聖剣、召喚
(すごい……)
炎の召喚獣イフリートが、あっという間に数体のウルヘルヴを屠ったのを目の当たりにし、ハートは感嘆した。
これがリルフィリアの召喚術──天界に存在する使い魔の力なのか。
「ハート!」
地面に倒れていたハートにリルフィリアが駆け寄る。
「──大丈夫、ありがとうリル!」
リルフィリアの手を借りてハートは立ち上がった。
──ウオオオオッ!!
「っ!?」
しかし、安心したのも束の間、大気を揺らす雄叫びが上がり、二人ははっとその方を見る。
前方にいた雄牛の巨人ミノガントスが、ドスンドスンと地面を揺らし、ハートとリルフィリアに向かって進んできた。
「お願いっ!!」
リルフィリアの声に反応し、
イフリートがミノガントスに向かっていく。
(──!あれは……)
しかし、ハートはイフリートの全身から、光の粒子が溶けるように空中に霧散していっているのに気がついた。
それは召喚術が効力を失いかけている予兆であった。
「ガアッ!!」
それでもミノガントスに飛びかかったイフリートは、その巨大な筋肉の塊──肩のあたりに喰らいついた。
「オオオッ!」
ダメージを受けているのか、ミノガントスがイフリートを振り落とそうと身をよじる。
「あっ!」
その直後、ミノガントスがその大きな腕でイフリートを掴むと、空に向けてイフリートを投げ飛ばした。
そして、同時に召喚術の効力が切れ、投げ飛ばされたイフリートは空中で光に包まれてその姿を消した。
「そんな──」
唯一の頼みの綱であったリルフィリアの召喚獣が失われ、愕然とする二人。
二人の前にミノガントスが迫る。
「──リルフィリア!今の、もう一回できるか?!」
「えっ!」
ハートが唐突に言った。
リルフィリアに、もう一度召喚術を唱え、先ほどのイフリートを召喚せよというのだ。
「俺が時間を稼ぐから、もう一回出してくれ!!」
──それしか二人が助かる方法はない。
言うが早いか、ハートは地面に落としていた折れた槍を拾い、ミノガントスの横を目指して走っていった。
「おおい!こっちだ、化け物!!」
そう大声を出しながら、ハートは手に握る折れた槍を掲げ、自分の存在をミノガントスにアピールする。
ミノガントスの目がハートを睨んだ。
──こんなこと、一度もしたことがない。
ハートの今までの人生で、こんなにも無謀で虚勢を張った蛮勇を振るったことはなかった。
しかし、リルフィリアを助けるという使命感が、ハートをこのような大胆な行動へと突き動かしていた。
「オオ……」
ミノガントスがハートの方へ体を向けた。
(よし──)
注意は引くことができた。
あとは敵の攻撃をなるべく数多くかわしてリルフィリアが召喚術を発動させる時間を稼ぐ。
ハートの算段どおりだ。
視界の端で、リルフィリアが精神を集中させているのが見えた。
しかし、先ほどすでに一度召喚術を使ったばかりのリルフィリアは、二度目の召喚術を発動させるために時間を要していた。
そもそもリルフィリアは、いくら才能があるといっても、召喚術を実用できるほどのレベル──魔物との戦闘に使うために訓練してきたわけではない。
魔物と戦うために日々鍛練を積んだ兵士や魔術師などではなく、所詮は魔法学校に通う一人の少女に過ぎないのだ。
先ほどはとっさに唱えた召喚術であるにもかかわらず、イフリートを使役してウルヘルヴと格闘し、魔力をもとにした火炎放射を放ちハートの窮地を救った。
それだけでも大したものなのだ。
それなのに、ただでさえ成功させるのが困難で、しかも多量の魔法力を消費する召喚術を、もう一度きちんと発動させ、かつ召喚獣がある程度の時間活躍できるほどの効力を持たせる──それは無理難題といってもいい。
(ハート──)
しかし、リルフィリアにもこの危険な状況を打破するにはそれしかないことは通じていた。
(集中して──)
ハートの意を汲んだリルフィリアが、額に汗を滲ませながら、もう一度体内の魔法力を術の発動のために絞り出す。
ズオッ。
ハートの前で、ミノガントスが上空へと大きく斧を振りかぶった。
その巨大な影がハートを覆う。
(まだだ──まだ──!)
早く動いて避けてしまいたい──その衝動に駆られるハートであったが、早い段階で動けばミノガントスの斧に追跡されてしまう。
ミノガントスが斧を振り下ろすその瞬間──動きを修正できないタイミングでかわすしかなかった。
ブゥン!
唸りを上げて、ミノガントスの斧が振り下ろされてきた。
(今だ!)
ハートが思い切り横へと地面を蹴る。
ドオン!!!
ミノガントスの斧が地面を打ち、衝撃が走る。
その威力に地面から土砂が真上に吹き上がった。
「っ!」
ミノガントスの強烈な一撃に、ハートの体は衝撃を受けた。その際に地面から弾け飛んできた小石が頬を掠める。しかし、ハートは斧の直撃を回避していた。
──かわした!
恐怖と緊張でぎゅっと強ばっていたハートの胸に、希望と興奮が沸き上がった。
いける。これを繰り返せば……
ハートがそう思った次の瞬間──
「ウオオッ!!」
ミノガントスが地面を大きく穿った斧を乱暴に横へと跳ねさせた。
「────っ!!」
横薙ぎの斧が、強烈な風圧と巨大な礫が混じった土砂をハートに飛ばす。
ガッ!ガッ!
ハートの顔と同じぐらいの大きさの岩がハートの額と、腹部に直撃する。
「が──」
衝撃波に吹き飛ばされたハートは宙を舞ったあと地面に叩きつけられた。
「ハート!!───っ、きゃあーー!!!」
ハートが吹き飛ぶのを目の当たりにし、集中が途切れるリルフィリア。
直後、彼女の悲鳴が響きわたった。
「……!」
一瞬の出来事と、自分を襲った衝撃に意識が飛んだハートであったが、リルフィリアの悲鳴が彼を目覚めさせた。
──リル!
「……がはっ」
リルフィリアの異変を直感し、倒れた状態から身を起こそうとしたハートであったが、全身に激痛が走り、ハートは激しく咳き込んだ。
「はっ、はっ──あ"っ……」
呼吸がうまくできない。
窒息しそうなハートであったが、それでもハートは頭だけでも何とか動かす。
何かが上から垂れてきて、ハートの片目の視界が失われた。
切れた額から流れた血のせいであった。
「リル……」
視界の先で見えたのは、巨人の魔物に体を握られ、宙に持ち上げられているリルフィリアの姿であった。
「ハートっ!ハートっ!!!」
リルフィリアの悲痛な叫びが、薄れゆく意識を貫いてハートに届いた。
「ぅ……ぐっ……」
ハートが、歯を食いしばって、地面に腕を立てて身を起こそうとする。
「ハート!たすけてっ!!」
木霊する彼女の叫び。
ミノガントスが踵を返してハートに背を向けて歩き始める。
リルフィリアはミノガントスにそのまま連れていかれようとしていた。
「──や……め…ろ………」
倒れてられない。助けないといけない──ハートにとって何よりも大切な少女を守る、その情念がハートを動かした。
(神さま……どうか……)
俺に力を──自分はどうなってもいい、何が起きても構わない。
ハートは拳を強く握りしめ、祈った。
────神さま
すると、ハートの前に白く輝く一つの魔方陣が出現した。
(なに───!?)
『それ』を目にしたのはリルフィリアであった。
ハートの前に、白く光る魔方陣が現れ──リルフィリアはそれを見たことがあった。ハートが魔法学校で見せたことのある召喚術の魔方陣だ──その中心から生まれた光が、太陽よりも強い眩さで辺り一帯の全てを覆い、その瞬間何も見えなくなった。
輝きに包まれ、全てのものが動きを止める。
そして、その光が晴れた。
(──あれは!)
リルフィリアの視線の先──
白の召喚術の魔方陣は依然として展開している。
彼女の目に入ったのはその中心にあるもの──魔方陣の中心に現れた、光り輝く一振りの剣であった。
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