考えてただけ」


「……ふ〜ん」


 何かを察したかもしれない。

 あゆさんには余計な心配はかけたくなかった。


 ご飯を食べた後も少しだけ気になってた。

 あゆさんと一緒にいるのに……。

 そんな僕の様子をあゆさんも気づいていただろう。

 あゆさんまでいつもに比べて元気がなくなってた。


「元気ないね?」


「そう? そんなことないと思うけど」


「外、凄い雨降って来たね」


 さっきからかなりの雨と風。

 今夜はこのままだと荒れるだろう。

 窓の向こうの外をあゆさんは眺めていた。


「こりゃ、帰り大変だよ。泊まってったら?」


 僕は冗談のつもりだった。

 いつもならどんなに遅くなってもタクシーで帰っていた。

 今夜も恐らくそうだろうと思っていた。

 

「……そうしよっか」


 窓の外の様子を見ながら、あゆさんは僕の方を振り向かずに、そう呟いた。

 予想もしてない答えだった。


「え? ほ、本当に泊まる?」


「だめ?」


「いや、そんなことないけど……」


 返事に戸惑ったのは僕の方だ。


「家に電話しておくね。工藤さん家に泊まることにしよっかな?」


 そう言って家と工藤へと連絡を始める。

 意外と淡々としてるあゆさんに驚きを隠せないでいた。


 手際よく電話をした後、あゆさんはすぐ近くのコンビニに出掛けた。

 この天候だ。

 一緒に行くと言ったが頑なに拒まれた。

 きっと替えの下着でも買うつもりなのだろう。

 今から起きるであろうことのリアルさを感じた。

 程なくして工藤からラインが届く。


「がんばって下さい♡」


 まるで含み笑いが聞こえそうなライン。


「アホか」


 思わずスマホに突っ込んでいた。


「外、凄い雨だね。もうびしょ濡れになっちゃった」

 

 あゆさんもすぐに帰って来た。

 確かに髪から雫が落ちる程濡れてしまってた。


「風邪引くからお風呂入ってよ」


「あ、うん」


「着替え、こんなのでいいかな?」


「ありがと」


 僕がお風呂を勧めるとあゆさんが少し照れていた。

 Tシャツとジャージ、それにタオルを渡しあゆさんがお風呂場へ向かう。

 僕の部屋であゆさんがお風呂に入ってる。

 胸の高鳴りは止まらなくなっていた。


 あゆさんがお風呂に入ってる最中、色んな考えが頭に浮かんだ。

 あゆさんは泊まる意味をどう理解してるのだろうか。

 ただ雨が強いから泊まろうと思ったのだろうか。

 恐らく違うだろう。

 いくらあゆさんでもそこまで幼稚な考えはないと思いつつもありえることだ。

 そして、やはり普通に考えれば、大人の女性が彼氏の家に泊まる意味。

 こっちの考えの方が現実的だ。


 やがてあゆさんがお風呂から上がってくる。

 僕の貸した服が大きくてあゆさんにはダボダボだった。


「大き過ぎるね」


「そうだね」


 あゆさんのダボダボな姿に二人で大笑いした。

 その後、僕もお風呂へ入った。

 もちろん要所要所洗っておくのに越したことはない。

 お風呂から上がるとテーブルの上にはビールが置いてあった。


「さっき買って来たんだ。少し飲もうよ」


「ああ、いいね」


 お風呂上りの一杯がやけにうまく感じた。

 少しの間飲みながら話をしてた。

 しかし、僕は話をしてても集中出来ないし酔いも回らない。

 僕はまだあゆさんの真意を分からずにいた。


「そろそろ寝よっか?」


「あ、うん。もうこんな時間だね」


 一度胸を触るのさえ拒まれたことが僕を臆病にしてた。


「俺、ここで寝るからあゆさんベットで寝なよ」


「……うん」


 こうして別々の布団へと入った。


「なんか修学旅行みたいだね。楽しい」


 そう言ってベットの上から下で寝る僕を覗いてきてた。

 僕の頭に駆け巡る思考など天然なあゆさん見てるとバカらしく思えてきた。

 僕らはそれぞれの布団で眠りについた。


   ◇   ◇   ◇


 布団には潜ったが全く眠れない。

 すぐ側にはあゆさんが寝てる。

 そのせいで眼が冴えてる。

 暗闇の静かな部屋で雨音だけが響いてる。

 何分経ったのだろうか?


「……鈴木君、起きてる?」


「うん」


「何か眠れないね」


「あゆさんも?」


「うん、そう。もう少し話そうか」


 どうやらあゆさんも眠れずにいたようだ。

 起きてる時と同じような話を繰り返す。

 会社の話や社員の話、そして工藤の話。

 僕とあゆさんの話は尽きることない。

 だが、ついに話題がなくなってしまった。

 しばしの沈黙の後、あゆさんが重い口を開く。


「変なこと聞いてもいい?」


「変なこと? うん、別にいいけど……」


 いったい何のことだろう?

 そう思いながら、僕は聞かれる質問をもう分かっていたと思う


「正直に答えてね」


「うん」


「昼間の人。あれってもしかして前の彼女さん?」


 あゆさんはやはり気づいていた。

 珍しく鋭いと思ったものの、予想通りだった。

 驚きはしなかった。


「……うん」


「そっか」


「何? 気にしてた?」


「う〜ん、ちょっと……ね」


 心配性のあゆさんらしい。


「どうしても不安に思っちゃうんだよね」


「ちょっと待ってよ、何が?」


「何が、だろう? う〜ん、よく分からない」


 僕はあゆさんが不安な意味を理解出来てなかった。


「いつもね、嫌われたらどうしようとか、フラれちゃったら嫌だなとか、後ろ向きなこと考えちゃう」


「俺だって、あゆさんってそんなに俺のこと好きじゃないのかな? とか考える時あるよ」


「そんなことはないよ」


「じゃあ、それと同じだよ。そんなにお互いが思ってる程でもないってことだって」


「そっか。悩んで損してるね、私達」


 お互い似た者同士。

 また二人の気持ちを確かめ合えた。

 どうすれば不安を消すことが出来るのか?

 その方法はあゆさんが知っていた。

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