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第2話 ふたりの出会い(前編)

 中学生の頃の私は、他人とあまり関わらないように生きてきた。

 

 自覚があったのだ。

 周囲に不幸を振りまいてしまう自覚が。


 だから高校生になってからも私の生き方は変わらない。

 友達なんて作るはずもなく、孤独な学生生活を送り、そして卒業を迎える――当然のようにそう思っていた。


 成瀬るう。

 彼女と出会うまでは。


 別に彼女との出会いにドラマ的な物語があるわけではない。

 

 高校の入学式が終わった直後の教室。

 たまたま私の前の席に彼女が座った、ただそれだけ。


 でもただそれだけのことが、私の学生生活……いや、私の人生を大きく変えてしまったのだ。


◇◇◇◇◇


「…………」


 真新しい机に頬杖をついた私は、教室の最後方から周囲の様子をぼんやりと見ていた。


 入学式の直後で先生もまだ来ていないせいか、クラス中に落ち着きが無い。


 周囲に積極的に話しかける人、引っ込み思案らしくその場でもじもじとしている人、軽く教室を見回しただけでいろいろな個性を見て取れるが――頬杖をついて周囲に話し掛けるなオーラをビンビンに放っているのは、私くらいのものだった。


 そんなとき目の前の座席に座る少女が、ベージュ色のロングヘアをなびかせながら、くるりと振り返ってきたのだ。


 私は気の毒だと思った。


 彼女は捨てられた子犬のように不安げな視線をこちらに向けている。


 本当に気の毒だ。

 私は彼女とコミュニケーションを取る気がさらさら無かった。

 正確にいうと彼女だけではなくこのクラス、いやすべての人間とコミュニケーションを取る気がなかった。


 この席に座っていたのがもう少しまともな女の子であれば、きっと互いに新しい高校生活への不安を打ち明け、あっという間に仲良くなったりするのだろう。


 しかし残念、実際に座っているのは私。

 ろくでもなさでは()追随(ついずい)を許さない、この私なのだ。

 

「あ、あの、同じクラスだね! わたし、成瀬るうっていいます!」


「…………」


 無言。一応視線だけは目の前の少女に向けていた。

 冷ややかな視線を。

 どうか私と仲良くなろうなんて思わないで欲しい。

 それは彼女に不幸しか呼ばない。

 

「あけぼし、もえかちゃん……でいいのかな? 入学式のときから思ってたんだけど、萌花ちゃんってすごくカッコいいよね! 目に力があるし、黒髪のショートカットもすごい似合ってるし! やっぱり東京ってすごいねえ、こんなモデルさんみたいな人が普通に暮らしてるんだもん。ぜったいに仲良くなりたいって思ってたから、つい声を掛けちゃった」


「……」


 東京……?

 ここ神奈川だけど……。


 疑問はあったものの、やはり無言。


 どうやら彼女――成瀬るうは、入学式のときから私に目をつけていたようだ。

 名前は座席表を見て知ったのだろう。


 そして私と友達になりたいらしい。

 

 私の冴えない容姿をカッコいい云々と言い出したときは多少驚いたが、仲良くなりたいがための戯言というわけだ。

 適当な言葉でおだててくる人間は、いまいち信用できない。


 そう思いつつ、彼女の瞳が私の目に留まった。

 どこまでも澄み切った、つぶらな瞳。


 ……どうもウソをついている感じがしない。 


 もしかすると、本音なのだろうか。

 そもそも初対面なのに下の名前を『ちゃん付け』で呼んでくる時点で、陰キャな私とは人種が違うわけで。

 容姿の評価ポイントも、私と180度違う可能性は否定できない。


 とはいえ、彼女と関わる気が無いのだから、彼女が私をどう評価していようとどうでもいいことではある。

 

 頬杖そのまま、目の前に座る女の子をジッと見つめた。

 

 成瀬るう。

 ロングヘアがよく似合っている可愛らしい少女だ。

 目がくりくりしていて、話し方にも愛嬌たっぷり。

 『誰からも愛される美少女』と表現しても、否定する人間はどこにもいないだろう。

 そのうえ制服を着ていても分かる彼女の豊満で女性的なボディラインは、同じ女である私から見ても魅力的だ。


 それこそ彼女の言葉を借りるとしたら、「こんな子が普通に教室にいるなんて、高校ってすごい」といったところではある。


 そしてきっとそのせいなのだろう。

 彼女にかかわる気は無いが、視線をなかなか外せない。

 まるで魅入られてしまったかのように。


 成瀬るうは、ほんわかと微笑んでいる。


「入学式が無事に終わってホッとしたっていうか……でも安心したせいで、なんかちょっとねむいよね!」


「別に眠くない」


 我ながら愛想の欠片も無い返事だが、これは意図的なものだ。

 このまま話し掛けられるとまずい気がする。

 ぶっきらぼうに返答することで、私に話し掛けるという行為がいかに無駄で愚かなことか、彼女に理解してもらいたかった。


 しかし会話を拒絶するつもりで発した言葉なのに、彼女は私がリアクションを返してきたことが嬉しかったのか、両手をパンと打ち鳴らしながら目をキラキラと輝かせていた。


「すごい! 朝が強いんだね!」


「……」


 私は変わらず無言のまま――しかし失策を悟ったため、目は伏せた。

 こうも勢いづくのなら、返事なんてするんじゃなかった。

 どうも私は、新入生の不安な心情というものを甘く見ていたようだ。


「うらやましいなぁ~、わたしほんとうに朝が弱くって」


「……」


「えっと、萌花ちゃんは夜って何時くらいに寝てるの?」


「…………」


「わたしは昨日は夜9時に寝たの。それで7時ぐらいに起きて……だから10時間は寝てるはずなのに眠くて眠くて」


「………………」


「今朝だって、あやうく寝坊しそうだったんだよ。おかしいよね、たっぷり寝てるのに」


「……………………」

 

 たはは、と照れたように頭をかく彼女に対して、私はなおも無言を貫く。


 いやしかし、すごいなこの子のメンタル。

 もし私がここまで露骨に無視されたら、泣きべそをかきながら相手をポカポカ殴りつけるところだ。


 彼女のためにもあまり仲良くしないほうが良いとは思うが、さすがに申し訳なさを感じるのは否定できない。

 

 ……他人を傷つけるのは本意ではないし、最低限の返事くらいはしておこうかな……。

 それで会話を諦めてくれるといいんだけど……。


「だから明日もちゃんと起きられるか心配なんだよね。……誰かさんが電話で起こしてくれたら……モーニングコールとかしてくれたらなあ……なんて。ちら」


 わざわざ声に出してこちらに意味ありげな視線を送ってくる成瀬るう。

 私は、冷たい言葉を返す。


「やるわけないから」


「だ、だよね」


 そう頭をかく彼女は、急にポンと手を打った。


「あ、じゃあだったら、わたしが萌花ちゃんにモーニングコールしてもいい?」


 …………?

 言ってる意味が分からない。


 というかこの子、まるでめげる様子がない……。

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