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24.町にて

 旅が始まって一日が経ちました。

 お通夜ムードの村々を通り抜け、私達は今、塀と堀に囲われた領都に来ています。


「何と言うか、寂れておるの」

「いけませんよドリスさん、そのようなことを人前で言っては」


 小声で注意しますが、彼女の言葉を否定はしません。

 言われている通り、領都は寒々しい様子でした。

 道行く人の数は少なく、心なしか俯いている人が多いように見受けられます。


「村長達はこれから領主の元へ行かれるのですよね」

「ええ。今日中に会うことは難しいでしょうが、謁見の日取りくらいは決めておきたいですので」


 という訳で村組とは別れ、ドリスさんと二人行動を開始します。


「これからどうしますか? 私のおすすめは今晩の宿を取ることですが。こういったことは早めに済ませておいた方が余裕を持って行動できますから」

「ふむ、それでいいのではないか?」


 それから気配を頼りに宿屋を探します。

 大きく空き部屋がたくさんある建物を見ていったところ、三件目で宿屋に辿り着きました。

 看板には『キユナの宿』と書かれています。


 店内に入ると無気力そうな顔をした女将さんが出迎えてくれました。


「失礼、二泊三日で泊まりたいのですが」

「そっちの嬢ちゃんも一緒? なら四千ゼンだよ」


 ゼンとはこの国の通貨です。

 ハスト村で変異種を倒すなどして得た金額は十万ゼンを優に超えるため、四千くらいは誤差の範囲です。


「これでお願いします」

「あいよ、たしかに」


 財布代わりの巾着袋から四千ゼン分の硬貨を取り出し、渡します。

 宿泊代を支払った私達は、一度部屋を見てみることにしました。

 二階に上がり、突き当りの部屋の引き戸を開けます。


「そこそこ広いのう」

「二人部屋ですからね」


 黒い木製のローテーブルに座布団、小さな窓、畳まれた布団。

 六畳ほどの部屋を一通り確認し、再び町に出ます。

 ドリスさんの故郷の情報を探すためです。


「地図を売っていそうな店は見当たりませんね」

「その辺の者に聞けばよいのではないか?」

「そうするしかなさそうです」


 紙媒体で見つけるのは難しそうだったので、街頭インタビューに方針転換しました。

 応じてくださる人は少数でしたが、数人の回答を得られました。


『竜が沢山? 知らないわねぇ』

『聞いたことがあるぞい。竜がうじゃうじゃ現れる……いや、あれは蛇の出る樹海じゃったかのぅ』

『そんな魔境が近くにあったら我らが腰抜け貴族様はさっさと逃げ出してるだろうな』


 しかし、有益な情報は得られません。

 都市間の行き来が大変なこの世界では、遠方の情報は現代日本より遥かに手に入れづらいのです。

 ハスト村に来た行商の方々も知らなかったことから、この町で情報が得られる望みは元から薄かったのです。


「誰も知りませんね」

「そうじゃのう。……すんすん、何やら良い匂いがせぬか?」

「あちらに食事屋さんがあるのでその香りでしょう」


 近くにある建物を指さしました。

 ドリスさんは、ふらりふらりとそちらへ歩いて行きます。

 と、その時、目的の店から怒鳴り声が聞こえて来ました。


「あ”ぁン!? 騎士である俺達に逆らおうってのかぁッ?」

「ひっ、いっ、いえ、そういう訳ではないのですが……」

「じゃあとっとと持ってこい愚図が!」


 山賊でしょうか、恐喝するような声調です。

 気になって入口の横の格子戸から覗いてみたところ、人相の悪い推定山賊が二名、店主と思しき男性を脅しているところでした。

 テーブルはいくつかありますが、他にお客さんはいません。


「そんなに騒いでどうしたのじゃ?」


 その中へ物怖じせずに割って入ったのはドリスさんです。

 カウンターを挟んで店主さんと向き合う山賊二人の後ろから、平時と変わらない調子で話し掛けました。


「なんだぁ? このガキは」

「目の色が違ってて気味悪ぃな。おい店主、お前の娘か?」

「い、いえ、違いますが……」


 店主さんはひたすら狼狽(うろた)えた様子です。


「ワシはそこを歩いておったら声を聞いただけじゃ。して、何があったのじゃ?」

「ヘっ、ガキには関係ねぇだろ」

「では私には関係あるのですか?」

「「おわっ!?」」


 山賊さん達のすぐ隣に立ち、声を掛けたところ、随分と激しいリアクションを返されました。

 以前苦言を呈されてから、普段は《自然体》の出力を抑え、ある程度気配を漏らすようにしています。

 そのため、私が入り口から入り、歩いて彼らの横へ移動したことはドリスさんにはバレていました。


 気配には(うと)めのドリスさんですら気付けるのです。

 彼らには常在戦場の心構えが足りませんね。

 山賊稼業をするのなら、もっと鍛えた方が良いでしょう。


「な、なんだおっさんっ?」

「どっから現れやがった!?」

「私は名をヤマヒトと申します。そちらの童女の……友人のようなものです。ところで店主さん、何があったのですか?」


 全く話が進まないので店主さんに訊ねてみました。

 彼はおずおずと口を開きます。


「そ、その、そちらの二人から注文を受けたのですが、前回ツケにした分を払ってもらってないのでそれを払ってからにして欲しいと……」

「だから今度来た時に払うっつってんだろうが!」

「こっちは腹減ってんだっ、早く料理作って来いよ!」

「ふむ、店主さんの言い分に理があるように思えますね。ここは一度お金を取りに帰り、その後で再び来てはいかがでしょう」


 至極当たり前の提案をしたつもりでしたが、山賊さん達には不服だったようです。

 彼らの片割れが自身の頭をガシガシと掻き、そして抜剣しました。


「いいかっ、これ以上ゴチャゴチャ言うなら──」

「町中で武器を抜いてはいけませんよ、山賊さん」

「誰が山賊だ!? 俺ぁ騎士だ!」

「はて、恐喝して食料を奪う職種は賊の類であると記憶しているのですが」

「喧嘩売ってんのかテメェ!」


 勢いよく剣を眼前に突き付けて来ました。

 異世界の若者はキレやすいですね。


「いいかおっさん、俺らは騎士だ。騎士の言うことは絶対だ、わかるな?」

「真っ当な騎士ならともかく、あなた方では少々信憑性が……」

「そうかよっ」


 突きつけていた剣をわざわざ一度振りかぶり、勢いよく振るってきました。

 相方の山賊さんもニヤニヤとしてるばかりで止める気配はありません。

 なので当たる直前、親指と人差し指で摘まんで止めました。


「……は?」


 そのまま二指をキュッと捻れば、剣を固く握っていた山賊さんはすてんと転んでしまいます。

 必死につかんでいた剣も転がった拍子に手放してしまいました。

 彼の《レベル》は三十ほどですが、これでは『逢魔の森』遠征に行く前のタチエナさんにすら負けるでしょう。


「なっ、なにしやがった!?」

「軽く捻っただけですよ。それとこれ、お返しします」


 山賊さんの剣を差し出します。

 このまま貰っていくわけには行きませんからね。

 もちろん、剣を突きつけていると誤解されないよう刀身を手で握っています。


「ひっ、ヒぃぃぃ!?」

「あっ、ちょ、置いてくなっ」


 しかし、彼らはそれを受け取ることなく去って行きました。

 まるで剣を皮膚で弾き返す怪物に遭遇したかのような遁走っぷりです。

 今度は財布を忘れないでくれるといいですね。

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