表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

第1話 モーニングコール

 6時55分、自室にて。

 

 ()()()()()()が訪れたことに気付いた私は、静かに日記帳を閉じた。

 表紙に書かれた私の名前――明星萌花(あけぼしもえか)、その文字を軽く指でなぞってから机を離れる。

 

 カーテンの隙間からは朝日が漏れていた。

 晴れているようだが、どこか肌寒い。

 

 身体をさすりながら、制服に手早く着替える。


 そしてスカートの裾を押さえながらベッドの上に移動し、正座で待機。


 枕の上に鎮座する黒いスマホをじっと見つめた。


 ――あいかわらず派手だな……。


 まだ時間があるせいか、そんなことを考えてしまう。

 別にスマホの話ではない。


 スマホを支えているピンクの枕、その派手な色合いが今さらながら気になってしまったのだ。



 ――この春入学したばかりの現役女子高生、明星萌花(あけぼしもえか)


 そう名乗れば多少の華やかさを感じる人だっているかもしれない。

 私だって女子高生という単語に憧れがなかったとはいえないし、萌花という名前にしても両親が懸命につけてくれただけあって、明るい前途を感じさせる良い名だと思う。


 ただ……現実の私は、そんな肩書や名前に相応しいような、明るく華やかなタイプでは決してなかった。


 むしろ俗にいう陰キャというやつで……それに加えて目つきが悪ければ態度も悪い、ろくでもない生き物だったりする。


 だから――。

 

 私は周囲を静かに見回した。


 ファンシーグッズが所せましと並んでいる、私の部屋。

 ふわふわ可愛いぬいぐるみ、モコモコと白いパジャマ、そして――フリフリの付いたピンクの枕。


 ……本当に今さらだ。

 『可愛い』が私に似合わないなんてことは。


 もっとも、父が選んでくれたそれらの品物に不満があるわけでもない。


 あのむさくるしい父が、可愛らしい売り場にわざわざ出向いて買い求めたかたと思えば、微笑みすら浮かぶほどである。

 きっと私が子どもだった頃の好みを、いまだに引きずっているのだろう。

 父さんにしてみれば、私はいまだに小学生同然なのだ。

 本当に笑ってしまう。


 だから本当に不満なんてないんだけど……でも私は、彼女に出会ってしまったから。


 ――成瀬(なるせ)るう。

 明るく可愛くほんわかしていて、全てにおいて私とは正反対の、誰からも愛されるそんな少女。


 この部屋は、彼女にこそ相応しい。


 と。


 ブルル――。


「……っ!」


 まるで時報かと思うほど7時ピッタリに鳴動し始めたスマホを、そのひと震えめが終わるより先に手に取り、耳にあてる。


 聞こえてくるのは――いや、今日もなにも聞こえてはこない。


 だから、こちらから問いかけた。


「起きてる?」


「…………」


 返事はない。

 けれどいつもであればこのあたりで――。


「……おひてるぅ」


 予想通りだ。

 聞こえてきたのは、ふにゃふにゃとした寝ぼけ声。

 たったひと言でいきなり可愛いのだから、天に愛された女の子というのはまことにうらやましい。


 とはいえ今は、彼女――成瀬るうが放つ魅惑のボイスに聞き惚れている場合ではない。

 だってこれは、()()()()()()()()()()()()()モーニングコールなのだ。

 彼女の意識をはっきりさせるような言葉を掛けないと、ここで会話する意味がなくなってしまう。


「……電話、切るよ」


 言葉に感情を乗せず、それだけを伝えた。


「うえぇ? もうちょっと……はなそうよぉ……」


 気だるい甘え声が、私の鼓膜を震わせる。

 その異常なまでの破壊力に、座っているというのに腰から砕け落ちそうだ。

 

 これ以上の通話はまずいだろう。


 いつ理性が飛んでもおかしくない。

 そして飛んだ理性が彼女の家にお邪魔してもおかしくない。


 だから私は、見えていないと知りつつもあえて眉をひそめ、険しい声を絞りだす。


「私が電話を切ったあと、二度寝しちゃだめだから」


「……」


「返事は?」


「わはってるう……」


 明らかに分かっていない返事だったが、私は無言のまま通話を終了した。

 これ以上続ければ、あまりの可愛さに『しょうがない、二度寝していいよ』なんて無責任な許可を出しかねない。

 私は彼女のためにも心を鬼にしないといけないのだ。 


『もえかちゃん、ひどい……』


 メッセージがきていた。

 私という人間に対して妥当な評価だと思ったので、特に返事はしない。


 これなら二度寝はしないだろうと思いつつ、ベッドからゆっくりと立ち上がった私は……なんとなくスマホに一瞥(いちべつ)だけくれてから、身支度を再開した。


◇◇◇◇◇


「…………さむい」


 晴天のなか、通学かばんを抱きかかえるように持った私は、身体を震わせながら通学路を進む。


 昨日は暖かかったせいか、寒暖差でまるで真冬のようだ。

 

 天気予報でも、この時期にこの低気温は観測史上初です、なんてありがたくもない話を嬉しそうにしていた。

 このぶんだと、5月とはいえ雪が降るかも――そんなバカげた考えが頭をよぎり、私は思わず苦笑する。


 さすがにそれはない。

 先月雪が降った印象が強かったせいかもしれない、こんなことを考えてしまうのは。


 天気予報士いわく、4月に雪が降るというのは稀にあることらしい。

 稀というのは、滅多にないということで……だから下校中に舞い散る雪を見て、私が衝撃を受けたのも当然だと思う。

 

 成瀬るうも「東京は4月に雪が降るの!?」と驚愕していたっけ。

 ちなみにここは神奈川だ。

 東京ではない。

 

 しかし地方から出てきた彼女は、この神奈川という土地を指して東京と呼ぶことが多々ある。

 もちろん頭では理解しているのだろうが、あまりに東京に縁遠かったせいで、東京=都会をあらわす言葉くらいに思っているようだ。


 そんなところも可愛い。


「……しょっと」


 交通量の多い通りに出た私は、抱きかかえていた通学かばんを肩に掛けなおした。


 別に手が疲れたわけではない。

 背筋を伸ばしたかっただけ。


 だって、ここから先は成瀬るうにとっても通学路。

 家を出る時間がずれていることもあり、実際に遭遇したことはないが、それでも気を抜くわけにはいかない。


 彼女は私のことを『姿勢の良い人間』として認識しているのだ。


 「萌花ちゃんっていつもスラッと立ってて、かっこいいよね!」なんてキラキラした目で見つめられれば、こちらとしても悪い気はしない。

 とはいえ、そんな言葉に縛られるかのように、私の姿勢の悪さは自然と矯正されてしまった。


 もちろん彼女が見ているとき限定で。

 あるいは彼女が見ていそうなときもプラスして。


 本来は猫背の私なので、たまには森を徘徊するゴリラくらいの前傾姿勢で街を闊歩(かっぽ)したいと思っているわけだが、彼女とどこで鉢合わせするか分からないことを考えれば、その願いが叶うことは一生無いだろう。


「……おっと」


 そんな他愛もないことを考えていると、胸ポケットに入れているスマホが震えた。

 信号待ちのついでに、チラリと視線を落とす。


『おうちを出ました。学校で会おうΖ!』


 ……学校で会おうゼット……?

 意味はよく分からないが、とりあえず彼女も遅刻はせずにすみそうだ。

 スマホをポケットに戻すと同時、歩行者信号も青色に変わる。


 ゆっくりと歩き出した私は――口元が自然と緩んでいることに気づいた。


「ふふっ……」


 そのことに思わず笑ってしまう。


 でもそれも仕方が無い。


 学校に行けば成瀬るうに会える、それだけが今の私の楽しみなのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ