28.襲撃
領都に来て二日目。
村のための物資を買い付ける村長に協力したりして一日が終わりました。
……いえ、正確にはこれからが本番なのですが。
「ではのー」
「行ってきます。おやすみなさい、ドリスさん。お布団はきちんと掛けて寝るのですよ」
「分かっておるわい。それよりアーラ達を頼んだぞ」
くわぁ~、と大きな欠伸をするドリスさんに見送られ、部屋を出ました。
これからの領主襲撃に彼女は参加しないのです。
彼女の〈魔術〉なら屋敷ごと更地にできますが、まだ人間のことについて詳しくない彼女にそんなことをさせるのは気が引けます。
後で人を殺したことを後悔する可能性もゼロではありませんから。
それに彼女から許可をもらったとは言え、ヴェルスさん達に協力するのは私の独断ですし、そう言う意味でも彼女の手を借りるのは忍びないのです。
宿屋の前に居た皆さんと合流し、集合場所へと向かいます。
ヴェルスさんの仲間達も全員参加することにしたようでした。
彼ら彼女らに取っても貴族の横暴は他人事ではありませんし、何より友人が死地に赴くというのに黙って見てはいられなかったようです。
それからしばし歩いて集合場所に着きました。
誰もが無言でありながら、並々ならぬ熱気に包まれています。
やがて規定人数が集まったのか、最前列の狩人長が声を発します。
「いいかオメェら。俺達はこれからあのクソ貴族をぶっ殺してこの領地を解放する。気合入れて行くぞ」
「「「おぉッ」」」
町の一角、領主の館からそう遠くない場所に狩人や商人、農民、その他諸々の方々が集まっていました。
腕に覚えのある者もない者も、溢れるほどに殺意を漲らせ得物を手にしています。
音頭を取る狩人長の呼びかけに、全員が声をひそめて応じました。
「作戦を説明する。と言ってもそう複雑なことじゃない。まず、《潜伏》の《スキルレベル》が高い精鋭チームが警備の薄い西側から屋敷内に潜り込む。見張りを全部やり過ごせるのが最良だが、恐らくそうはならないだろう。こちらで状況を判断して上空に〈火魔術〉が打ち上げる、それが見えたらお前達は正門を襲撃してくれ」
だが、と狩人長は声のトーンを落として言います。
「〈光魔術〉が上がったらその時は作戦中止だ。速やかに撤退しろ。くれぐれも無茶はするなよ」
その言葉にこの場に集まった人々は頷きますが、気配から察するに〈光魔術〉が上がっても突撃しそうな人はそれなりに居ます。
重税以上の怨恨に、目を暗く淀ませた一部の方々はきっとそれでも突撃するでしょう。
「〈火魔術〉が突撃、〈光魔術〉が撤退だ。絶対に間違えるんじゃないぞ。それでは作戦開始だ」
最後にもう一度念押しした狩人長が精鋭達と共に夜闇の中に消えて行きました。
「では、僕達も動きましょう」
集団の最後尾に居た私やヴェルスさん達も移動を始めます。
ヴェルスさん達には別の役割を与えられているのです。
向かうのは屋敷の東側。
領主の寝床が近いため見張りの多いそこへ、たっぷり時間をかけて歩いて行きます。
ちなみに、西側の見張りはその多くが内通者、つまり町民側の騎士です。
通常、騎士は領主を継げない貴族やその親類がなるものですが、強い《ユニークスキル》を持っていたりすると平民が取り立てられることもあります。
しかし、平民上がりの騎士達は下っ端としてコキ使われているようで、狩人長の計画にも快く協力してくれているのです。
「む、何奴!?」
《暗視》でこちらの姿を捉えた騎士が槍を構えました。
弟子達も《潜伏》を使っていますが、その隠密性は《自然体》ほど完璧ではありません。
「所用で参った。ポイルス閣下にお目通り願いたい」
「莫迦を抜かすな。このような時間に、しかも武装までした者共を通すはずがなかろう」
もっともなことを叫ぶ騎士さん。
全くの正論で、この後に取った行動も模範解答じみたものです。
「曲もゴっ!?」
増援を呼ぼうとする騎士をナイディンさんの矛が貫きました。
彼は弟子ではありませんが、何度かアドバイスを行ったため、かつての模擬戦時よりもキレが増しています。
「まずは一人、ですな」
ブン、と矛に着いた血糊を払い、ナイディンさんが呟きます。
「ここからが勝負だ。アーラ、頼む」
「了解、殿下」
「……その呼び方はやめてくれ……」
アーラさんが魔力を練り上げ、〈中級魔術:フレイムバースト〉を屋敷の塀に投げ込みます。
炎の球が炸裂し、爆発音が響きます。
「〈大鋒槊〉!」
さらにナイディンさんの〈下級槍術〉が追い打ちをかけ、人が通れるくらいの穴を開けました。
「心して進みましょう」
ナイディンさんを先頭に塀を通り抜けると、そこは広い庭園でした。
地面には小石が敷き詰められており、ジャリジャリと音を立てて何人もの騎士達が集まって来ていますいます。
「し、侵入者だっ。モタモタしてないで警鐘を鳴らせ!」
当然のように応援を呼ばれますが、これは計画通りです。
私達の役目は精鋭チームを補助するための陽動なのですから。
《潜伏》がまずまずな代わりに戦闘力の飛び抜けている私達には最適な役割と言えるでしょう。
「なっ、何だこいつらっ、強いぞ!?」
「下民風情が舐めるなぁ!」
「いっ、いや待て。この強さ、まさか他の貴族からの……っ?」
貴族の身内であり、《迷宮》を使っているだけあって騎士達は《レベル》が高いです。
平均しておよそ三十。
狩人なら一流以上の水準と言えます。
「隙だらけです!」
「〈魔術〉が来る、二時方向からだ、注意しろ!」
「拙者が防ぎましょう」
ですがヴェルスさん、ロンさん、ナイディンさんはたった三人で十人を超える騎士達と互角以上に渡り合っています。
ナイディンさんはもちろん、弟子二人も騎士程度が何人来ようと関係ありません。
前方は放っておいても大丈夫そうなので、後方に意識を向けます。
「ギャアアァァァッ、ほっ、炎っ!?」
「〈アイアンショット〉」
「クベっ」
「これで最後かしら、他愛ないわね」
そこでは女子組が外から侵入しようとする騎士達を食い止めていました。
過去形です。
既に付近の見張りは全滅しています。
爆発音を聞きつけ「何だ何だ」と寄って来た彼らでしたが、塀の穴から飛び出して来たタチエナさんとアーラさんに倒されてしまったのです。
女子組はたった二人でしたが、外の見張りも少なかったため、決着は早期かつ容易につきました。
タチエナさんが後方警戒を続けつつ、アーラさんは前方支援に意識を切り替えます。
さて、その後も終始優勢で戦闘は続いていたのですが、ついに強力な敵が現れました。
「おや、こちらのパターンになりましたか」
狩人長さんの想定とは違う結果に、小さく呟きました。
「お楽しみのところ申し訳ありません、ポイルス様」
「全くだよ。こんな夜中に大騒ぎして、しかもこのボクに助けを求めるなんて何事だい? これで騎士団なんて呆れちゃうよ。はぁ、雑魚共はさっさと片付けて早くあの子を可愛がってあげないとなぁ、グィヒヒヒっ」
そこに居たのはこの地の領主。
ポイルス・ボイスナー氏でした。