39.《迷宮》の大きさ
何だか慌ただしい様子の村の中を進んで行きます。
外部の人間が珍しいようで、私達が通りがかると作業の手を止め、チラリと不思議そうな視線を向けて来ます。
「皆さん忙しそうですね」
「冬に備えているんだ。《迷宮》の《ドロップアイテム》だけでは食料も防寒具や薪も足りないからな」
ヴェルスさんとネラルさんが並んで歩いています。
一応の信用を得た後、これからのことを決めるためにもまずは《迷宮》を見せてもらうことになったのです。
ネラルさんの案内に従って村を歩きます。
武器は互いの仲間に預け、どちらも丸腰。
私達はその後ろを牛車で付いて行きます。
「異常なしだ」
「警戒、継続」
ネラルさんも丸腰ですが、仲間に襲わせたり素手で殴りかかってきたりする恐れもあるため、ロンさん達が私の牛車で目を光らせています。
《気配察知》が最も得意なロンさんが妙な気配がしないか探り、タチエナさんがすぐにでも飛び出せるよう待機し、アーラさんがいつでも〈魔術〉を使えるようにしているのです。
隠れ村側の信頼を得るため、そして真意を図るためにも捕まえていた狩人さん達は解放したので、そちらの見張りは必要ありません。
とはいえ、ネラルさんにもその部下にも攻撃する気はさらさらないようですが。
ネラルさんの統率力が優れているのか、貴族憎しで暴走しそうな者はいません。
今回は出来る限り弟子達に任せる方針のため、そのことを指摘はしませんが。
「着いたぞ、ここだ」
そんな厳戒態勢で村内を進んでいると、一軒の小屋が見えてきました。
山道を少し下ったところに建つそれには、子供の力では開けられないような分厚い扉が付いています。
牛車達を近くのスペースに停め、御者さんを含む私達全員で中へと入ります。
「これがこの村の《迷宮》ですか」
「何だか領都のよりも大きい気がするわね」
小屋の中には一枚の巨大な扉、《迷宮》の入口が鎮座していました。
タチエナさんの言う通り、領都の《迷宮》のそれより一回り大きい代物です。
「昔、ナイディンに聞いたことがあります。《迷宮》には格があると」
ヴェルスさんの話によると、《迷宮》の種類は三種あるそうです。
最も数が多く、最も小規模な《小型迷宮》。
数も規模も真ん中の《中型迷宮》。
そして現在、一つしか確認されていない最大規模の《大型迷宮》。
ポイルス氏を始め、ほとんどの領主が所有しているのは《小型迷宮》です。
《中型迷宮》を持つ領主は高位貴族と呼ばれ、周辺貴族のリーダー的立ち位置となりますが、その数は二十に満たないほど。
そして《大型迷宮》の所有者は武帝のみであり、彼の強大な権力の基盤となっているそうです。
「そして、この村にあるのは《中型迷宮》という訳ですか」
「そうだと思います、師匠。ネラルさん、第一階層の魔物の《レベル》は二十くらいなんですよね?」
「ああ。鑑定させたから間違いない」
「なら確定です。《中型迷宮》の第一階層はそれくらいだって聞きましたから」
ちなみに、《中型迷宮》は全二十階層まであり、五階層おきに現れる区間守護者の《レベル》は三十、四十、五十。
第二十階層の最終守護者なら《レベル60》とのこと。
最終守護者が《レベル30》な《小型迷宮》との差は歴然です。
「《職業》も無しによく《レベル20》越えの魔物と戦えましたね」
「初めの内は苦労した。狩人総出で一つの群れに挑んで、少しずつ経験を積んで、段々少人数でも討伐できるようになって、そして四五人で倒せるようになったら次の階層に進んで、という具合でな。村の警護、山道の封鎖、食肉の狩猟と並行してやることも山ほどあったからあの頃は本当に大変だった」
当時を懐かしむようにネラルさんが語りました。
「今はどの辺りまで攻略を?」
「俺と一部の精鋭は第十六階層、他は十前後だな」
同じ《人間種》であっても各《パラメータ》の伸びやすさ、各《スキル》の覚えやすさ、戦闘技能の高さには個人差があります。
《レベル》が下の相手からは得られる《経験値》が激減する仕様や、深い階層ほど魔物の《スキル》や《種族》が強くなることもあり、《レベル》以外の強みが無い人は成長がグンと遅くなります。
最前線が《ユニークスキル》持ちなどの少数精鋭になってしまうのも然もありなんです。
「でしたら是非、領都へお越しください。《職業》を皆さんに配っていますから」
「《職業》、領主だけの力じゃなかったのか?」
「《クラスクリスタル》を使えば誰でも手に入れられますよ。《職業》の力があれば皆さんもっと奥まで進めるはずです」
《職業》の《パラメータ》補正は、《レベル》が上の魔物との戦いを容易にしてくれます。
そうして領民達が《レベル》を上げ、《迷宮》をどんどん攻略していくことをヴェルスさんは理想としているのです。
「……俄かには信じ難いな。なぜそうまでする? 革命を起こして次の王になりたいのか?」
「いえ、民が自衛できるようにするためですよ。武帝との戦いは僕と仲間達が行います。というのも……」
一度口を噤み、少し考えてからこう答えました。
「僕は武帝の孫なんです。父は僕が幼い頃に武帝に殺されて、僕のことも知られたら刺客を送り込まれるでしょうけど」
「……冗談、じゃないよな?」
「本当です」
「なるほど、仇討ちが目的か」
「違います」
得心がいった様子を見せるネラルさんに、ヴェルスさんは首を振りました。
「正直、復讐心は無いんです。薄情に思われるかもしれませんが、両親と死別したのは物心つく前のことであまり実感がありませんから」
一呼吸置いて、意を決したように口を開きます。
「僕の目的は革命です。現在の支配体制では民が苦しみ続けるのは明白。多くの人が幸せに暮らせる国にしたいから、僕は武帝を倒します。その後で僕以上の適任者が居ないなら、王座につくことも考えています」
「……勝てる気でいるのか? 相手はあの武帝だぞ」
「勝ちますよ、何としてでも。そうしなくては僕達にも、国の民達にも未来はありません」
それからネラルさんの目を真正面から見つめ返し、続けました。
「そのためにも《中型迷宮》の存在は強力な手札となります。どうか僕達に協力していただけないでしょうか」
彼の真摯な訴えに、ネラルさんの心が僅かに揺れました。
仮に話していることが全て真実だったとして、協力するのはリスクがあります。
勝ったときの恩恵は欲しいけれど、負けた時に武帝側に《中型迷宮》の存在を知られるのは困る。傍観するのが正解だ。
冷静に村全体の損得を考え、そう判断していましたが、感情の部分で協力したいと思ってしまったのです。
「待ちな、信用しろってんならそっちの女の子の《ステータス》を明かしておくれ」
割って入ったのは先程ナイフを投げて来た女性です。
シーケンという名だと紹介された彼女が指さす先には、壁の木目をなぞっているドリスさんが居ました。
「……ん? ワシがどうかしたか?」
「あんな小さな子が危険だとは思わないけど、《ステータス》を隠されてちゃぁどうしても身構えちゃうよ。偽名使ってる領主様みたいに訳アリなのかい?」
シーケンさんは《アナライズアイズ》という鑑定の《ユニークスキル》を持っています。
そのためこっそりこちらのメンバーを鑑定していたのですが、唯一それが通らなかったドリスさんを怪しんでいるようでした。
ちなみに私は気配を消し、彼女の意識が向かないようにしていたため鑑定されていません。
「──ふうむ、なるほど。つまりワシを鑑定したいのじゃな。良かろう、《未知なるは闇》を解除した。今ならば視られるはずじゃぞ」
「ありがとう、失礼す……えぇっ!? 《レベル56》!?」
改めて鑑定したシーケンさんが素っ頓狂な声を発しました。
それからも《種族》や《スキル》に逐一驚き、鑑定しただけで随分と疲れたご様子でした。
「あ、あなた何者……?」
「ドリスちゃんは『龍神の加護を受けた巫女で──」
それからヴェルスさんは、考えた私達ですら少し忘れかけていたカバーストーリーを隠れ村の皆さんに語ってくださいました。
一通り聞き終えた後で、シーケンさんは疑問を口にします。
「鑑定が通じなかったのはどうしてだい?」
「《未知なるは闇》の効果じゃ。《ランク7スキル》じゃから発動しておらずともお主の鑑定では視えぬだろうがの」
《鑑定系スキル》は《ランク》が三以上高い《スキル》が相手だと、存在すら認識できません。
何はともあれこれで情報提供は終わりました。
後はネラルさんの判断を待つばかりです。
「……そちらのことはわかった、後は村長達と話し合って──」
「大変です狩人長! 魔物が攻めて来ました!」
魔物達が攻撃を仕掛けてこなければ、の話でしたが。