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『ビブリア』へ

 リルフィリアの回復術によってウィンクルムは危険な状態を脱したようだった。

 しかし今度は魔法力の消耗によってリルフィリアが倒れてしまった。

(どうすれば──)

 ハートが途方に暮れる。

 彼ら三人以外はみんな絶命しており、兵士たちが乗っていた馬は、馬車のものでさえもウルヘルヴによって噛み殺されていた。

 馬の一頭でも生きていれば──ハートは馬の扱いなど知らなかったが──二人を運ぶために何ができたかもしれない。

 しかし、助けとなる人も物も何もかも失われた状況に、ハートはただその場に居るしかなかった。

「誰か──」

 もう、本当にどうしようもなくてハートが助けを求める。

 しかし、応答などもちろんなく、その声は虚しく消えるだけだ。


 日が傾き、夕方の涼しい風が吹き始めてきた。

 そよぐ風が肌寒く感じる。

 ただでさえ不安のなかにいるハートは、さらに体温を奪われ、一層疲弊する。

「う……」

 凄まじい眠気に、瞼が重くなる。

 ハートの意識が朦朧としてきた。

「くっそ──」

 ハートは、握った拳でがんがんと自分の大腿を叩くが、その痛みでも強烈な眠気は覚めなかった。

 二人を守らなければならないのに──そう思うものの、ハートの視界がぼやけ、焦点が合わなくなる。

 その時だった。

「──なんだこれは!」

 遠くに誰かの声がした。

 ハートがぼんやりと、その方に顔を向ける。

 ぼやけた視界に、荷馬車のような大きな影が見えた

「おい、そこの君──!」

 誰かがその乗り物から降りてこちらに駆け寄ってくる。

「おい、しっかりしろ!」

 遠のく意識のなかで、誰かの声を聞いたハートはそこで気を失った。



 ガタ……ガタ……

 揺れとその音に気がついたハートはそこで目を覚ました。

「ん──おお、気がついたか!」

 そばで誰かの声がする。

「大丈夫か、?一体何があったんだ」

「…………ここは?」

 力なく辺りに目を遣るハート。

 ハートは荷馬車の前方にある横長の座席に座らされていた。

 隣には、荷車を曳く馬の手綱を握る男が同じく座席に座っている。

 男が荷馬車を停止させた。

「俺は行商人さ──仲間と『ビブリア』に向かってたんだ。君たちも『ビブリア』から来たのか?」

「──リルフィリアは!」

 行商人の質問をよそに、覚醒したハートは大切な少女の名を叫んだ。

「ん?」行商人が驚く顔をする。

「ああ、安心しろ、倒れてた二人は後ろさ。荷台に寝かせてある」

 そうして行商人は軽く後ろの荷台のほうを顎で指した。

「あ──」事態を飲み込めないのだろう、当惑するハートに行商人は苦笑いを浮かべた。

「大丈夫、落ち着いてくれ。悪いようにはしてないよ」

 行商人の男がハートを安心させるように言う。「一体何があったか聞かせてくれるか?」

 行商人の言葉に落ち着きを取り戻したハートは言葉を紡ぎだした。

「魔物に、襲われて──」

「それで、あんなことになったのか」ハートの言葉を受けて、行商人は信じられないという顔をした。

「ここは魔物なんてほとんど出ないとこだが──」

 そんなことを言われても現実に魔物に襲われたハートはなんと返してよいか困惑する。

「ああ、すまない」そんなハートに気づいた行商人が詫びる。

「とにかく君たちだけでも無事でよかった──今こいつは『ビブリア』に向かってるが、それでよかったよな?」

「あ、はい……」

「勝手に連れ出しちまったが、あのままおいて置くのもどうかと思ったからな」

「ありがとうございます……」

 ハートはここではじめて行商人にお礼を言った。

「いや、いいのさ──ああ、でも他のやつらのことだが……」

 行商人が歯切れを悪くする。

「彼らの死体はどうしようもできなくてな……」

 彼が言うのは、魔物に襲われて命を落とした何十人もの兵士たちのことだ。

「──仲間の一人を馬で先に『ビブリア』へ走らせた。『ビブリア』の騎士団に言えば、何かしらしてくれるだろう」

 それはそうだ。あんなにもたくさんの遺体、行商人の彼らだけではどうしようもできなかっただろう。

 それに、何よりまず『ビブリア』に何が起きたか伝えなくてはならない。

 この親切な行商人がいなければ、ハートは兵士たちの遺体のそばで、動けない二人をそのままに何もできなかっただろう。 そして外気の冷える夜を迎えていたに違いない。

 この行商人の善意に、本当に助けられた。

「さあ、もう少し休んでな」行商人が優しくハートに告げた。

「──大丈夫、ちゃんと届けるさ。よく生きてたな、坊や」

 その言葉にぎりぎりと胸を苦しめていた緊張が解ける。

 ハートはほどなくして、荷馬車の座席に身を預けて眠りに落ちてしまった。



 行商人の荷馬車は、日が沈み、空が夜に向かう紫色に変わったころ『ビブリア』に到着した。

 『ビブリア』の城門の前で、行商人が先に『ビブリア』に入った仲間と落ち合う。

 彼らのそばを明かりを携えた何騎もの騎馬兵が駆け抜けて行った。 

 行商人の仲間の報告を受けて、襲撃現場に急行する騎士団たちであった。

 

 『ビブリア』に到着したことを行商人に告げられて、それまで眠りに落ちていたハートは目を覚ました。

 少し休めたとはいえ、それでもまだハートはかなりの倦怠感に夢か現かわからない心地であった。

 行商人の手を借りてハートは荷馬車から降りる。

 すると、何やら大勢の人がハートたちを迎えていた。

「大丈夫か──」

「こっちに──」

 ぼんやりとするハートに、大人たちが騒ぐ声が聞こえる。

 辺りはもう暗い。何人かが掲げる松明に照らされながら、ハートは大人たちが言うままに木製の担架に乗せられた。

(帰って……来た……)

 城門をくぐる光景を最後に、ハートは再び意識を失った。

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