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12 雨降って地固まる

「ごめん。そういえばお弁当の醤油入れ忘れてたでしょ?」


 夕方の休憩時間でのあゆさんの一言。

 皆の前で普通に聞いて来るあゆさんに驚く。


「……あっ」


 僕のマズイという顔であゆさんも気づく。

 しかし、時すでに遅し。


「あれ? 何だ、何だ? お前ら〜」


 内緒にしてた僕とあゆさんの関係があっさり会社の皆に知られてしまった。


「ごめんね」


「いいって、もう」


 こうして僕らは会社でも公認の仲になってしまった。


   ◇   ◇   ◇


 そんなある日、外回りに出てると会社から電話が入る。


「あゆさん、階段踏み外して怪我したみたいだぞ。とりあえず戻って来い」


 僕は残った外回りを工藤に頼み、急いで会社へ戻った。

 幸いなことに怪我は軽い捻挫。


「あー、ドジちゃった」


「心配したよ。大丈夫?」


「うん、平気」


 ただ運転がちょっと心配だったので、僕が自宅まで送って行くことにした。

 あゆさんの家に行くのは初めてで若干の緊張感が漂う。


「あ、そこ曲がって……ここだよ」


「……ここ?」


 驚く僕をあゆさんは不思議そうな表情で見返していた。

 僕が驚いたのはあゆさんの家だった。

 お金持ちとは聞いていたが、それはこの家を見ただけで十分理解出来た。

 僕の予想を上回る豪邸に驚きを隠せない。


「ありがと」


「明日、朝迎えにくるよ」


「うん! ごめんね」


「いいって。気にしないでよ」


 あゆさんを送り迎えする嬉しさはあった。

 だが、それよりも引っかかることがあった。

 お金持ちのあゆさんとの“差”のような何かを感じてしまっていた。


   ◇   ◇   ◇


 あゆさんの家の豪邸を見てから何やら自分自身に自信が持てない感覚に陥っていた。

 別にあゆさんが悪い訳でもない。

 なのに僕が勝手に不安になってた。

 僕は果たしてあゆさんに相応しい人間なのだろうか、と。

 つくづく僕という人間の器の小ささに呆れる。


 そんな時、また会社主催の飲み会が行われた。

 毎度のことだが会社の飲み会事態はそんなに嫌いという訳でもない。

 それなりに騒げるから好きだった。

 しかし、その日はいつもとちょっと違ってた。

 いつもより酒のピッチが早い。

 飲み過ぎてたと気づいたのはずいぶん酔いが回ってしまった頃だった。


 そろそろ止めないとと思ってた時だった。

 会社の同僚で同じ歳の及川おいかわがやって来た。

 同じ歳だったが中途採用だった僕より会社の中では及川の方がキャリアは上。

 そして、仕事は出来るが上司には上手いこと言って取り付く、僕が苦手な部類に入る。

 そもそも向こうも僕とはあまり合わないらしく、お互い好んで付き合う訳でもなかった。


 そんな及川が珍しく僕の席の隣にやって来た。

 だいたいの予想は付く。

 どうせ他の皆のようにあゆさんとのことを話しに来たのだろう。

 この飲み会での一番の話題は僕とあゆさんの関係だった。

 そして、及川があゆさんに気があったことも噂で聞いていたせいで、尚更いい気分ではなかった。


 案の定あゆさんの話をして来た。

 いつからだ?

 どうやって?

 なんで?

 聞かれることは同じ。

 そんな問いに一々答えなければならない義務はない。

 大概のことは笑って誤魔化してた。


 しかしだ……。


「お前上手いことやったよな」


「何がだよ?」


「何って、お前……」

 

 嫌味な笑いを浮かべながら僕を小突いてくる。


「上手くいけば逆玉だよ、逆玉。俺も狙ってたのになぁ」


「……」


「ったく、羨ましいよ」


 同じことを言ってくる人は他にもいたんだ。

 それでも何も言わずに笑って誤魔化してた。

 しかし、及川の嫌味な言い方と悪酔いした僕は我慢の限界だった。


「……っるせーな!」


「!?」


 僕は及川に掴みかかっていた。

 途中で止めに入って宥められるが、もうどうにも出来ない。

 後は外へ連れ出されて行った。

 普段温厚で大人しい僕がキレたことで皆が驚いてた。


 酒のせいもあるがそれだけでもない。

 自分自身にもキレてた。

 あゆさんの家柄だとか、そんな所を見て付き合い初めた訳ではない。

 そう自分で思ってた。

 なのに、自分もあゆさんの家を知ってから、あゆさんに距離を感じてしまった。

 自分にも腹が立ってたのかもしれない。


「どうしたの?」


 そんな僕の元にあゆさんがやって来た。


「私のせい?」


「違うよ」


 心配するあゆさんに顔向け出来ないような気がした。


「ううん。分かってるよ。みんな影では私の家のこと言ってる人もいるもんね」


「だから、違うって」


「働かなくてもいい身分とかね、言われても仕方ないんだ」


「……止めろよ」


 本当に辛いのはあゆさん本人だったかもしれない。

 今になって気づく。

 しかし、僕も同じだ。

 皆と変わらない目で見てたんだ。

 そう思うと情けなくて、情けなくて……。


「ごめんね、私のせいで嫌な思いさせて……」


「うっ……うっ……」


 あゆさんの優しさが辛くて涙が出てた。

 そんな僕をあゆさんは慰めるようにそっと抱きしめてくれてた。


「泣かないでよ、鈴木君」


「ごめ……俺……俺は……」


「いいから、いいから」


 初めてあゆさんに僕は自分の弱い部分を見せた。

 あゆさんはずっと僕の側にいてくれた。

 僕はあゆさんを好きになって良かった。

 そう感じてた。


   ◇   ◇   ◇


「……ごめん。格好悪いね、俺」


「そんなことないよ。平気?」


「ああ、もう大丈夫」


「そう、なら良かった」


 あゆさんの笑顔が僕を幸せにしてくれた。


「悪かったな。言い過ぎた」


「いや、こっちこそ。すまん」


 及川は素直に謝りに来てくれた。


「あゆさんは俺が何回誘ってもご飯にすら行ってくれなかったんだからな。羨ましいよ、お前は」


「だろ?」


「はははっ。今度俺も誘って飯でも行こうぜ、そんであゆさんのお友達を紹介しろ」


「あゆさんがお前がいてもいいって言ったらな」


「そこはお前が上手くやれよ」


 余程悪いと思ったんだろう。

 及川なりの気づかいが見えた気がした。

 話してみれば、そんなに悪い奴でもないかもしれない。

 仲直りしてその場は静かに治まった。


 皆にはあゆさんの姿から僕とあゆさんが想像以上に深い仲と思われたようだ。


「二次会いいの? 今日は俺に付き合わなくてもいいよ」


 さすがに空気を読んで、僕は二次会は不参加にした。

 そんな僕を心配してあゆさんは一緒に帰ることにしたらしい。


「いいの。私は鈴木君といたいから」


「そっか。あのさ……」


「何?」


「いや、何でもない。行こう」


「うん」


 あゆさんが手を差し出す。

 僕はその手を取って歩き出した。

 家柄とか気にしてたさっきまでの僕自身が馬鹿みたいに思えた。

 そんなのは関係ない。

 僕は一人の人間の“あゆさん”を好きになったんだから……。

 悩んでた問題。

 ようやく辿りついた答えは実に簡単なものだった。

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