38.隠れ村に隠されたもの
「──お前達、何者だッ!」
その男性は空から降ってきました。
と言うのも、彼はそれまで山の頂上付近に居たのですが、私達の気配に気づき、大慌てで崖を駆け下りて来たのです。
ラグビー選手のように屈強な大男で、首も腕も土管のように太く、けれど無駄な脂肪は無く筋肉は引き締まっており、身の丈ほどもある戦斧を片腕で担いでいます。
「僕はヴェルスと言います。現在のこの地の領主です」
彼の誰何に答えたのはヴェルスさんでした。
停まった牛車から降り、大男の前に堂々と立ちます。
交渉等は彼に一任すると事前に決めていました。
「……左様でございましたか。高貴なお立場の方が、こんな辺鄙な場所に何用でございますか?」
浅黒く日に焼けた肌にスキンヘッド、猛禽の如く吊り上がった双眸、右眉の上から頬まで深々と刻まれた傷痕、という厳つい風貌とは印象の異なる丁寧な口調です。
人を見た目で判断してはいけないということでしょう。
「先日領主の座についたところでして、領内の問題解決のために村を回っているんです。そしてこの近くを通りかかった際、こちらのヤマヒトさんが村の気配を察知したので、一目見てみようと足を運んだ次第です」
「……丁寧なご説明、有難く存じます。事情は把握しました。ところで、牛車の中にこの村の狩人達が囚われておりますが、何かあったのでしょうか?」
それは質問というより確認に近い問いかけでした。
聞かずとも答えは分かっているはずです、山賊を名乗らせ山道を封鎖させていたのは上司の彼なのですから。
ヴェルスさんが襲われたことを話し、聞き終えた大男は戦斧を地面に突き刺して深々と頭を下げました。
「申し訳ございませんでした。彼らに山道を通る者を追い返すよう命じたのは私なのです。全ての非は私にあります。ですのでどうか、彼らに咎を科さぬよう何卒お願い申し上げます」
「どうして山道を封鎖しようとしていたのですか?」
「この隠れ村のことを知られないようにするためでございます」
それから大男──この村の狩人長で、名前はネラルさんと言うそうです──はこの村ができるまでの出来事を語りました。
何でも、以前はここではなく、周辺にあった別の村に住んでいたそうです。
しかし、その村が魔物の群れに滅ぼされ、ネラルさん達狩人が女子供を連れてこの山まで逃げて来たのだとか。
不幸中の幸いと言うべきでしょうか、この山は自然が豊かで、しかも魔物が弱かったため生活することはそこまで難しくなかったとか。
そしてその内に、滅んだ他の村の生き残り集団を保護したことでこの村の人口は急増し、今では数百人規模の集落となったそうです。
「こうしてこの隠れ村は発展したのですが、しかしまだまだ小さな山村でして。私共自身が生活するための糧を得るだけで精一杯。年貢を納める余裕などどこにもございませんでした」
本当に申し訳なさそうな表情を作り、ネラルさんは一度頭を下げました。
「それ故にこの村の存在を隠すことにしたのです。山道に見張りを立てて行商達や旅人を迂回させておりました。ですが、これだけは誓って言えます。私共は決して誰も殺しておりません。脅しのために山賊を名乗りましたが積み荷を奪ったこともございません」
ネラルさんの誠実な態度がそうさせるのでしょう。
彼の言葉には思わず信じたくなるような力があります。
実際、行商や旅人を害していないという部分には嘘の気配がしませんしね。
「あなた方の事情は分かりました。誰も殺していないという言葉が事実であるのならば、山道の封鎖や年貢の未納は不問とします」
「ご配慮痛み入ります」
「しかし、一つだけ訊ねたいことがあります」
「何でございましょうか」
内心の動揺などおくびにも出さず、ネラルさんは質問を待ちます。
「この村には、《迷宮》があるのではありませんか?」
「……どうしてそう思われたのでしょう?」
「襲って来た人達の《レベル》が高かったからですよ。普通の狩人が《レベル20》以上になることは滅多にありません。特に、この辺りは魔物が弱いと話にありましたのに、彼らの《レベル》は体感で四十近くありましたから」
「それで《迷宮》で《レベル》上げしたのではないかと思われたのですね」
それに、とヴェルスさんは言葉を続けます。
「村の立地も変でした。存在を隠したいのならわざわざ山道の近くに作る必要はないです。あの立地は、《迷宮》を隠すための物なのではありませんか?」
「……参りました、ご慧眼恐れ入ります。仰る通り、山道沿いに《迷宮》を見つけたことで村をここに作ると決めました。いやはやお見事」
得心が行った様子のネラルさんは、観念したように首を振り、
「そこまで知られては生かしてはおけんな」
地面に刺さった戦斧を、土が飛び散るほど速く引き抜きました。
「! 左上!」
「わかったわ!」
同時、ヒュッと風を切ってナイフが飛んで来ます。
発射元は崖の上。
狙いは後続の牛車、捕らえられた山賊さんを縛る縄です。
「ふう、危なかったわね」
しかし、それはタチエナさんの盾に弾かれました。
ネラルさんが現れた時から伏兵の存在を考慮し備えていたのです。
《潜伏》の《スキルレベル》が高ければ通常時は《気配察知》を掻い潜れますが、攻撃の気配は完全には消せません。
崖の上から投擲を行ったナイフ使いの女性は、しまった、といった表情をしています。
「ちょっと、仲間なのよね? 私が防がなかったら彼、怪我してたかもしれないわよ」
「心配無用だ、その時はすぐに治す。元より、シーケンがこの距離で外すはずない」
ネラルさんはそう断言しました。
狙われた山賊さんが怯えていないことから、それがネラルさんの過信でないことが分かります。
「武器を降ろしてくださいっ、僕達に交戦の意思はありません!」
「そちらに無くともこちらには有る。ただでさえ《迷宮》頼りの生活なんだ、何もしない貴族共に占領されるなど許容できるものか……!」
「それは誤解です! 僕達は《迷宮》を奪いに来たわけではありません!」
ネラルさんの振り絞るような声に負けないよう、ヴェルスさんも声を張ります。
それから以前の領主を打ち倒し、《迷宮》を一般人にも開放している旨を伝えました。
貴族への恨みが窺えたため、話しても大丈夫だと判断したのでしょう。
「俺達を騙そうったって……いや、だが、そうか……」
反射的に否定しかけたネラルさんでしたが、冷静に思案した結果、半信半疑くらいの信用度になったようでした。
構えていた戦斧をダラリと垂らします。
「……それが本当なのか、俺にはわからん。だが、仲間達を殺さないでもらっている。村を見たいと言うのなら俺が案内しよう」