潜む影
ハートが行商人に助けられていた夕暮れ時──
「……あれかな?」
シャルロッテはシーザが言っていた襲撃現場に到着した。
木の陰から覗き見ると、偶然通りかかったらしい行商人のような男が、倒れた少年を介抱していた。
その少年のそばには、ターゲットの娘とその護衛についた騎士らしき女が同じく地面に倒れている。
(ま、簡単だよね)
シーザから請け負ったとおりに、少年を始末しようとシャルロッテは歩を進めた。
なんでこんなのにしくじったのだろうと不思議に思いながら、シャルロッテは木々の間を音もなくすり抜けていく。
すると──
バチッ!!
「──痛っ」
突然の衝撃にシャルロッテは思わず声を出してしまった。
はっとしてそれを不覚に思ったシャルロッテは再び木の陰に隠れて、前方を伺う。
少年を介抱する行商人はこちらの存在には気がついていないようだった。
(何、今の……?)
シャルロッテが、謎の現象が起きた箇所──何もない森の空間に向かってゆっくりと指を伸ばした。すると──
バチッ!
「!」
伸ばした指の先で光が爆ぜた。
(結界──!?)
結界──それは高度な魔法術の一つ。空間に展開される魔法で、術の使い手が設定する任意の対象の侵入を拒む効力を持つ。
(これじゃあ近づけないなぁ)
行商人らまでの距離は十五メートルほど。
シャルロッテも自分の実力には自信があったが、この結界はおそらく強力なものだ。
強引に突破しようものなら、先ほどバチッと体が弾かれたように、怪我を負いかねない。
(んー)
シャルロッテは顎に手を当てて考える。
この結界は、この場に一時的に展開されたものなのか、それともあそこにいる誰かを中心に広げられているものなのか。
──前者ならこの場を彼らが離れてくれれば後から彼らに接近することができる。後者なら効力が切れるのを待てばよい。
(まさか常に展開してるわけじゃないでしょ)
シャルロッテは半ば確信を持ってそう考えた。
そうでないと、シーザの魔物が彼らに近づけたのはおかしいからだ。
この結界は、ある時を境に────シーザが返り討ちになったそのことと関連しているに違いない──展開されたもののはずだ。
(とりあえず、様子見かな)
シャルロッテはこの場で彼らを処理することは諦め、彼らの後をつけることにした。
(きっとあの子だよね──)
シャルロッテの視線の先には倒れた少年──ハートがいた。
シーザの魔物を一体残らず倒しただけでなく、彼に火傷のような傷を負わせ──彼が言うには不思議な剣を使ったとか──おそらくこの結界も展開したであろうあの少年にシャルロッテは興味が湧いてきた。
それに──と、シャルロッテは遠目にハートの素顔を覗く。
その灰色の髪は男の子らしくつんつんとしてボリューミーだが、顔の造りは整っていて、中性的な印象を受ける。
目を閉じたその寝顔は──正確には気絶だが──あどけなく、そして可愛く見えた。
「…………ほしいなぁ」
シャルロッテは思わず呟いていた。
すると、行商人の荷馬車がハートたちを乗せて出発した。 シャルロッテは考える。──彼を『使役』して自分のコレクションにするなら、彼を殺すのと話は変わらない。
「うん、そうしよう♪」
シャルロッテは機嫌よさげに笑みを浮かべて、荷馬車の後をつけはじめた。