キツネのおかえし
『情けは人の為ならず』という言葉があります。
これを『甘やかすと人のためにはならない』と誤解している方もいるようです。
本来は他人に親切にすると、いつか回りまわって自分に返ってくるという意味です。
このお話は知様主催『ぺこりんグルメ祭』参加作品です。
別の小説の登場人物がでますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
昔、とある村に茅を売って生計を立てている六助という若者がおりました。
六助は仕事中、きれいな茅が生い茂っているのを見つけました。
さらに茂みに向こうの斜面に、ぽっかりと穴が開いているのが見えました。
どうやらキツネの巣穴のようです。
でも、巣穴の前の茂みがじゃまで出入りがしにくそうでした。
六助は巣穴の前の茅をきれいに刈り取りました。
「これで風通しもよくなったね。出入りも楽になって、星や月もおがめるね」
その日の夜、一匹のキツネが六助の家を訪ねてきました。
掃除をしてくれたお礼を言いに来たそうです。
さらにキツネは『幸運のまじないをかけてあげたよ。町に出て宝クジを買えば当たるよ』と言います。
「でも、クジを買うお金があまりないんだな」
六助が言うとキツネは笑って答えました。
「戸や障子を売ればいいよ。宝くじがあたってお金持ちになったら、また買い直せばいいんだ」
六助はいいことをきいたと思い、戸や障子を売ってお金に替えました。
そして宝クジを売っている大きな町に行きました。
しかし、六助は町についてびっくり。なんと、宝クジを売り出すのは何か月も先のことでした。
しょんぼりして手ぶらで帰ってきた六助を、許嫁のおいちさんがなぐさめました。
戸と障子がなくなった家には、冷たい北風が吹きました。
そこにキツネが現れました。
「あんたの家も風通しがよくなったろう。ざまあみろ」
そう言ってキツネは去っていきました。
「そうか……。キツネさんのうちも寒くなったのか。親切のつもりで悪いことしちまったな」
「それに巣穴がオオカミやクマに見つかりやすくなったのかもね。六助さんは都の見物ができて、損はしてないんだよ。キツネさんとは違ってね」
その日の夜は、布団の周りに茅の束を積み上げて寒さをしのぎました。
おいちさんも泊まっていきました。
次の日、六助とおいちさんは大きな石を転がしきて、狐の巣穴の少し手前におきました。
これで風よけになるでしょう。
家に戻ると、ふたりで茅の『むしろ』をつくり始めました。
これなら扉や障子の代わりにできそうです。
そこにたくさんの茅のタバをかかえたキツネがやってきました。
キツネは六助に謝ると、むしろを織る作業を手伝いました。
次の日もその次の日も、キツネは茅を集めるのと茅細工を作ることを手伝いました。
カゴや座布団、カサにホウキ、いろいろな製品ができました。
ある日、六助とキツネが仕事をしていると、奥さんになったおいちさんが言いました。
「今日のお昼ごはんはごちそうですよ」
おいちさんが出したお皿には、いなりずしと巻きずしが乗っています。
村を訪れた行商人に、カヤ細工と交換でノリやカンピョウ、油揚げなどを譲ってもらったそうです。
六助とキツネは、おいしいおいしいと言って食べました。
彼らはお金をためて、いつか本当に宝クジを買いに行こうと約束しました。
それから月日が流れ、狐の巣穴の前に置かれた石は『六助稲荷』と呼ばれるようになり、そこに神社が建てられました。
神社の近くにお土産屋ができて、稲荷ずしと巻きずしのセットが売られるようになりました。
それはなぜか『六助』がなまって『助六ずし』と呼ばれたそうです。
* * *
「偉文くん。『ざまぁ』と『復讐』のあるお話を書いてほしかったんだよ。何かが違うと思うんだよ」
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、従妹の暦ちゃんが遊びに来ている。
彼女はとても物知りの小学生だ。僕が書いた絵本の案を見ている。
「いや、ちゃんと六助さんは仕返しされて『ざまあみろ』って言われてるよね」
「こういうのって、普通は主人公の方が復讐するんだよ。それに『六助稲荷』の由来の話って、他のパターンもあったと思うんだよ」
「暦ちゃん、よく知っているね。キツネに化かされる話とか、子ギツネのかたき討ちの話とかもあるよ」
「じゃあ、かたき討ちの話にすればよかったんだよ。今度、人形劇で『ざまあ』の話をやろうと思うんだよ」
「人形劇って小さい子供も見るんだよね。あまり残酷な話はやめようね」
僕は登場人物が傷つく話とか悲しむ話は苦手なんだよなぁ。
グリムやアンデルセンの童話でも、原典はけっこう残酷だったりするけどね。
「ところで偉文くん。あっちのテーブルに木のタライがあったけど、あれは何?」
「目ざといね。オヤツをつくっておいたから持ってくるね」
僕は作っておいたものを木桶から小皿に移して、暦ちゃんの前に置いた。
「あ、稲荷ずしと海苔巻きなんだよ。いただきまーす」
暦ちゃんはもぐもぐとおいしそうに食べ始めた。
僕はその間にお茶を用意した。
「偉文くん。『助六ずし』って歌舞伎の『助六』からできた名前だよね。それに、海苔巻きは具がいっぱいの太巻きだと思うんだよ」
「その通りだよ。よく知ってるね」
助六は歌舞伎の主人公の名前だ。
その舞台の弁当に稲荷ずしと巻きずしが出て、『助六ずし』と呼ばれたらしい。
「僕の話では質素な村人が作るものだから、細巻きでいいんだよ」
「でも、『六助』がなまって『助六』になるのは変なんだよ。絵本のラストは、『六助がひっくり返るほどおいしい』ってことにすればいいんだよ」
あ、その手があったか。