58.説得
「そう、か……。俺を殺しに来たんだな」
ミルケアさん達の居座っていた洞穴にて。
深刻そうな顔をした男性が穏やかでないことを呟いています。
心外なことに、殺人鬼か何かだと思われているようです。
「そのような物騒なことはしませんよ」
「……何?」
そんなに疑わなくても良いと思うのですが、男性は怪訝そうな顔をします。
大変に心外です。
「じゃあ、何で俺を、待ち伏せて……」
「待ち伏せていたのではありません。ただ、人の気配がしたので寄ってみただけです」
誤解を解くべくそう言ったのですが、男性は難しい顔をしたままです。
こちらの狙いを探っているのが気配でわかりました。
けれど、思考を途中で放り投げ、彼は口を開きます。
「まあいい。俺はあんたが捕まえたミルケアの仲間で──」
「それは分かっています。誰かが彼女達に補給を行っていたのは明らかでしたし、表に馬車も停めてありましたからね」
補給担当が来ないか洞穴に意識を向けていたところ、人の気配が現れたので見に来た、というのがこれまでの流れです。
「何だ、気付いてたんじゃねぇか。だったら話は早い。抵抗しないから早く殺すなり捕まえるなりしてくれ」
何だか投げやりな対応をされます。
理由は何となく察せますが。
「後悔しているのですか?」
「…………」
言葉は無くとも気配が雄弁に肯定しています。
激しい自己嫌悪と誰かへの謝意が痛いほどに伝わってくるのです。
「しかし、わかりませんね。そうであるならば尚のこと、生きるべきだと思いますよ」
返事がないのでそのまま続けます。
「あなたが死んでも村人達には何の利得もありません。主犯でもないのですから、心情的にも大してプラスにはならないでしょう。あなたが商人であると言うのならば──」
「俺は商人じゃねえ!」
強い声で遮られました。
この世界で物資を運搬する者は大半が行商だったので失念していましたが、たしかに、物を運ぶだけなら商人とは言えないかもしれません。
しかしこの怒りよう、商人に何か思い入れがあるようですね。
怒声と同時に自責の念が強まったことから、商人そのものに悪感情を抱いているわけではなさそうです。
この方面からアプローチしてみましょうか。
「まあ、これまでのあなたはただの運び屋だったかもしれませんが、今ならばそこから脱却できるのですよ?」
言って、洞穴の出口脇に置かれた馬車を指さします。
「販売できる商品も、それを運ぶ足も、身を守るだけの力も今のあなたにはあります。不幸な衝突により運搬先であるミルケアさんはいなくなりましたが、あなたが報告しなければそのことが明るみに出るのはしばらく先です」
「……物資を横流ししろと?」
「いいえ、私は選択肢を提示しているだけです。今ならば望む顧客に望まれた商品を届けられますよ、と」
食べ物だけではありません。
武器に薬に防寒具、ミルケアさん達による襲撃の影響で、村では多くの物が不足しています。
領都からの物資が届くのにはあと数日かかりますし、彼が物資を提供すれば喜ばれることでしょう。
「……駄目だ。俺はこれまで散々見捨てて来たんだ。変な《魔道具》の中にすし詰めにされてるのも、ミルケアに操られて苦しそうな呻きを上げてるのも……。今更合わせる顔はねえ。あんたも騎士なら俺みたいな悪人を見逃しちゃ駄目だろ」
「私は騎士ではありません。ですので、あなたをどうこうするつもりもありません」
目の前で悪事が行われていればさすがに止めますが、過去の罪を罰して回るほどアクティブではありません。
騎士でも正義の使者でも法の番人でもないのです。
本人が反省しているのなら、部外者の私がそれ以上を求めるのは筋違いでしょう。
「それに罪を犯した自覚があるのでしたら領主さんの元に出頭すべきです。己の罪と向き合うのは辛く苦しいでしょうが、死ぬとしても法の裁きによって死ぬべきです。自ら命を捨てるならば、それは独り善がりな自己満足にしかなりません」
「…………」
ハッとしたような表情をしました。
一理あると思わせられたようです。
正直なところ、この帝国の法で六鬼将の部下が罪に問われるとは思えませんでしたが、大事なのはパルドさんに引き合わせること。
彼ならばこの行商さんのことも上手く扱ってくださるでしょう。
それこそ私が最初に示したように、物資を横流しさせたりミルケアさん達の死を隠蔽したりです。
そして領主の沙汰であれば彼も納得できるでしょう。
「ちなみに領都はここから西ですよ。それでは、私は行くところがありますので」
「あ、ちょっ」
制止を振り切り地を蹴りました。
既に必要なことは伝えています。
この先彼がどう行動するかは彼自身に委ねましょう。
少し先の話をします。
結論から言うと彼はその後、村に戻って自身のして来たことを告白しました。
領主より先に、村の方々に打ち明けるべきと考えたようです。
ただ、補給要員という関与の微妙な役職だったためか、村の方々は怒りよりも困惑を覚えていました。
それから男性は馬車の積み荷を全て渡し、領都へ向かいました。
領主のパルドさんは彼の処遇に少し悩んだようでしたが、ヴェルスさん達の助言もありスパイとして起用することに決めました。
こうしてミルケアさんの死が発覚する日は遠のいたのでした。
はてさて、行商さんの説得を終えた私は一路東を目指しました。
もっとも、東南東と言った方が正確ですが。
バラッド領は帝国の北寄りにあるので、中央寄りのファスニル領に行くには少し南下する必要があるのです。
しばらく飛んでいると現在地がわからなくなりますが、太陽の位置を頼りにひたすら空を翔けて行きます。
そして充分に進んだと感じたところで一旦空中で停止し、意識を集中させます。
「ふう」
自身の裡に在る《自然体》を研ぎ澄ませます。
普段は制限している感知範囲を、帝都の方角へ向けて押し広げて行きます。
雪崩の勢いで感知範囲が拡張され、そしていくつかの強大な気配を捉えました。
「これが武帝さんでしょうね」
それらの中でも別格の気配を意識し、呟きます。
肉体は老いて衰えているとはいえ、《レベル》だけなら私とほぼ同等。
現在のヴェルスさん達が正面から戦えば敗北必至です。
「しかし、幾分か面倒そうな方がおられますね。武帝さんはヴェルスさん達が打倒すべきですが、こちらは私が対処しましょうか。まあ、何はともあれまずはスカウトです」
最終目標までの筋道を確認し、私は高位貴族の気配の元へと移動を再開するのでした。