降霊術
「うん!」
ハートの言葉にリルフィリアがしっかりと頷いた。
光のドームの中、二人が校長をはじめとする魔法教師たちに目を向ける。
「リルフィリア」
ハートは左手に持つ本をリルフィリアに見せた。
「あの人たちを元に戻すには、きっとこの呪文を使えばいいんだけど……」
リルフィリアもそのページを覗き見る。
「でも、あっちの人数が多すぎて、これを発動させる暇がないんだ」
ハートは現状の問題点をリルフィリアに説明した。
必要なのは魔法術発動までの時間──シャルロッテの『ヒューマンテイム』を解くこの魔法術を発動させるまでに、リルフィリアに教師たちの足止めを頼めるだろうか?
しかし、また使い魔を召喚してもらうにしても、先ほどイフリートがあっという間に教師たちに袋叩きになったように、どれほど時間を稼げるだろうか……?
それとも、自分が教師たちの攻撃を引き受けて、その間にリルフィリアの召喚獣に教師たちを制圧──例えば杖を破壊するとか──をしてもらうほうがよいだろうか。それでも、結局はこの魔法術以外に解決策はないであろうから、それではリルフィリアを危険に晒す可能性のほうが大きい。
どうする──ハートは思案した。
「ハート、これ……」
すると、本を覗きこんでいたリルフィリアがぼそっと言った。
「──ハート、わかる……これ、私にもわかるよ」
「えっ?」
リルフィリアの唐突な発言に、ハートが首を傾げる。
「──すごく難しそうな魔法だけど、私……わかる」
リルフィリアがページの魔法陣と呪文をじっと見ながら、ゆっくりと頷く。
見ると、リルフィリアの瞳がどこか光を帯びて見えた。 雰囲気がいつもの彼女と違う──自分が一目見るだけでこの本の魔法術を理解して発動しているように、リルフィリアにも自分と同じ現象が起きているのだろうか?
「私が、この呪文を唱える──時間をちょうだい、ハート」
するとリルフィリアのほうからハートに提案してきた。
「お前が……?──できるのか?」
思わぬ彼女の提案に驚きながら、ハートは彼女に確かめる。
「多分……」リルフィリアははじめ自信がなさそうに返したが、すぐに首を振ってはっきりした口調で言い直した。
「ううん、絶対成功させる!」
「──わかった」
その言葉に、一瞬呆気にとられたハートであったが、彼女の目を見て答える。
ハートを見つめ返すその瞳は、彼女の強い決意を映していた。
「──でも、この本はお前に貸せないけど、それでも大丈夫か?」
ハートはリルフィリアに訊ねる。
ハートが教師たちの攻撃を引き受けるとすると、他の魔法術を発動させるためには、この魔法術のページは閉じなければならない。
そうなると、リルフィリアは何も見ることなしにこの魔法術の呪文を詠唱せねばならず、また魔法陣が彼女の頭に入っていなければ、術を発動させることができない。
「──大丈夫」
ハートの懸念を受けて、リルフィリアが自分自身にも確認するように頷いた。
「全部、覚えられたから」
さすがリルフィリアだ──ハートは内心感嘆する。
あの複雑な構成の魔法陣と長い呪文のすべてをリルフィリアはこの短時間に記憶したらしい。
魔法学校一番の才女──ハートは目の前の幼なじみの少女が誇らしく思った。
その姿に、ハートの胸にあたたかなものが湧いてきた。
「わかった。なら、お前は後ろに下がってろ──」
リルフィリアにそう言われたら信じるだけだ──ハートは彼女の提案に乗る決意をする。
「お前が術を発動させるまで俺が攻撃を防ぐ。──頼んだぞ、リルフィリア」
「うん!」
そう言うとリルフィリアは、目を瞑って集中しはじめた。
それを見たハートは、彼女を庇うようにその前に立つ。
「──いくぞ!」
ハートとリルフィリアを覆っていた『マーテルアルム』──魔力防壁のドームがその効力を徐々に失って消え始める。
すると、無防備な姿を晒したハートたちに向かって、魔法教師たちが各々の属性魔法──火炎放射や水流、風の衝撃波、雷撃、そして岩石の投擲を放ってきた。
ゴオオッ!
魔法教師たちの集中砲火がハートたちを襲う。
「──『エレメント=バースト』!」
呪文の詠唱とともに、ハートがそれらに向かって杖を向けた。
すると、マグナスの杖の五つの魔石が輝いて、五色の魔法陣がハートの前に展開された。
火、水、風──五色それぞれの魔法陣から、魔法教師たちの攻撃と同じ属性魔法が放たれる。
ゴゴゴゴゴッ!!
火炎と火炎、水流と水流──ハートと魔法教師、それぞれの属性魔法が激突し、凄まじい衝撃が辺りに走り、轟音が響く。
その威力に、土煙がもうもうと上がるなか、ハートはすべての属性魔法を迎撃しきっていた。
そして、魔法教師より早くハートが次の魔法術を詠唱する。
「傲りし者よ、地に堕ちよ──」
マグナスの杖の黄色の魔石が強い光を発し、ハートの数十メートル前方──魔法教師たちの周囲に黄色の魔法陣が現れた。
「『グラビティ』!!」
魔法陣から黄色の光の柱が立ち上がり、それに囲まれた魔法教師たちが突如、がくんと膝を折って体勢を崩す。
見えない力を受けて地面に向かって体を押し付けられる教師たち。『グラビティ』──過大な重力を発生させる土属性魔法であった。
(やりすぎるな!)
ハートは魔力を発揮しすぎないように杖の力を自制する。
身動きを封じられれば十分──本来なら容易く教師たちの体を押し潰すほどの威力をハートは抑えこむ。
(──頼むぞ、リルフィリア!)
教師たちに杖を向けながら、ハートは背後のリルフィリアに事を託した。
(あの魔法──私の魔法力じゃきっと足りない)
ハートの後ろに立つリルフィリアは、冷静にそう分析していた。
ハートには先ほどあのように言ったものの、マグナスの本を見たリルフィリアは、その魔法陣の複雑さや呪文の難解さから、この魔法術が膨大な魔法力を必要とする上級──ひよっとしたらそれ以上の魔法術であることを理解していた。
(──それなら、精霊の力を借りれば……)
それでも、リルフィリアが見いだした可能性──それは『降霊術』であった。
『降霊術』によって天界の精霊の力を自身の身に憑依させ、精霊が持つ莫大な力──その魔法力の一部を借りることができれば、あの魔法術──大魔導師マグナスの上級魔法を成功させることができるはずだ。
「水の精霊よ、その力を我が身に与えたまえ──」
リルフィリアが降霊術の呪文を唱える。
詠唱するのは、学校で訓練したことがある、水の精霊『ウンディーネ』の降霊術だ。
魔法力の青い粒子が、リルフィリアの体を取り巻く。
(──力を、貸してください……)
リルフィリアは心のなかで祈る。
──『召喚術で一番大切なのは、心からお願いすること』。
先生たち──校長をはじめとするあの魔法教師たちに教わってきたことをリルフィリアは思い出す。
(神さま──精霊さま──どうか)
祈るリルフィリアの周囲に、青い魔法陣が発生した。
──カッ。
そしてその魔法陣から、眩く輝く青の光が、天に向かって立ち昇った。




