33.《迷宮》
「──という訳で、ポイルス領主は別荘にて病気療養中なのです」
「それは災難で御座いましたね。お大事に、とお伝え下さい」
畳の敷かれた応接室にて。
ヴェルスさんと美術商さんが向かい合っています。
「運営資金には手を付けるなと申しつけられております故、取引には応じられないのです。どうか本日はお引き取り下さい」
「致し方ありません。代理殿もどうかご無理はなさらぬよう」
失礼いたします、と最後に頭を下げて美術商さんは退室しました。
部屋の外で待機していた私が、彼女を屋敷の外まで送ります。
門前で一礼して見送り、充分に離れたところで踵を返します。
「もう大丈夫ですよ」
屋敷の奥まで聞こえるよう丹田に力を入れて声を出すと、隠れていた狩人さん達が庭へ出てきました。
「ふう、ヒヤヒヤしたぜ」
「いきなり訪ねて来るんすからねぇ。師匠が気付いてくれてよかったっす」
「皆さんも常に《気配察知》を使うよう心がけた方が良いですよ。奇襲を防げますし、《気配察知》に熟達すればそれだけ戦闘にも応用できます」
現れたのは総勢二十名ほど。
狩人長や普通の狩人、内通者だった元騎士さんもおられます。
私の指導で急激に力を付けても問題ない、と《自然体》で判別した人達です。
「それでは訓練を再開しましょうか」
「「「へい!」」」
中断していた指導を再開します。
《職業》を得ているので《迷宮》の攻略自体は可能でしょうが、彼らには最終守護者を圧倒できるだけの技量を身に着けてもらう予定です。
人数はハスト村の頃より増えていますが、教えて来た経験がある分、村に居た頃と同じくらいスムーズに教えられています。
一人一人の最適な型や成長度合いを把握するのも、《自然体》があれば容易でした。
「僕は商人長達との会議に戻るのでまた何かあったら呼んでください」
「了解しました」
前領主の死を誤魔化すため応接間に居たヴェルスさんが、奥の会議室へと戻って行きます。
徴税官等の貴族達が行っていた仕事の引き継ぎ……は元騎士さんが手伝ってくださったり、部下の平民がほとんどの仕事を押し付けられていたり、そもそも不要な役職だったりしたのですぐに終わりました。
が、しかし、この領地を改革すべく色々と施策やその下準備をしているため、ヴェルスさんは多忙なのです。
私が狩人さん達を鍛えているのも、《迷宮》からの安定した資源獲得や領内の治安回復のためです。
さて、そんな訓練も既に五日目。
模擬戦に取り組む彼らの実力は、及第点と言えるところまで来ていました。
「皆さんが真面目に取り組んでくださったお陰で技量は一定水準に達しています。訓練は午前中で終わりとしましょう」
「おお! ということは……!?」
「はい。午後からは《迷宮》ですよ」
より一層気合を入れて訓練に励む狩人さん達を見つつ、適宜助言をして午前は過ぎて行きました。
「これで師匠の言ってた《宝箱》は全部だぜ」
「お疲れ様です、良くこの短期間で集めましたね」
お昼になり、《迷宮》から帰って来たロンさん達とお昼を食べています。
彼らには攻略の傍ら、《宝箱》も開けて回っていたのです。
「師匠が位置を教えてくれたおかげだわ」
「私がしたのはそれだけですよ。魔物ひしめく《迷宮》でこれらを集めたのは皆さんです」
第九階層ともなれば魔物の《レベル》は最大で二十八にもなります。
並大抵の狩人では太刀打ちできないクラスの魔物です。
《自然体》で感知した《宝箱》の場所を地図に記すだけの私とは、仕事の難度が違います。
「領都の狩人達、訓練終わった?」
「ええ、予定通り午後から《迷宮》入りですよ。今日明日で第八階層まで行けるかと」
「なら第九階層は明後日ね。言われた通りレギオンは残しておいたわ、《レベル》上げに使ってあげてね」
「明日からは町の外で狩りだなー」
町の狩人全員が私の訓練を受けているわけではありませんが、狩りに出る人数はかなり減っています。
一週間二週間では大勢に影響はないとは言え、万が一のことを考えてロンさん達には魔物の間引きもしてもらっています。
「お互い午後からも頑張って行きましょう」
そして狩人さん達と《迷宮》へやって来ました。
階層に入るのは初めての方ばかりだからか、皆さんどこか興奮した様子です。
「ではいつもの班に分かれ、配布した地図に従って進んでください。私は手出ししませんが、皆さんなら第一階層でつまずくことはありませんのでご安心を」
「「「わかりました」」」
そこからの狩人さん達の攻略は、まさに快進撃でした。
時折襲い来る魔物は鎧袖一触にし、それぞれの順路で《階層石》へと邁進します。
浅い階層なので当然とも言えますが。
《迷宮》第一階層の魔物の《レベル》は十一か十二。
対して、狩人さん達の平均《レベル》は十台後半です。
《職業》を得て《パラメータ》が増したこともあり、区間守護者のいる第五階層までとんとん拍子で進みました。
「守護者には一班ずつ挑んでください」
五階層ごとに待ち受ける守護者には、一度挑むと三十日経つまで戦えなくなります。
そして、挑戦者の数に関わらず《ドロップアイテム》や《宝箱》は一定のため、安全が確保できる最小の人数で挑むのが効率的です。
緊急脱出用の《エスケープクリスタル》も持たせてあるので事故があっても安心です。
「楽勝でしたぜ!」
「お見事です。ですが油断はしないように、守護者部屋には私は入れませんので。」
、第五階層の区間守護者は《レベル20》ですが、一体しかいません。
そのためパーティーで挑めばまず負けることはありませんが、慢心は事故を招きますので一応忠告しておきました。
もっとも、ベテランの狩人さんは言われずともそのようなことは理解していますし、ベテランの方々が若い方をカバーできるよう班分けしているのでそう心配はしていませんが。
「では素材は私が持ちましょう」
「こんなのが出ましたよ」
差し出された二つの物品をしゅるりと貪縄で巻き取ります。
五階層ごとにある守護者部屋、ここではアイテムが二つ手に入るのです。
一つは守護者の《ドロップアイテム》。
《迷宮》の魔物は死亡すると、その魔物に因んだアイテムに変わるのですが、それが《ドロップアイテム》です。
元となる魔物が強いほど良い物に変わりやすいので、守護者の《ドロップアイテム》は貴重品です。
そしてもう一つが討伐報酬の《宝箱》から出たアイテムです。
守護者を撃破すると《ドロップアイテム》とは別に、報酬として《宝箱》が出現するのです。
中には《薬品》や《魔道具》や《迷宮》内で使えるアイテムなどが入っていることもあります。
なお、《宝箱》は通常階層でもランダムに発生します。
ロンさん達に集めてもらっていたのはこれらです。
昨日今日でヴェルスさん達に集めてもらったばかりですが、既にいくつか新しく発生しているので、狩人さん達には攻略のついでに集めてもらってもいます。
それらを回収するために順路がバラバラになり、おかげで班ごとの戦闘回数を増やせているので一石二鳥です。
「では皆さん、今日中に第六階層を攻略してしまいましょう」
「「「おおぉう!」」」
そのようにして狩人さん達の快進撃は続きました。