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35.村回り

「お気を付けていってらっしゃいませ、殿下」

「うん、後は頼んだぞナイディン」


 レギオン討伐の翌日。

 清々しい明け方の空の下、牛車達が出発しました。


「こうやって車に揺られてると、何だか領都に来た日のことを思い出すよ……」

「なに言ってんだよヴェルス、ほんの一週間前のことじゃねぇか」

「まだたった一週間なのよね、遠い昔のことのようだわ」


 タチエナさんがしみじみと呟きました。


「多忙の日々、魔矢のごとし」

「あの頃はこんなことになるだなんて思ってもみなかったわ」

「予定より延びてしまったので村の様子は心配ですがね……」


 村長が硬い表情で呟きます。

 長く村を空けていることで、変異種や盗賊に襲われていないかと不安に駆られているようでした。


「大丈夫ですよ。ハスト村は依然変わりなく存続しています」

「ヤマヒト殿が仰るのでしたら安心ですね」


 御者台からそう教えると、村長は胸を撫で下ろしました。

 馬車より遅い牛車で、しかも領地の村々を巡りながらなのでハスト村到着まではしばらくかかります。

 その期間を悶々と過ごすのは辛いでしょうし、安心していただけて良かったです。


「にしても、この面子で動くのは久々だな」

「ヤマヒトさんは訓練を付けていましたし、村長は農具や食料の買い付けをされてたからね」

「後はナイディンさんがいればなー」

「仕方ないよ。今はまだ体制が不安定だし、僕かナイディンは有事に備えて残ってないと」


 町の状況はこの一週間でそこそこ改善しましたが、どういった問題が起こるかは未知数です。

 何が起きても対応できるよう、武力と知識を兼ね備えた人間を残しておく必要があります。

 ポイルス氏を訪ねて来る商人の相手もできるということで、ナイディンさんはその役に抜擢されたのです。


「ブモォ」

「よしよし、そのまま進んでください」


 そして、ナイディンさんの代わりに御者を務めているのは私です。

 御者の経験はありませんでしたが、そこはいつものように《自然体》でクリア。

 牛さん達の内面を読み、目的の村へ進むよう導いています。


「ふわぁ、暇じゃのう」

「流れる景色を楽しむのも悪くありませんよ」


 隣に座るドリスさんが大きな欠伸をしました。

 領都周辺で魔物を狩ったり、森を更地にしたりしていた彼女も、この旅に同行しています。


「うぅむ、魔物でも襲って来てくれれば焼いて食えるのじゃが……」

「この調子ですと恐らく村に着くまでに魔物は来ませんよ」

「そうか……」


 ドリスさんの視線が牛車を引く牛さんに向かいます。


「ところで、牛の肉は美味と聞くのぅ。特にこやつは肉付きが良い」

「ブモゥっ!?」


 彼女の言葉に反応して牛さんが悲鳴を上げました。

 言葉の通じない相手にも意思を伝達する《意思疎通》を無駄遣いしたのです。


「食べないでくださいね」

「クカカッ、冗句じゃ」


 そんなこんなで牛車に揺られていると、最初の村が見えてきました。

 ハスト村より大きいその村の名はキリ村。

 その中へ牛車はゆっくりと入って行きます。


 畑を耕していた第一村人さんに道を聞き、私達はキリ村村長さんのお宅に着きました。

 ちょうど家から出て来た人の好さそうな老爺(ろうや)の前で停車し、ヴェルスさんを降ろします。


「おや、商人の方ですかな。この村の村長のミストと申します」

「こんにちは。僕は諸事情によって領主を代行しているヴェルスです」

「おっ、お役人様でございましたかっ。これは大変なご無礼を!」


 領主代行、という言葉を聞いた途端、ミストさんは腰を直角に曲げました。

 ご高齢ですのに無理をされます。


「かっ、顔を上げてください! 僕は全く気にしてませんから!」

「ご寛恕(かんじょ)痛み入りまする……」


 感謝を述べつつ頭を上げたミストさんは、媚びるような笑顔に早変わりしていました。

 嫌な奴らが現れた、という本心を感じさせない精巧な作り笑いです。


「……ときに、本日はどういったご用向きでしょうか」

「それがですね、年貢の量を計算し直したところ」

「まだ持って行かれるのですか!?」

「い、いえ、逆です。年貢を多くいただき過ぎていたことが判明しまして。そのため返却に参った次第です」


 ヴェルスさんは私達の乗る牛車と、それから後ろに続く牛車を腕で示しました。

 それらには物資が満載されています。

 《レベル》上げを施された牛達なので、通常では不可能な量の荷物を運べるのです。


 なお、牛車の列の最後尾には、ハスト村から町に来た際に使った馬車も付いて来ています。

 これはハスト村の物なので、村長が帰るついでに持って帰るためです。

 御者は町人の皆さんに頼んでいます。


「よ、よよよよ良いのですか? こんなに……」

「ああ、いえ、これらは他の村にも配るので全部と言うわけではないのです。この村には十スーンくらいですね」

「なんとっ、十スーンも!? まことに有難く存じます。ささ、あちらの米蔵へどうぞ。男衆を呼んで参りますのでしばしお待ちくだされ」


 一応、こちら側の不手際と言うことになっているのですが、怒るどころか喜んで感謝までしてくださります。

 貴族やそれに連なる者の機嫌を損ねたくないという打算もあるのでしょうが、藁にも縋りたくなるほど危機的な状況でもあったのだと思われます。

 何はともあれ、村人が身売りする前に補給に来られてよかったです。


 米俵や冬に植える種苗──《迷宮》からドロップした物です──を村人さん達が降ろしている間も、ヴェルスさんはミストさんと話しています。


「他に困っていることはございませんか? 魔物が増えているとか強力な魔物が現れたとか」

「そうですね……おお、いいところに。ちょいと来て話を聞かせとくれ」

「んぁ? オイラかぁ?」


 ミストさんが呼んだのはこのキリ村の狩人長だったようです。

 その彼の話によると、最近は狩人が金になる魔物ばかり狙っていて、そうでない魔物の数が増加傾向にあるそうです。

 また、村の南側の平原で変異種を目撃したとの情報もありました。


「村の皆様にはご迷惑をおかけしてすみません」


 話を聞いたヴェルスさんは即座に謝罪を口にしました。

 先程、魔物種の偏向の原因を狩人の責任と狩人長は仰いましたが、本来、魔物の間引きは騎士や貴族の役目なのです。

 金目の魔物ばかり狙うのも(もと)を正せば重税を掛けられていたせいだ、とも考えたようでした。


「お任せください。その変異種は僕達が討伐します」


 そう言い残し村を出た私達は、一時間足らずで変異種を討伐しました。

 これでこの村での任務は完了です。

 ヴェルスさんは別れ際、素材をタダで提供したことで感涙にむせぶミストさんに近寄り、小声で話しかけます。


「準備が整い次第魔物の討伐隊を送る手筈となっていますので、魔物の間引きはそちらに頼ってください」


 私が指導した狩人達のことですね。

 今はまだ《迷宮》にて素材を乱獲していますが、ある程度市場に出回りだしたら弟子達の一部は、討伐部隊として各地を回る予定です。


「それからこれは内密なのですが、領主が居ない間は領都の屋敷まで来ていただいた方に《職業》を提供しています。《迷宮》にも入れるようにしています。他の貴族にバレると不味いので、信頼のおける方にのみお話ししてください」


 最後にそう伝えるとヴェルスさんは馬車に乗り込み、そして村を発ったのでした。

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