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声と涙と

 ウィンクルムは光のなかにいた。

 ──ここは……?

 あまねく照らす光。それは深く、果てがない。

 あたたかな光に包まれ、ウィンクルムは心のすべてが満ち足りるのを感じた。

「──なさい」

──えっ。

 右も左も、上と下もない光のなかで、ウィンクルムは何かの声を聞いた。

「──『彼女』を守り、尽くしなさい」



「────っ!!」

 はっと目覚めたウィンクルムは、勢いよくその身を起こした。

「ここは──!」

 反射的に周囲に目を走らせるウィンクルム。

 彼女はどこかの一室で、真っ白なシーツが敷かれたベッドの上に寝かされていた。

 彼女の騎士装束は脱がされており、代わりに病衣姿になっている。

「……」

────生きてる。

 ウィンクルムが自分の両手をそして五体満足な体をまじまじと見つめる。

(どうして──私はあのとき……)

 自分はミノガントスと戦っていたはすだ。ミノガントスを倒そうとして……。

 ウィンクルムは思い出そうとしたが、途中から記憶が曖昧になっている。

 断片的に思い出せたのは、ミノガントスから攻撃を受けたような一瞬の光景と、そしてとても苦しかったような記憶。

「────はっ!」

 ウィンクルムはそこで、先ほどの夢で見た光景を思い出した。

──『彼女』を守り、尽くしなさい。

(あれは一体──)

 見えたのは、あたたかな光の世界。そして聞こえた『声』。

 あれはなんだったのだろう、そして自分はなぜ今こうなっているのだろう、他の部下たちは──?

 いろいろな疑問が渦巻いて、ウィンクルムはベッドを降りて辺りを見回した。 

 白いカーテンで個別に仕切られたベッドの並ぶ清潔感のある空間──この部屋は、どこか医務室を思わせる装いであった。

 ウィンクルムはそのままカーテンで仕切られていた隣のベッドを覗いた。

「あっ──」

 そこには一人の少女──ウィンクルムが今回の任務で王都まで護衛する予定であった『ビブリア』の少女、リルフィリアの姿があった。

 彼女もまた病衣姿で、ベッドの上に横になっている。

 まだ眠りに落ちている彼女の瞼は閉ざされており、白く小さなその顔はまるで人形のようであった。

「…………」

 ウィンクルムが彼女の傍まで近づく。

 一度顔を合わせたときは単なる少女に見えたはずの彼女が、今は神秘的な美しさを湛えて見える。

──『彼女』。

 夢の中で聞こえた『声』。それが指し示すものがこの目の前の少女だと、ウィンクルムは直感した。

「私の──」

 ウィンクルムが眠るリルフィリアの白磁のような頬に手を伸ばす。

 そのとき──

「ん……」

 リルフィリアの細い眉がわずかに歪み、小さな息が漏れた。

「!」

 慌てて手を引っ込めるウィンクルム。

「ここは……」

 リルフィリアが目を覚まし、瞳を横に泳がせた。

 そして、傍に立っているウィンクルムに気が付いた。

「──あ、あなたは……」

「だ、大丈夫か?リルフィリア殿」

 胸の動揺を誤魔化しながらウィンクルムは、身を起こそうとしたリルフィリアを手伝った。

「私も今気がついたばかりだ──ここはどこなのだろう……?」

「ここは……学校?」

 辺りを見渡したリルフィリアがぽつりと呟いた。

 この一室の内装に見覚えがあったのだ。

「ここ、『ビブリア』の魔法学校の医務室……かもしれません」

「『ビブリア』……誰が私たちをここに……?」

「あっ、ハート!──ハートはいませんか?」

 ぼんやりした頭から意識が覚醒したリルフィリアが、幼なじみの少年の名を呼ぶ。

「ハート……あの少年か?」

 リルフィリアに代わり、ウィンクルムが医務室のベッドを一つ一つ探す。しかし、ハートの姿はなかった。

「ここにいないということは、彼は無事なのか?そもそも、私はどうしてここに──君は知っているのか?」

「えっと……」リルフィリアが言葉に詰まる。どこから説明すればいいのか──そもそも自分だって途中までしか覚えていないのだ。

「あの魔物たちは──?」

 ウィンクルムの疑問に、リルフィリアは説明できそうなところから話し始める。

「魔物は……ハートが倒してくれました」

「あの少年が……?!」

 民間人の、しかもまだ子供の彼がどうやって──ウィンクルムが当然の疑問を呈する。

「私もなんて説明していいか……でもとにかく、ハートが魔物を全部倒してくれたんです」

「どうやって──」とても信じられなくてウィンクルムが質問を重ねる。しかし言葉に詰まるリルフィリアの様子から、それ以上の説明は求められないと感じたウィンクルムは次の質問をぶつける。

「私は……私はあの巨人の魔物に倒されたはずだ。どうして無事なんだ……?」

 自分はミノガントスにやられたはず──その記憶が間違っているとは思えず、ウィンクルムが問いかける。

「私が、ウィンクルムさんに回復術をかけていたんです」

「回復術……きみが回復術を?」

 高度な魔法術である回復術をこの少女が扱えることもすぐには信じられなかったが、ウィンクルムは現に自分がこうして無事でいることの合点がいった。

 でも──とウィンクルムは思い至る。

 自分がこうして無事なら、あの時、部下たちはどうなったのだろう?

「その──私の部下たちのことは何か知っているか?」

「あっ……えっと」リルフィリアが口ごもる。

「?」その表情にウィンクルムは悪い予感がした。

 わずかな沈黙が流れたのち、リルフィリアが迷いまじりに口を開いた。

「他の人たちはみんな魔物に──」

 その言葉にウィンクルムの足元から、すうっと感覚が抜けた。

「みんな……死んだのか……?」

 ウィンクルムの問いにリルフィリアがとても心苦しそうに、こくりと静かに頷いた。

「────」

 ウィンクルムは呆然とした。

──みんな、やられてしまった。

 突きつけられた事実に、ウィンクルムがよろめいて、リルフィリアのいるベッドに倒れる。

 なんとか腕をベッドに突き立てたものの、ぐらりと眩暈を起こしたウィンクルムは力を失い、そのままリルフィリアが半身を伸ばしているベッドに伏した。

 シーツの上に、ウィンクルムの金の長い髪が乱れて広がった。

「ウィンクルムさんっ」

 リルフィリアが慌てたようすで声をかける。

「ぐっ──ふっ──」

 ウィンクルムが絶望に身を震わせ、激しく乱れた息をつく。

 部下を、仲間をみんな死なせてしまった──自分を隊長と慕ってくれた部下たちの顔が瞼の裏に映った。

「わたし……だけ───なんで──」

 自分だけが──それも最も責任のある立場である隊長の自分がのうのうと生き永らえている。

 無様だ。こんなことあってはならない──

 うつ伏せたまま、ウィンクルムがベッドのシーツをぎゅっと握りしめる。

 こんなことなら、自分も死ねばよかった──激しい自責の念にウィンクルムは押し潰される。

「ごめんなさい……私、回復術がうまくできなくて……貴女しか助けられなくて……」

 上からリルフィリアが謝罪の言葉を口にするのが聞こえた。

「ごめんなさい──ごめんなさい──」

 ウィンクルムの姿にいたたまれなくなって、リルフィリアが顔を伏せるウィンクルムに自身の頭を寄せた。

「うっ──うっ──」

 ウィンクルムはまだ嗚咽していた。

 嗚咽しながら自分の病衣の背中に、ぽた、ぽたとリルフィリアの涙が沁みるのをウィンクルムは感じた。


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