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71.それぞれの状況

「まあ! そのような調理法があったのですね」

「こちらのお吸物もコクがあって美味しいですわ」

「ヤマヒト殿はほんに博識ですのう」

「いえいえ、《スキル》で(わか)るだけですから」


 帝王御殿に居座り始めて数日が経ちました。

 初めは距離のあった使用人の方々ともすっかり打ち解け、彼らの仕事を手伝ったり、雑談したり、その他工作を行ったりして過ごしています。


「……おや」

「どうなさいましたか?」

「いえいえ、こちらのことです。ただ、ムザークさんとはもう会えなさそうですよ」

「あぁ、それは……残念ですわ」


 私の言葉を聞いた使用人さん達が若干残念そうな顔をします。

 ムザークさんは自分より上の立場の者には媚びを売る反面、弱い立場の者には高圧的に接するため嫌われていました。

 ですが、死んだと聞いてはさすがに同情するようです。


「逃げようとしたり他者に状況を伝えようとするのなら命の保証は出来ない、ときちんと言っておいたのですが」


 宰相さんの工房にて息絶えた気配を感じつつ、そっと小さく嘆きました。




◆  ◆  ◆




「メイジェス様っ、メイジェス様はおいでですかっ」


 ドアを叩く音に続いて、そんな呼びかけがあった。

 『万薬師』宰相メイジェスは溜息を一つ吐いてからドアを開ける。


「何ですか、騒々しい。食料の搬入はまだ先のはずですが」

「たっ、大変なのですっ。表では言いにくい事なのでよければ奥に……」

「どうぞ、入ってください」

「有難く存じます。……それでは改めまして。先日、帝王御殿が賊に侵入されたのですが──」


 招き入れられた使用人は帝王御殿がヴェルスタッド・トゥーティレイクに占拠されていることを話した。

 だが、それを聞いてもメイジェスに動揺はない。

 あの挑発的な書状が陽動であることなど(はな)から想定済みだった。


 『嗜虐公』が敗れたと聞いた時には思わず聞き返したが、敵が十人近い人数で攻めて来たと知り納得する。

 使用人ムザークの《気配察知》では、賊の実力は高位貴族にも匹敵するものだという。

 そんな相手に囲まれれば、運悪く不覚を取っても不思議ではない。


「それで、隙を見て伝えに来たという訳ですか?」

「はいッ、その通りでございます! 他の者共は賊の脅しに屈して唯々諾々と従っておりますが、このムザークだけはそうではありません! 連中の監視が薄れる瞬間を見計らい、単身お伝えに参ったのです」

「それはご苦労でしたね。もう休んで構いませんよ、《海王統水》」

「へ?」


 天井裏から垂れ下がった水流が使用人を襲った。

 水流は口から気道に侵入し、彼の呼吸を妨げる。


「ごぼ、が、げぇ……」


 地に倒れて藻掻いていた使用人だが、数秒ほどでその体から力が失われる。

 酸欠になったというだけでは説明が付かない脱力の早さである。


「これまでは使う機会に恵まれませんでしたが、防衛機構は万全ですね」


 先程の《ユニークスキル:海王統水》で操られていたのは、ただの水ではなかった。

 《製薬術》で作られた毒の《薬品(ポーション)》が彼の命を奪ったのだ。

 この工房にはこのように、《薬品(ポーション)》や《魔道具》を使った様々な仕掛けが施され、一種の要塞と化している。


「私は研究で忙しいのです、貴方がここに来たのがバレたら私も巻き込まれるではありませんか。余計な面倒事を持ち込まないで欲しいものです。まあ、誰にも伝えず一人で来たことだけは褒めて差し上げましょう」


 使用人の死体を強酸液で溶かしつつ、不満をぼやく宰相。


「そも、知ったところで私がすべきことはないですしね。今から早馬を送ったとて追い付けるかは怪しいですし、謀られたことには陛下も(じき)に気付くはず。賊は陛下がいずれ倒すのですから私がわざわざ戦う必要はありません」


 勝てそうにないから言い訳を並べている、訳ではない。

 メイジェスは心の底から戦えば己が勝つと確信している。

 彼の真の実力は、六鬼将最強と呼ばれる『嗜虐公』すらも上回っているのからだ。


「いくら老いさらばえたとはいえ、陛下には《ランク6》の《装備品》と二つの《ユニークスキル》があります。《大型迷宮》での《レベル》上昇を考慮に含めようと、高位貴族級が精々十名では決して敵いません」


 客観的な評価を下した宰相は、溶け切った使用人の死体だった物を裏口に捨てに行く。

 素手では触れず、《海王統水》の水流で運んでいる。


「それにしてもまさかギルレイス様のご子息が生きてらっしゃったとは。全く、当時のレイズさんは何をやっていたのでしょうか」


 今は亡き同僚に愚痴を吐いた。

 その言葉には一匙の軽蔑と、大量の呆れが籠められていた。


「己が職務を全うしていれば、こうはならなかったでしょうに。彼のことです、面倒だからと途中で放棄したのでしょう。ああ、愚か愚か。やはり心こそが毒。早く薬を完成させて、愚衆を救ってやらねば」


 ブツブツと呟きながら彼は研究に戻って行った。




◆  ◆  ◆




「もう間もなくか」


 帝都を出発してから約二週間が経過した。

 武帝率いる帝国軍は、国賊ヴェルスが居るとされるボイスナー領の隣の領に到着。

 道中、事情を聞いた貴族達も一部参戦し、その兵数は膨れ上がっている。


「一番槍はこのゼニックにお任せくだされ」

「ひぇっひぇっ、儂の〈魔術〉で氷漬けにするのも一興ですじゃ」

「女が居たら俺様の分も残しとけよ。せっかくこんな僻地まで来たんだ、少しくらい楽しませろ」


 六鬼将達に武帝が返事をしようとしたその時、後方から配下の騎士が駆けて来た。


「陛下! 急報でございます!」

「どうしたのだ?」

「それが、先程追いついて来たこの者が言うには……」

「んん? チミはたしかミルケアとの取引をさせてる」


 騎士が連れて来た男のことを、ゼニックは知っているようだった。


「はい、ゼニック様にはお世話になっております」

「ふぅん、ゼニックのねぇ。それで、何があったんだ?」

「はい。それが──」


 男は帝王御殿襲撃の話をした。

 食料や実験素材を集めるため、たまたま外に出ていた彼だけは難を逃れ、こうして伝令にやって来られたのだという。


「本当なのか?」

「はい。証拠にと、使用人のムザークさんという方からこのシミターを渡されました」


 そう言って取り出したのは『嗜虐公』が愛用している二振りの片割れ。

 それを見せられては信じるほかない。


「よく追い付けたな」

「ゼニック様のご指導の賜物でございます」

「良い部下を持っとるのぉ」


 この世界における早馬に必要なのは持久力や速力だけではない。

 魔物や盗賊を寄せ付けないだけの戦闘力も求められる。

 それを成せるのは騎士の中でも一握りの者だけなのだ。


「小癪な真似を……ッ!」


 感心する六鬼将の前で、武帝だけは爪が食い込むほどに拳を握りしめ震えていた。


「我は今すぐ帝都に戻るッ、お前達はこの領内に残党が居ないか捜せ!」

「儂らもお供しまする。奴らは『嗜虐公』を──」

「不要だッ、レイズと我では次元が違う! かてて加えて我一人の方が速い!」


 言い捨てるや否や、武帝は消滅した。

 否、そう錯覚するほどの速度で駆け出したのだ。

 高位貴族以上の《ステータス》があれば、馬より自身の足の方が速い。


 足が地面を蹴る度に高く、そして前に体が押し出される。

 弾むボールのような軌道で街道を猛進し、山の向こうへと姿を消した。


「こちらのパターンになりましたか」


 遠くに消え行く武帝の背中を、森の木陰から見届けて。

 真っ白な服に身を包む男は呟いたのだった。

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