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第9話 そして勘違いが始まる

「なにかお探しですかあ?」


 ポップなBGMが鳴り響くライトアップされた店内に足を一歩踏み入れると、店員さんがやたらと素早くこちらに近寄ってきた。


 それを見た成瀬さんはビクッと身体を縮こまらせたあと、私の腕に手を伸ばす。

 さっきみたいに、私の左腕に手を絡ませてくるのだろう――そう思ったが、違った。


 彼女は私の左腕にギュッと抱きついてきたのだ。

 まるでイチャつく恋人のように。


 話しかけてくる店員が苦手なのは分かるが、これはさすがに恥ずかしい。

 なんか顔が熱くなってきた気がする。

 

 思わずにやつきそうになるのを必死に抑えながら、私は店員さんに向けて右手を軽く振った。


「ごめんなさい、ふたりで見たいので今は大丈夫です。聞きたいことがあったら声を掛けさせてもらいます」


「そうですかあ、ごゆっくりどうぞお」


 店員さんはにっこりと微笑んだまま動揺したそぶりも見せず、ミニスカートをひらひらと揺らしながら店の奥にあるレジへと帰っていく。 


 案内を断られるのも慣れているらしい。

 まあ当然か。


「すごおい」

 

「いやいやいや」

 

 とはいえ、当然と思わなかった人間がここにいた。

 成瀬るうは私の左腕にギュッと身体を押し付けたまま、こちらに尊敬のまなざしを向けてくる。


「こういうの、慣れてるんだね……!」


「うん……まあそうかも」


「かっこいい……」


 うっとりとしている。

 私としては、()()()()()断られるのに慣れているという意味の返事をしたつもりだったが、成瀬さんはそう受け取らなかったようだ。

 どうでもいいことではあるが、一応訂正しておこう。


「そうじゃなくって――」


「ううん、謙遜する必要はないよ。わたしにはそういうのできないもん。やっぱり萌花ちゃんを誘って良かったぁ~」


「…………」


 成瀬さんは本当にうれしそうに笑っていた。

 そして左腕からは、彼女の体温が伝わってくる。


 ……否、彼女の体温と、彼女の胸のやわらかな感触が伝わってくる。


 …………。


 なんかこう、わざわざ彼女の勘違いを訂正する必要なんてない気がしてきた。

 だって本当にどうでもいいことだし。

 このまま勘違いが続いたとして、いったい誰が困るというのだろう? 


 別に誰も困らないと思う。


 うん、訂正はしなくていいや。

 たださすがにこれ以上褒められると照れくさいし、話題を本筋に戻そう。


 そして私の煩悩が暴走する前に、腕も回収しておこう。


 左腕を成瀬さんの胸元からさりげなく引き抜きつつ、私は彼女に優しく問いかけた。


「それで、どんな服にする?」


「どんな服? えっと……ん~〜~~」


「…………」


「ん~〜~~」


 いつまでたっても、成瀬さんのうなり声がやむ気配はない。

 どうも私の配慮が足りなかったようだ。

 もっと答えやすい質問をするべきだった。


「普段はお母さんが買ってきてくれるんだよね? それはどんな服?」


「えっと……ワンピース……かな……? あとは、いま着てる制服みたいな感じ? 上はブラウスで下はスカートみたいな」


「なるほど、いいね」


 さすがは成瀬さんのお母様だけあって、見る目がある。

 娘の可憐さを引き立たせる素晴らしい服飾センスだ。

 一度じっくりお話ししてみたいものである。

  

「でも、できれば今までとは違う洋服に挑戦したいんだよね。お母さんが買ってきたのと同じ方向性だと、なんか馬鹿にされちゃいそう。『私の真似したんでしょ』って」


「ふむ」

 

 本当に馬鹿にしてくるかは疑問だが、成瀬さんがそういう発想になるのも分からなくはない。

 不信感というか、いきなり洋服を買ってくれなくなった母親に対して、かなりの不満を持っているのだろう。


 だからこそ母親が決して選ばないようなオシャレな服を買って帰り、見返したいという気持ちがあるのだと思う。


 もっとも成瀬さんが自慢げに洋服を見せびらかしてきたら、お母様は娘を馬鹿にするどころかニコニコの笑顔になるのだろうが。


 私もそんな家族団らんのお役に立ちたいところだが、しかしそうなると、お母様とは違う方向性でありながら、お母様に見せても恥ずかしくない服を選ぶ必要があるわけで。


 ……正直難易度が高い気がする。


 だって私が成瀬さんの服を選ぶとしたら、自然と彼女の母親と似た感じのチョイスになってしまう。

 成瀬さんの可憐な雰囲気を活かすという発想は、きわめて当然のものだし。


 かといって、違う方向性もちょっとアレというか……。


 私が成瀬さんに視線を向けると、彼女もその意味を察したのか、その場でピシリと『気をつけ』をしてくれた。

 ここでモデル立ちをするという発想がないのが成瀬さんの可愛いところだと思うわけだが――そんな彼女を上から下まで観察する。

 

 ほんわかとした雰囲気の彼女だが、実際のところかなりスタイルが良い。

 身長こそ私より低いが、私と違って胸部も豊かだし、脚だってすらりとしている。


 私にとって、あこがれの体形といっても過言ではない。


 となると、その魅力的なボディラインを活かした服を着てもらいたいものだが、でも本人の性格的に露出が激しい服は嫌がるだろう。

 そして成瀬さんの母親も、娘がそんな服を着るのは嫌がるはず。


 う~ん……。


 私は悩みつつ、周囲を見回した。

 思いのほか奥行きがある店内は、ガーリー系を基本としながらも様々な種類の洋服が置かれていたが、全体的な傾向として露出度が高めだったりする。


 もちろん、そう極端に肌が出ているわけでもないけど……。

 それでも制服に比べると胸は強調されるだろうしスカートの丈だって短めだし……ここの服を成瀬さんが着ると、そのスタイルの良さのせいで、煽情的になりすぎるかもしれない。


 彼女はただでさえ可愛いのだ。

 変な人に目をつけられないよう、服装に関しては抑えめにするくらいでちょうどいいだろう。

 

 そうなると身体のラインが出にくい、ふんわりとした服かな?

 

 彼女が望んでいた、イマドキの子が着る洋服かといえば疑問ではあるけども。

 実際、店内を物色している女性客――特に同年代の少女は、露出の激しい服を平然と着ているし……。


 さっき寄ってきた店員さんもせいぜい大学生くらいに見えたけど、ちょっとびっくりするくらいのミニスカートだったもんなあ……。


 脚の綺麗さならあの店員さんにも決して負けない成瀬さんだし、ミニスカートを避けるのはちょっともったいない気はする。


「……ん?」


 そのとき、ひらめきがあった。

 私の視線は再び成瀬さんの制服――そのスカートに向かう。


 そう、成瀬さんはかなりの美脚の持ち主。

 しかし、脚の魅力を引き出す洋服は、なにもスカートだけではない。


 ――パンツスタイルなんてどうだろう?


 学校によってはスカートとスラックスから選べるところもあるそうだが、うちはそうではない。

 強制的に女子生徒の制服はスカート一択。

 当然ながら私も成瀬さんのスカート姿しか見たことがなかったりする。


 けれど、すらりとした脚を持つ彼女なら、きっとパンツスタイルも似合うはず。

 露出度が低く、けれど成瀬さんのスタイルの良さを遺憾なく発揮できる、すばらしい服装ではないだろうか。


 成瀬さんのお母様もスカートばかり選んでいたようだが、パンツスタイルになったからといって怒ることはあるまい。


 顔を上げた私は、どこかホッとしつつ成瀬さんに告げた。

 

「パンツは?」

 

「……ふぇ……?」


 よく聞こえなかったのか、ぼんやりとこちらを見返してくる彼女に、私は説明を続ける。


「ほら、成瀬さんって基本的に外だとスカートばっかりなんでしょ? お母さんもワンピースとか買ってくるって言ってたし。だったら、たまにはパンツで出歩くのもいいんじゃないかなって。成瀬さんって脚が綺麗だし、ぜったい似合うよ」


「…………」


「……?」


 なんだろう、成瀬さんの反応が妙ににぶいな。


 ぼんやりしているというか、目が死んでいるというか……。

 なにを言ってるのか理解できない、そんな表情に見えた。


「もしかしてパンツで外を出歩くの、抵抗がある?」


「……」

 

 私が尋ねても彼女はしばらく困惑の表情を見せていたが。

 やがて眉をひそめ、不審そうにつぶやいた。

 

「……パンツで外を出歩く……?」

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