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惨状のなかで

 眩い光が晴れ、そこにハート一人だけが立っていた。

 魔物の姿はもうない。彼が一人で、すべてのウルヘルヴを退治したのだ。

──すごい……

 信じられない光景を目の当たりにし、リルフィリアが呆気にとられる。

 全てを片付けたハートが、リルフィリアの方を振り向いた。

「ハート!」

 彼に駆け寄るリルフィリア。

 すると、ハートを包んでいた魔法力の光がだんだんと途切れ途切れになる。

 そしてハートが握っていた銀の剣が、一度瞬くように光ると、光の粒子になって消えていった。

 魔法力の消失とともに、先ほどまで風を受けたようにふわりと逆立っていた彼の髪がいつものように落ち着いた。

 輝いていたハートの瞳も普段の彼の色に戻り、ハートが目を閉じると、その体がすとんと膝から崩れ落ちた。

「あっ!」

 地面に倒れるまえに、リルフィリアが彼の体を受け止める。

「────リル」

 すぐに気がついたのかハートがゆっくりと目を開けた。

「俺……なにを……」

 半ば虚ろだったハートの瞳が光を取り戻して、辺りに目を向ける。

 突然出現した魔方陣、光輝く銀の剣、咆哮をあげるミノガントス──断片的な光景が脳裏によみがえる。

「ハートっ……よかった……!」

 リルフィリアがハートの体にぎゅっとしがみつき、その顔をハートの胸にうずめる。

「うっ──うっ」

 ハートは彼女の小さな嗚咽を胸に感じた。

 突然の出来事に、計り知れない恐怖を感じていたはずだ。

「リルフィリア……」

 ハートは彼女を安心させるように、そしてその無事を確かめるようにその細い体を抱き締めた。

 

 


「リル、大丈夫か?」

 泣いていたリルフィリアの背中をさすっているうちに、彼女が少しずつ落ち着いたのを見て、ハートはリルフィリアに声をかけた。

「立てるか?」

「うん」

 そう言って二人は立ち上がった。

 しかし、立ち上がったハートはその瞬間目眩がしてふらついた。

 いままで興奮状態にあって気がつかなかったが、落ち着いた今は体がとても疲労したようにしんどく感じ、頭も重い。

「ハート?」気遣ってきたリルフィリアにハートは気丈に振る舞う。

「大丈夫──他の人たちは……」

 そして二人は後ろを振り返った。

 


 そこには、リルフィリアを護衛していた十何人もの兵士たちが地面に倒れていた。

「誰か──」

 無事な人はいないかとハートは呼び掛けるが、その凄惨な状況に小さな声しか出なかった。

 誰もが血だまりのなかに伏している。一目で誰も生きていないことがわかった。

 それでも、もしかしたら──そう思いハートはもっと間近で生存者がいないかを確かめるために、兵士たちのほうへ進みだした。

「ハートっ」

 リルフィリアが不安そうな声でハートを呼び止めた。

「リルフィリアはここにいて」

 彼女にこんなにもおぞましいものはみせたくない──ハートはリルフィリアをその場にいるように制して一人で歩みだした。



 その光景を間近で見ることはとても恐ろしかった。

 魔物の姿は塵となって消え、兵士たちの体だけが残ったありさまだからこそ、その屍の様子がよく見えてしまう。

 ウルヘルヴに噛み殺された兵士たちの死体は激しく損傷していた。

 手足がもがれているもの、首が半分しか繋がっておらず頭が体に垂れ下がっているもの、顔面が本来あるはずのところが肌色や赤や黒といった様々な色でぐちゃぐちゃになっているもの──

「うっ──」

 あまりの凄惨さに吐き気がこみあげる。

 途中から、ハートはこのその兵士たちの間を歩いたことを後悔した。

 誰も彼もすでに死んでいる。

 ハートが諦めたそのときだった。

「ハートっ!こっち!!」

 ハートが振り返ると、遠くでリルフィリアが慌てた様子で手を振っている。

 よく見るとリルフィリアが、大きな木の根元に倒れている女性騎士──ウィンクルムの側に立っていた。

 何事かと思ったハートはリルフィリアのほうへ駆け出す。

「今、動いたの!」

 到着したハートにリルフィリアがウィンクルムを指して言う。

 するとウィンクルムが、びく、と頭を動した。

「ほらっ!」

「生きてる!──ウィンクルムさん!」

 ウィンクルムが動いたことに

二人が喜びの声をあげる。

 ハートは、声をかけてウィンクルムの意識を呼び起こそうと、彼女の側に膝をついて近づく。

 するとウィンクルムはヒュー、ヒューと小さく素早い呼吸をしているのがわかった。

「──?なんかおかしい……」

 そのウィンクルムの呼吸のしかたにハートは違和感を感じた。

 彼女の呼吸は普通と違ってどこかおかしかった。

 すると呼吸をしているように見えるのに、みるみるウィンクルムの美しい顔が青ざめ、唇は血の気を失っていった。

「えっ──ウィンクルムさん!?」

 彼女の異変に、ハートがウィンクルムのだらりと力を失った腕の手首を掴んだ。

「脈が……ない……?」

 手首に指を当てたハートが、呆然とする。

「そんなっ!?」リルフィリアが悲痛な声を上げる。

「どうすれば──」

 思わず辺りを見渡すハート。

──薬……道具……なにか、だれか──!

「ハート……」

 するとリルフィリアがウィンクルムを挟んで、ハートの向かいに膝をついた。

「回復術をやってみる」

「えっ?なにがだ──?」

 リルフィリアの発言を理解できなかったハートだが、事態は急を要すると判断したリルフィリアは彼に詳しく説明をする前にウィンクルムに両手をかざした。

 リルフィリアが目をぎゅっと瞑り、意識を集中させる。

「『まことの恵みと栄光をここに』──」

 リルフィリアが静かに何かの言葉を口にした。

 それと同時に、ウィンクルムに当てる彼女の両手の先に緑色の光──輝く魔方陣が現れた。

──それは回復術の光であった。

(いつの間に、そんなものを……!)

 息を呑むハート。

 回復術──それは対象の肉体が持つ自己修復機能を魔力によって増進する、すなわち治癒の魔法術であった。

「教えてもらったことがあるの──うまくできないけど……」

 ウィンクルムに両手を当てながら、リルフィリアが呟いた。

 しかし、意識を集中させないといけないのだろう、リルフィリアはすぐに口を真一文字に結び、目をぎゅっと閉じる。

 回復術は会得するのが困難で、それを扱うことのできる魔術師は希少であると聞く。

 ハートは彼女の邪魔をしないように、黙ってそれを見守った。

 パアァ…………

 リルフィリアが緑色の光をウィンクルムに当て続ける。

「……」

 しかし、危険な状況に思えるウィンクルムの様子はさほど変わっていなかった。

 回復術ののイメージから言えば、あっという間に人の傷を癒してみせるかとハートは思っていたが、リルフィリアはまだ回復術をウィンクルムにかけ続けている。

 それは、リルフィリアの回復術が不完全であるために、費やしている魔法力の割には回復の効果が得られていないためだった。

 それにリルフィリアも気がついているのであろう──リルフィリアは回復の効果を得るために回復術を発動し続けた。

 ウィンクルムの様子はまだ変わらない──彼女を救うためには、リルフィリアは回復術を止めるわけにはいかなかった。

 ウィンクルムを救えるかはリルフィリアの双肩にかかっていた。

──頼む、リルフィリア。

 懸命に回復術をかけ続けるリルフィリアをハートは固唾を飲んで見守るしかなかった。


 

 



 どれくらい時間が経ったであろう。

 三十分か、それとも一時間か、とにかく長い間こうしている気がした。

「────?」

 ふとハートは、ウィンクルムの様子が変化したように感じた。

 彼女を注意深く観察するハート。

 よく見ると、回復術の光のせいで一見わかりにくいが、それまで蝋人形のようであったウィンクルムの顔に血色が戻り、その呼吸が、静かだが、深く長いものになっている。

 ウィンクルムの手首に指を当てる。

 トク……トク……と彼女の腕の脈が拍動している。

「やったぞ、リル!」ハートが顔をあげた。

「うん……」

 それを受けリルフィリアは力なく頷き、ようやく回復術を止めた。

 その瞬間、リルフィリアの上半身がゆらりと力を失った。

「──おい!」

 今度はリルフィリアが気を失ってウィンクルムの上に覆い被さるように倒れた。

「リルフィリア!」

 慌ててリルフィリアのほうに回ってその体を起こすハート。

 息はしている──回復術をかけ続けたせいで魔法力を使いすぎたのだろう。


「──どうすれば……」

 疲労で倒れたリルフィリアと、重症で意識を失ったままのウィンクルムの二人を前にして、自身も疲労しているハートは途方に暮れた。

 







ザッ──ザッ──

 一人の男が森のなかを息を乱して駆けていた。

 外套と一体になったフードは後ろに脱げており、その顔は苦痛に歪んでいた。

「どーしたの?そんなに急いで」

 突然声がかけられ、男は足を止めて辺りを見渡す。

 木々の影から、その声の主が現れた。

「うわぁ、なにそれ、すごいね」

 男の顔を見た声の主が驚いた表情になる。

 男の顔は、その右半分から腕にかけて、焼けたように腫れただれていた。

「あれ?」

 声の主が、大きな身ぶりで辺りをきょろきょろ見渡してみせた。

「──もしかして、ダメだった?」

 すると男が、痛みに表情を歪ませながら悪態をついた。

「あのガキだ───くそっ、あいつを殺せ!!」

「おーおー、荒れてるねぇ」

 声の主が意外そうな顔をして男の悪態を受け流す。

「──大丈夫それ?治るかな?」飄々とした口調で、男を気遣う。

「っ……」

 男は唸るように小さな息を漏らし、口を閉ざして痛みに耐える。

「──大丈夫、キミは休んでて」

 声の主が微笑みを浮かべて、男の傍を通り抜けながら言った。


「代わりにやってあげるよ──ボクの『ヒューマンテイム』でね」


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